第8話 朝陽という男

「おらっ!防いでるだけじゃ終わっちまうぞ、月影!」

「くっ…!」

 前回の蒼鬼そうきとの戦闘から数日が経った、ある日の正午。

 なぎ朝陽あさひはトレーニングルームにて、模造刀を用いた実践的な組み手をおこなっていた。

 薙と朝陽は同い年であり、入隊した時期も同じという縁もあり、朝陽は薙を一方的にライバル視している。

 一方の薙は、何かある度に近寄ってくる朝陽に対して面倒そうな顔をしたりもするが、別段、嫌っている訳ではない。むしろ朝陽の実力自体は薙にも引けを取らないものを持っているため腕試しとして逆に利用していることもある。

 この組み手自体も今回が初めてではなく、入隊時期から幾度となく組み手をおこなっている。朝陽曰く、現在「54勝50敗8引き分け」らしい。

 アマテラスでは基本的に対人戦闘はタブーではあるが、組み手という名目であればそれは例外となっている。

(朝陽の野郎、今日は別段と力がこもってるな。長期戦に持ち込まれたらこっちの体力ももたないか)

「いつになったら本気出すんだよっ!おらァ!」

 薙は、朝陽の重い剣撃を何度も受けながら、反撃の隙を伺っている。はじめの方は隙だらけだった朝陽の剣筋も、何度も剣を交える度に隙を見つけるのも難しいほどに朝陽の腕は上達していた。

 お互い一歩も譲らない攻防に、いつしか数人のギャラリーが集まるほどになっていた。

「今日は第7の茂庭もにわが押してるな!」

「いや、それでも月影も隙を作ろうと粘ってる。流石は英雄の息子だけあるな」

「いいぞー!」

 今ではこの組み手も火天支部の中では一大イベントのひとつのようになっているようで、組み手が始まるや否やこぞって周囲にギャラリーが立ち並ぶことになった。

 そしてギャラリーも2人の組み手の結果を予想しては楽しんで観戦している者までいる。

 支部の中でも特に薙と朝陽は一目置かれていることがある。『英雄の息子』という肩書きを持ち、その名に相応しいカリスマ性を秘めた第4小隊隊長の薙。そんな薙に一歩でも追いつこうと気合いと努力のみで隊長に成り上がった第7小隊隊長の朝陽。

 そんな2人のやり取りはいつしか支部の中では名物になっていた。

「これならどうだっ!!」

 朝陽が決着を着けようと薙にキツい一撃を浴びせようと、上段に剣を構えたその瞬間だった。

「そこっ!」

「なにぃ!?」

 勝ちを確信してわざわざ大振りで構えた朝陽の攻撃を薙は決して見逃すことなく見抜き、攻撃を受け流した。

 朝陽の剣は、受け流された衝撃で構えていた手から離れ、近くに放り投げ出されていた。

「はぁ、負けだ!負けだ!」

 首筋に練習用の模造刀を突きつけられた朝陽は負けを認める。

「まったく…油断しすぎなんだよ」

 薙は朝陽に突きつけた剣を下ろす。勝ったとは言え、薙の方も相当体力を消耗させられたのか、額に大粒の汗をかいていた。

「くそったれが!!」

 朝陽は負けたことへの悔しさをどこにぶつけるでもなく、自分に言い聞かせる。朝陽にとって薙は同期の仲間であり、共に高めあえるライバルでもある。そのため、薙との一戦は模擬戦であろうと真剣なのだ。

「ほら、立てるか?」

「必要ねぇ。ひとりで立てる」

 尻込みをついて悔しそうにしている朝陽に、薙は手を差し伸べようとするも、朝陽はその手を払うと一人で立ち上がる。

「まったく。お前はいつも決め手に欠けるな。いい調子で押していたのに、最後の最後で油断したな」

「お前こそ、あそこまで攻められておいて、よく咄嗟に判断できたモンだ。あれで決まったと思ったのになぁ」

 ふたりは乱れた息を整えながら、お互いに模擬戦の感想を言い合う。

 互いに何度も剣を交えた間であるが、こうして互いの欠点を逐一見つけ出しては、それを教えあい、次の模擬戦に生かしている。

「まぁ今回はしてやられたよ。危うくこっちがやられるところだった」

「お世辞なんて要らねえ、俺の判断ミスだ。だがな、次こそは俺が勝つ!」

 朝陽はそう言ってトレーニングルームを後にした。負けることが何よりも嫌いな朝陽は相当悔しそうだった。


「お見事ですわね」

「見ていたのか。天音、カイム」

 椅子に腰掛けていた薙に、天音はタオルを手渡し声をかける。

「驚いたぞ隊長殿。見事な手前であった!」

「ありがとう。今回は上手い具合に決まったよ。アイツももう少し慎重に動ければもっと強くなると思うんだけど、あれは性格だからな」

 今まで姿を消していた神魔じんまのカイムも姿を現して、薙の剣技に驚いていた。

「改めて近くで拝見いたしましたが、まさに圧巻でしたわ。あれほどまでに素早い剣の動き。なみなみならぬ努力と研究をなされたのが伝わりますわ」

「まぁ、伊達にガキの頃から剣術を学ばされてきてる訳じゃないからね。ウチの師匠、昔っから容赦なかったからなぁ」

「薙のお師匠さま?」

 薙の言っていた師匠という言葉に天音は疑問に感じた。

「あぁ、師匠って俺の親父のこと。剣の型は家に代々伝わってる正統な剣術のひとつなんだよ。今時、正統な剣術で戦うのも時代遅れなんだけど、ガキの頃から家で剣の修行をさせられていたからさ」

「そうでしたのね。あれだけの動き、素人には目で追うだけでもやっとでしたので。それを聞いて納得しましたわ」

 それを聞いた天音は納得した表情を見せる。

 薙の父親である月影剣つきかげつるぎは、アマテラス創設の第一人者でもあり、と呼ばれていた人物でもあった。そのような者の剣を直に習っていたとなれば、あれだけの動きが出来るのも納得である。

「その割には実戦とはひと味違った気迫を感じたな。やはり実戦だと同時に銃器を扱ってる分、剣に集中するのも困難なのだろうか?」

「さっきのは単なる模擬戦だからね。実際にアヤカシとの戦闘なら、臨機応変に戦う必要があるって前の隊長に言われてから少しずつ戦い方も変えたかな」

「なるほど、隊長殿の腕前は父上と上官の教えがあってのものなのか」

「まぁそんなもんかな」

 話をしながら薙は過去のことを思い出していたのか、物悲しい雰囲気で静かに頷く。

「思いっきり身体動かしたら腹減ったな。立ち話もなんだし、シャワー浴びたら一緒に食事でもどうかな?」

「わ、わたくしは…」

「うむ。我らもお供しよう」

「ちょっとカイム!勝手に決めないでくださる!」

 言葉を切らした天音だったが、隣のカイムが一緒に行くと言い出した。

「いつまでその調子でいるつもりだあるじよ。我らはもうこの隊の仲間なのだぞ。いい加減親好くらい深めるべきだろう」

「そ、それくらい分かってますわよ」

「それなら決まりではないか。では、行こうか隊長殿」

「ちょっとカイムったら!」

 完全にその場のペースを取ったカイムは強引に天音を食事に誘うことにした。

「もう、わかりましたわ」

「そ、そっか!じゃあ15分後にトレーニングルームの前に集まろう」

 今まで断れ続けていたが、念願かなって天音を食事に誘うことができて薙は内心驚きながらもうれしそうだった。


「さあて、飯だ飯だって、あれ?」

 シャワーを浴び終え、トレーニングルームから出ると、先に出ていた天音は物陰に隠れて遠くを眺めていた。

「天音…?」

「うひゃあ!?」

 急に話しかけられたのに驚いて天音は言葉にならないような言葉を発していた。

「お、驚かさないでくださる!」

「ご、ごめん!別に驚かせるつもりはなかったんだけど。さっきから何見てたんだ?」

「あれですわ、あれ」

 天音が指差した先には、先ほど薙と模擬戦をしていた朝陽の姿があった。私服に着替えて、どこかに出かけるような感じにみえる。

「どこか出かけるだけなんじゃないのか?」

「どこか出かけるだけに、あれほどの荷物を持っていきます?なにか怪しいですわね」

 朝陽が背中に負っているリュックは荷物をいっぱい詰めてあるのか、パンパンになっている。天音の言う通り、少し出かけに行くだけにしては背負っている荷物が大き過ぎる。まるで家ででもするかのような大きさだった。

「後を追ってみましょ。なにか面白いものが見られるかもしれませんわ!」

「ちょっと待てって!はぁ、俺の昼食が…」

 天音に引っ張られるように薙も尾行に付きあわされることになった。


 尾行に気づいていない朝陽はシェルターの外に通るために外壁扉の守衛に許可をもらう。

「朝陽のやつ、壁の外に用があるのか?」

 外壁扉は主にアマテラスの出撃や外部との交易といったこと以外では滅多に開くことはなく、シェルター内に住む住民も外に出ることはない。そのため、私的で扉の外に出る者は珍しく、尚更朝陽の行動は怪しく感じてしまう。

「興味本位で追ってはみましたけど、ますます怪しいですわね」

 シェルターの外へは門前にいる守衛の許可が必要となるが、外に出るための許可書と相応の理由がなければ出ることが難しい。だが、アマテラスに所属している者は一般住民よりも承認が軽く、必要となる許可書がなくてもアマテラスであるという証明と理由ひとつで扉を開けてもらえる。

「外に出ましたわね。私たちも追いますわよ!」

「ほ、本当に行くのか!?」

「何を言ってるのですの!ここまで来たのですから真相を見極めるまでは帰りませんわよ!」

「マジかよ…」

「済まない隊長殿。私も止めるように言ったのだが、ここまで来ると天音は止まらん」

 天音に決して逆らえないカイムは渋々と薙に謝る。

 そして薙と天音は外壁の外に出て、朝陽の後を追う。

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