第7話 噛み合わない歯車

「ちょっと!先ほどから邪魔をしないでと何度言えば分かるのですの!」

「邪魔なのはどっちだ!そんな危ない雷、少しは考えて撃ちやがれってんだ!」

 共闘を決めた翌日の夜。その日の朝から早急に作戦会議をおこない、今は実戦に向けての訓練として、蒼鬼そうきの討伐に来ている。

「そこの馬鹿共ばかども!少しは考えて動け!」

 敵の最前線では、天音は神魔じんまカイムの雷撃を放ち、朝陽は自らの得物である黒い刃の槍を構えアヤカシに立ち向かう。

 討伐目的である蒼鬼は、前日に会敵した赤い紋様もんようを付けた変異種の原型であるが、凶暴な性格は原種であっても変わらず、恐ろしく暴力的なアヤカシなのは変わりない。

朝陽あさひくんの戦闘スタイルも斬新だが、天音くんも何というか…自由だね」

「ごめんなさい、八雲さん。天音には後からしっかり言い聞かせておきますので」

「別に構わないさ。こっちはこっちで対処できるし。なにより、これはこれで見ていて興味深い」

 天音と朝陽の喧嘩に、薙は呆れ顔で近くに立っている八雲に謝罪をする。だが、一方の八雲はむしろこの状況を他人事の様に楽しんでいた。

「アンタたち!喧嘩けんかしてないで、まずはそいつの足止めしなさいよ!」

 敵の攻撃の届かない場所で紗月さつきはインカムで言うことを聞かない天音と朝陽に指示を出す。

 蒼鬼は大型のアヤカシの中でも特に動きが速く、巨体だからと攻撃を当てやすい訳ではない。その上、巨体から繰り出される攻撃は、直撃すれば致命傷にもなりかねないほどに強力だ。

 だが、その反面で意外にもスタミナはなく、過剰に動かすことでスタミナを切らし一定の隙を作ることができる。

「おい神魔使い!お前が足止めしろよ!隙ができたら俺が一発で仕留めてやる!」

わたくしに命令しないでくださるかしら!あなたも、そんなへなちょこな攻撃で仕留めることができますの?」

 お互いの譲らない主張に天音と朝陽は同時にいがみ合う。

「あの2人の近くにいたら、私たちまで被害が及びそうですよ〜!」

「無理に前に出ようとしなくていい!危ないと感じたら後ろに下がっても構わない。そもそもはあの2人が原因なんだから…」

 同じ最前線で戦っているなぎと、第7小隊の可凛かりんが軽い身のこなしで蒼鬼に攻撃を仕掛けようと試みる。だが、最前線で戦っている天音と朝陽の猛攻が激しく、前に出ようものなら逆に被害を受ける恐れもあるため、慎重に判断する。

 可凛の使っている武器は鉄丸くろがねまると同じ素材で造られたナイフ付きのブラスナックルだ。逆手についたナイフで斬るのにも使える上、素早く殴るにも適した正に近接戦闘に特化した得物といえる。

「ご親切にありがとうございます!ですが、隊長の行動には慣れてますので」

 そう言って可凛は得意げに笑いながら、隣で懸命に立ち向かう。


「そこっ!」

 天音は、朝陽に攻撃が集中している隙を見計らって、カイムの雷撃を蒼鬼の右脚に目がけて放つ。

『ぐおおおおおおお!!』

 重たい悲鳴とともに蒼鬼の体勢は崩れた。

「よくやった!あとは俺に任せろ!」

「何馬鹿なことを言ってますの!?あなたにトドメを渡すつもりはありませんわ!」

 蒼鬼の体勢が崩れている好機であるはずが、お互いの主張がぶつかり何故か倒すことができないでいた。

「−−−!?」

 天音と朝陽が騒いでいたその瞬間、乾いた銃声が複数鳴り響いた。そしてその直後、蒼鬼の動きは止まり絶命していた。

「さっきの攻撃は八雲さんか…?」

 近くで見ていた薙が驚いた表情で八雲の動きを凝視する。

 先ほどまで後方にいたはずの八雲だが、銃声が聞こえた近くでは八雲の姿があった。

「影分身というやつか。噂には聞いていたけど、どれが本物なのかまるで見分けがつかないな」

 狙撃銃のスコープ越しに左近は八雲の分身した式神しきがみを見つめるが、どれが本体なのかの区別が毛頭つかない様子だった。

「すごい…!これが皇威おういの実力なんですね!」

 同じ陰陽術師である天真も驚いた表情をさせつつも、憧れにも似た輝くような眼差しで八雲の動きを見つめる。

 先ほどの銃声は分身した八雲が一斉に銃弾を浴びせたものだった。全方位から撃ち込まれた弾丸によって蒼鬼を一瞬にしてほうむった。

「個人的には楽しめたけど、周りをしっかり見るのも大切だよ2人とも」

「八雲さん…」

 さすがに後先考えずに行動していたことに怒っているのではと、朝陽は思って言葉を漏らすも、八雲は怒るでもなく、むしろニコニコとしていた。

「この馬鹿野郎っ!!」

「なにやってるのよあんた達!!」

 だが、その時だった。インカムから大きな怒鳴り声とともに紗月と銀次の声が響いた。

 紗月と銀次が八雲の代弁となり、天音と朝陽に怒鳴り散らしていた。

「まぁ僕が指摘しなくても他に適任者がいる訳で、後処理と反省会は彼らに任せようか」

 そう言って、八雲はその場を後にして帰還の準備を行う。

「まったく、お前らには連携という言葉はないのか!」

「少しは考えて戦いなさいよ!」

「わ、分かってるっての」

「ちゃんと考えてますわよ。でもそこの馬鹿猿が…」

「言い訳しない!」「言い訳無用!」

「「は、はいっ!」」

 作戦指揮の銀次と紗月の前に天音と朝陽は座って反省させられている。

 最近は天音もチームに馴染めて来ているようにも感じられたが、朝陽を目の敵にしているためにライバル意識を燃やしているようにも思える。

「ってか馬鹿猿ってなんだよお前!」

「単細胞みたいな頭のあなたにはお似合いの名前ではなくて?」

「んだと、この脳筋娘が!」

「なっ、なんですって〜!」

「あ、ん、た、たちねぇ!」

いたっ!」「痛って〜!」

 反省しているかと思っていたが、くだらない口げんかを始めた2人に紗月は拳で黙らせた。

「ひとまずは今回の戦闘で課題ができたな」

「課題っていうほどのモンかねえ?まぁお互いが連携さえ取れさえすればあの2人も個々の実力は充分にあることだし、心強いのはたしかなんだがねぇ」

「なんとなく馬が合わないのは気づいてましたけど、まさかここまでとは…」

 終わったことを気に病むのも仕方がないと思いながら、薙の近くに左近と天真も合流して、帰還の準備に入る。

「月影たいちょ〜!」

 すると、背後から小さな足音とともに第7小隊の可凛と、その後ろをゆっくりと近づく鈴蘭の姿があった。

「大切な任務のための特訓なのに、うちの隊長のせいで、ごめんなさい〜」

「別にいいって。しかも悪いのはお互い様だ。こっちも厄介ごとに巻き込んだ上に天音が迷惑をかけたな」

 気を使った可凛が朝陽の代わりに薙に謝りに来た。幼い見た目以上によく出来た子であり、薙もそこまで怒れる気になれなかった。

「隊長…いつものことだけど…悪気わるぎはないと…思うから…」

 可凛の隣に立っていた同じ第7小隊の鈴蘭すずらんが、か細い小さな声で朝陽の行動をフォローする。

「まぁ、あいつとは付き合いも長いし、元からわかっていたことだから気にはしてないよ」

「そう…」

 別に怒っていないことを確認した鈴蘭は無表情ながらも、少し安心しているようにも見えた。

「とりあえずはこの結果を踏まえた上でもう一度作戦を練り直すか」



「おい、そっちに行ったぞ!さっさと片付けろ!」

「あなたが倒しそこねた相手を私に押し付けないでくださる!」

 以前の一件から3日後の夜。今回も原種の蒼鬼を相手に訓練を行っている。

 今回は前回の反省を踏まえて、前線にいた天音と朝陽を援護部隊へと変えた。

 それにより前線は薙と可凛、そして八雲が先陣を切ることになったのだが。

「よっしゃ、雑魚は片付けたぞ月影!俺も前線に復帰するぞ!」

「あなた!抜け駆けは許しませんわよ!」

「待て2人とも!まだ前線に出ていいなんて一言も…」

 蒼鬼の左右に構えていた敵を任せていたのだが、思いの外早く事を済ませた天音と朝陽が命令もなしに前線へ復帰して来た。

「おい、脳筋女!いつ前線に戻っていいなんて命令した!」

「あなただって薙からそんなこと聞いてませんわよ!」

 天音と朝陽は、お互いに競い合うように手柄をあげようと必死になっていた。

「いや、どっちも待ってくれ…」

 なんとなくは予想していたが、思った以上に早い天音と朝陽の言い合いに薙は頭を悩ませている。

 結局、天音と朝陽が揉めながらも蒼鬼を倒すことが出来たが、紋様を付けたアヤカシとの戦いを想定した戦闘とはいえないものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る