第10話 共闘戦線

 夜が更け周囲が闇夜に包みこまれ、一面は月の光がわずかに照らし出される。静まり返った廃墟の街、横浜は更に静粛に染まっていた。

「ターゲットの蒼鬼そうき。未だ動く気配はないわ」

 紗月さつきは事前に物陰に設置した監視カメラの映像を遠くの位置から見ながら、全身が青黒い肉体を持つ巨体のアヤカシ・蒼鬼を眺め、各員にインカムで報告をする。

 その蒼鬼の右肩には赤紋種せきもんしゅの特徴とされる赤い紋様が浮かび上がっていて、原種とは一味違うおぞましい気配を漂わせていた。それはまさに以前、第4小隊が会敵した例の蒼鬼に間違いない。

 蒼鬼は闇夜の大型ショッピングモールを背後に、静かに立ちすくんでいた。どうやらこのショッピングモールが蒼鬼の縄張りのようだ。

「了解。よし、みんな頼んだぞ」

 状況を聴いたなぎが、インカムで周りのメンバーに指揮をする。作戦指揮はこの任務を請け負った第4小隊隊長の薙が受け持つことになった。

「任せな、月影!速攻で終わらせてやる!」

 第7小隊隊長の朝陽あさひは得意気な口調でインカムで会話をする。指の関節をバキバキと鳴らしながら一人やる気を出している。

「ったく、お前が一番の不安要素だっての。いっそのこと、そこでずっと座ってろ」

「たいちょ~、お願いですから他の人たちに迷惑だけはかけないでくださいよ」

「不安…かも…」

「お、お前らなぁ…。本人を目の前にして言いたいこと言いやがって!」

 朝陽のやる気とは裏腹に、第7小隊のメンバーは朝陽が暴走しないか不安で仕方がない様子だった。実際のところ、今までの演習では彼の行動で台無しになった日も少なくない。

「でも僕は、最近の茂庭くんの努力は評価しているよ。連携もしっかり取れるようになってきていると思うし、そのやる気は逆にチームの士気にも繋がる。強敵に挑む時こそ、茂庭くんのような人材は心強い」

 そんな中でも皇威である天海八雲あまみやくもだけは、朝陽を大きく評価していた。

 あれだけ命令無視をして突撃していた朝陽だったが、ここ数日での演習では、まるで心を入れ替えたかのように忠実に行動していたからだろう。

「八雲さん、あまりウチの隊長を甘やかさないでほしい。そんなことを言ってしまうと馬鹿だからすぐ調子に乗ってしまうので」

「おい、銀次!八雲さんが褒めてくれてんのにそれはないだろ!」

「隊長…声が大きい…」

 これから戦闘が始まるといは思えないほどに、愉快な声が漏れ始まる。

「まったく、気楽でいいことですわね!これから任務だというのに、少しは緊張感を持つべきですわ」

「あっちにはあっちのやり方があるんだから仕方がないさ。こっちはこっちでしっかりやろう!」

 朝陽が率いる第7小隊は、支部の中でもどことなく変なイメージを持たれているところがある。チームワークや連携は滅茶苦茶なのに対して、実力だけは他の隊にも引けを取らないものがあり結果も出ている。支部の中でも実力は上の方から数えられるほどの部隊なのだ。

「薙助。そう言うお前も少し肩の力を抜いたらどうだ?さっきから声に力が入ってるぞ」

「左近の言うとおりだ、隊長殿。落ち着いているように感じるが、余計な力が入っていないか?」

「隠していても案外バレるもんなんだな…」

 薙は何一つ変わらぬ様子を装っていたようだが、長年一緒に戦ってきた左近。それと神魔じんまであるカイムには、気張っていたことを見破られてしまっていたようだった。

「そうしたいのは山々だけど、今はそう言ってられないだろ。相手は未知数のバケモンなんだから、嫌でも変に力が入ってしまうっての」

 薙自体、平常心で行きたい気持ちもあるようだが、相手が相手なだけあって、変に力が入ってしまっているようだった。

「気持ちは分からんでもないけどよ、そういう時に限ってお前は墓穴ぼけつを掘ることがあるからな」

「あ~、それ分かるかも。薙ってば肝心な時に限って凡ミスが目立つのよね」

「仕留め損ねる時は大体が薙ですものね」

「お前らも本人の前でずけずけと言いたいことを言いやがって。少しは気遣ってもいいだろ」

「ぼ、僕は薙センパイの指揮を信じてますから!」

 薙は一番気にしていたことをずけずけと言われ小さく落ち込んでいた。唯一フォローを入れてくれるのは、心優しい最年少の天真だけだった。

「まぁ、何かあっても俺たちが道を切り開いてやる。薙助は自分のやることに集中しな」

「薙センパイ、絶対に倒しましょう!」

「当然ですわ。どんな相手だろと容赦はしませんわよ!」

「くれぐれも無茶は禁物よ。相手はまだ未確認な点が多いんだから!頭は常に冷静にね。幸運を祈るわ」

「あぁ…この戦い、絶対に勝つぞ!」

 第4小隊こっちは第4小隊こっちで、自分たちのペースで、隊の指揮を上げていく。隊長のやる気がメンバーの気力を上げていく。


「よし、じゃあ開始の前に再確認だ」

 薙は任務の前におこなっていたブリーフィングでの確認を再度おこなう。

「最前線では朝陽と可凛かりんが蒼鬼の注意を引かせる。一番危険な役割だと思うが頼むぞ」

「任せな!そういう役回りこそ、俺の力は発起されるってもんよ」

「お任せください!」

 第7小隊の朝陽と可凛は同じ部隊で切込み役の経験が多いため最前線を任せた。ハルバートの形をした黒槍こくそうを豪快に操る朝陽と、小さな刃の付いたブラスナックルで翻弄ほんろうする可凛の相性は、他の隊の中でも群を抜いて良いようだ。

「その後ろで俺と銀次が最前線の二人の援護をしながら指揮を行う。天音は蒼鬼の隙を作ってくれ。特に今回は長期戦も考えられるからくれぐれも火力は最小限で抑えること」

「やれるだけのことはやろう」

「場合によっては倒しても構わないですわよね?」

あるじよ。くれぐれも行動は慎むのだぞ」

 銀次とは何度か作戦を組んだことがあるが、大雑把な朝陽と同じ隊とは思えないほどに冷静に判断を行うため、大掛かりな作戦では彼の力が心強い。

 今回、天音には力を温存してもらうためにサポート役のような立ち位置で動いてもらうことにした。未知数の相手であるため、最終手段としてという手段も視野に入れているからだ。

 もちろん邪鬼まがつきの力こそが、真の最終手段になるのだが、篭手の能力を使っているまでの間に精神を維持させないと、二次被害も与えかねないため、極力は使いたくなかった。

「左近と天真は後方での波状攻撃で相手に行動の隙を与えるな。鈴蘭すずらんは前線隊の補助と天真の援護を頼む。」

「了解っ!」

 遠くのビルから狙撃銃を構えている左近は、いつも通りの軽い返事をした。だが、さっきまでの冗談を言い合うほどの気楽さはなく、真剣さがマイク越しでも伝わる。

「期待に応えます!」

「わかったわ…」

 前線隊から約15メートルほど離れた地点で天真と鈴蘭はアヤカシを待ち構える。

 天真も肩に力が入りすぎているように感じもするが、実力は誰もが認めるものであるため、今更言うことでもない。これに関しては時間と経験が解決してくれると信じている。

 反対に鈴蘭は感情が顔に出ないため何を考えているのかが読み取れないが、同じ隊の朝陽が言うには問題ないらしい。

 攻撃系の術を繰り出す天真に対して、鈴蘭は補助系の術が得意ということで、サポートに徹してもらう。

「八雲さんは状況に応じて自由に動いてもらっても構いません」

「任せてくれ。期待に応えてみせるよ」

 術師の3人はお互いに性格から戦いのスタイルまで、大きく違いがあるため個々の能力を存分に発揮できる配置にした。

 その中でも特に八雲はオールラウンドで戦うことができる上に、皇威おういにふさわしい実力の持ち主であるため、あえて配置を決めず遊撃手として戦ってもらうことにした。

「ひいきではなくて、薙。どうしてあの方だけ遊撃手なのに私は前線の援護なんですの?」

「それは自分の心に聞いてみろ」

「納得がいきませんわ!」

 天音は八雲とのポジションの差に対して文句をつけてきた。

 以前とは比べ物にならないほどの成長が見受けられるため、評価はしてあげたいが、強気で傲慢な性格は、油断している時にこそ隙がでやすい。最終手段という名目もあるが、単に天音を自分の近くで動かし、指示できる場所に置いているという理由もある。

「最後に沙月。周囲の監視とサポートを頼む。何かあっても迅速に動ける用意はしておいてくれ」

「言われなくたってわかってるわ。みんなも無茶はしないでよ」

 後方の左近よりも更に奥のビルで紗月は、双眼鏡を覗いて周囲の様子をうかがう。偵察役はチームの中では地味な役回りに見えるが、作戦の全貌を見ることができるため、決してないがしろにはできないポジションだ。

 紗月自体、運動神経は悪い方ではなく、天音が加入する以前までは前線で薙と戦っていた経験もあるが、彼女の希望で偵察役を務めてもらうことにした。

「何度も言うが無理だけは禁物だ。冷静に行動して、無理だと感じたら後退も視野に入れてくれ」

「無茶なんか承知の上だっての!全力で行くぜ!」

「本当に人の話を聞かないよな、お前」

 薙が「冷静に行動」と言った直後に、朝陽から退くことを一切考えていないような言葉が飛び出してきて周りは心配でならない様子だった。

 ポジションの確認も終え、各々は作戦の開始まで静かに開始を待つ。

「よし、作戦開始だ!天真、頼んだぞ」

「わかりました。影鳩えいく、行くよ!」

 薙の号令と同時に作戦が始まった。

 天真は蒼鬼がこちらに気づく前に影鳩の群れを作り出し先制攻撃を仕掛ける。

『グオオオオオオオ!』

「反応が速い!?」

 天真の行動に気づいた蒼鬼そうきは周囲にまで響くほどの雄叫びをあげ、戦闘態勢にはいる。

 当初の作戦でも天真の放った影鳩は所詮おとりでしかなかったが、蒼鬼の想定よりも速い動きに、成す術もなく影鳩の群れは蒼鬼の平手打ち一つで大半が堕とされた。

「俺たちも動くぞ、可凛!」

「がってん承知の助ですよー!」

 それを見た朝陽は、隣の物陰に隠れていた可凛を呼びかけ、同時に蒼鬼に向けて走りだす。

「おらっ、こっちだ!来やがれ」

 朝陽は蒼鬼の足下まで到達すると、他のメンバーに注意が向かないように激しく動き回る。そのため、巨体な蒼鬼の目線は完全に朝陽と可凛のいる下を向いている。

「注意が他に向いている今だ、天音っ!」

「わかってますわ!カイム!」

「灰と化せ!」

『−−!?』

 蒼鬼が足下の朝陽に気を取られている隙に、天音は蒼鬼の背後から雷撃を浴びせる。

「さすがに痛かったかしら?」

「あいつの最小限の火力はあれであってるのか?明らか強烈な一撃が入ったように見えたが」

 直撃した感覚はあったが、砂煙で視界が悪く状況がつかめない。

 薙からは最小限の火力と言われていたが、天音の放った雷撃はまさに落雷のような激しさをもった強力な攻撃であった。

 固唾を呑みながら視界が晴れるのを待った。そしてその数秒後、蒼鬼の巨体が姿を現す。

『グルルル!!』

「おいおい、嘘だろ…」

 どうやら先ほどの天音の攻撃は、傷ひとつ付けることがなく防がれていた。それを見た薙は苦い表情を見せる。

 蒼鬼は雷鳴が鳴り響いた一瞬の隙を見逃すことなく防御の体制を取り、攻撃を最小限に抑えていたようだった。

「分かってはいましたが、手強いですわね…」

「我が攻撃が防がれるか」

 会心の一撃を見事に防がれた天音は、意外にも小さな弱音を吐いた。

 いくら防御姿勢を保っていたとはいえ、カイムの雷撃は通常のアヤカシなら一瞬にして消し炭になっていてもおかしくない。それを体勢を崩すことなく耐えてみせたのだ。これでどれほど強力な相手かどうかがはっきりとした。

「くっ、これからどうしたものか…」

 作戦を立案した銀次も、予想外な結果に顔色が変わる。

 通常の蒼鬼とは比べ物にならないほどの力量差が、この紋様の付いたアヤカシにはあった。

「弱点は必ずあるはずだ!隙をついて攻撃を続けるぞ!」

 士気が下がったことに薙は皆を鼓舞して、次の行動に移る。

「この戦い、長引きそうだね」

 流石の皇威おういですらも今回の相手は荷が重いと感じているようだ。

「月影くん、茂庭くん。僕があいつの動きを止めてみせる。その間に弱点を見つけ出してくれ」

 八雲はそう告げると、術式を唱え、式神を呼びだす。術が発動すると空にばらまいた神札じんふは一瞬にして自身の分身を無数に作りだす。

「よっしゃあ!こうなったらやるしかねえ。行くぞ可凛!」

「了解ですよ、たいちょー!」

 八雲の影分身が蒼鬼を翻弄している隙に、朝陽は可凛とともに蒼鬼へ向かう。

五郎八いろは、あいつらだけじゃ不安だ。援護を頼む」

「分かっているわ」

 銀次は、無謀な行動に出た朝陽と可凛を援護するように鈴蘭に指示をする。長年共に戦っているだけあって、鈴蘭も行動が早い。

「ここを狙われちゃアヤカシだって堪えるでしょ!」

 可凛は軽快な動きで蒼鬼の右足の後ろに着き、ブラスナックルの逆手に付いた刃でアキレス腱の筋を狙う。

『グウウウウ』

 攻撃は見事に通り、蒼鬼は右足を崩し動きが弱まる。

「ざっとこんなもんでしょ♪」

「お次はこれだ!」

 朝陽は暴れている蒼鬼の右足首に近づき、手に持ったハルバートを大降りに振りかぶり脛に狙いをつけて振りかざした。

『グオオオオオ!!』

 激しい痛みに蒼鬼は叫び声をあげ、激しく腕を振り回し、周囲を無差別に吹き飛ばそうと暴れまわる。

「うぉ!?」

「うわぁ!」

 攻撃を行っていた朝陽と可凛は、蒼鬼の攻撃に対応しきれず、防御態勢に入ったその瞬間、白い翼を広げた巨大な鳥の形を模した式神がふたりの両肩を掴み上げ天高く飛び立った。

「2人とも…無茶が過ぎるわ…」

「間一髪…助かったぜ鈴蘭!」

「あはは…ありがとうございます」

 どうやら、先ほどの巨大な鳥は鈴蘭が操っていた式神のようで、被害の及ばない場所まで2人を運んで降ろした。

「連携は取れていたが、無茶な行動は逆に奴を興奮させるだけか」

「何か別な方法を考えないといけないか」

 指揮する薙と銀次は蒼鬼の動きを分析して、次の行動を考え直す。

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