第6話 共闘
「今日も良いトレーニングができたなぁ、
「それ、たしか昨日も言ってましたよね?」
「コイツに関しては毎度のことだ。はぁ…そうは言っても、それに付きあってる俺も人のこと言えないか」
例のアヤカシの話から数日が経ったある日のことだった。自主トレーニングを終えた第4小隊の男三人組は自室に戻る廊下を歩きながら愉快に話をしていた。
「思い詰めるより、色んなこと忘れて気持ちよく酒を飲むのが俺っちの性分なんでね」
「はいはい、そうですか」
左近の言葉を、薙は適当にあしらいながら三人は廊下を歩く。
「お〜い、
薙たちの反対方向から歩いてきた別の隊の人間から聞きたくないような知らせが届く。
「お嬢さんって…。はぁ、天音のやつ。次は何をやってくれたんだ」
「本当、愉快なことで楽しませてくれるぜ」
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「まぁ、とりあえず見に行くだけはしておくか…」
薄々感づいた三人は仕方ないかと言うように場所を聞いて、その場所に行ってみることにした。
「何度も言いますが、はじめに目を付けていたのは
「知ったことか!先に取った方が先だろ、こういうモンは!」
「いいえ、私ですわ!」
先日と同じ売店でまたしても天音と朝陽が口喧嘩をしていた。
「今度は一体なんだよ…」
薙は呆れた感じに天音に聞いてみた。
「薙、聞いてくださる。私が買おうとしていたスポーツドリンクをそこの石頭が横取りしてくるのですわよ!」
売店に陳列しているスポーツドリンクは、ちょうど品切れ時で残りひとつになっていた。物流が正常に動いていないこのご時世では品切れも珍しいことではなく、人気商品ほど品切れを起こしてしまうことはよくあることだった。
「馬鹿か!俺が先に取ったんだから俺のもんだろ。なぁ月影」
「馬鹿とはなんですか!馬鹿とは!そもそも女性に優しくできなようでは男性としは失格ですわよ。薙もそう思いますわよね?」
「はぁ…。知るかよそんなこと」
なんともつまらない喧嘩に巻き込まれた薙は頭を抱えるしかなかった。
「あ〜っ、隊長!声が聞こえると思ったらまたお馬鹿な揉め事ですかぁ?」
「馬鹿も大概にしろよ。くだらないことに毎度呼ばれるこっちの身にもなってみろ」
近くで噂を聞きつけた第7小隊の三人も駆けつけていた。
「いつものこと…」
「いつもじゃねぇよ!」
「いや、隊長の場合はいつもですよ。まったく聞いてて呆れてきますよ〜」
第7小隊の賑やかな寸劇で話がどんどん別な方向に進んでいく。
「そんなことで揉めてるからいつまで経ってもガキなんだよ」
「んだとぉ!」
同じ部隊の
「まったくその通りですわ!」
「あんたが言える立場じゃないでしょ、まったく」
「痛っ!」
銀次に罵倒されている朝陽を哀れむように見ていた天音だったが、後ろにいた紗月の手刀を頭上で受けて小さな悲鳴を上げる。
「もう、なにをするんですの!」
「それはこっちのセリフよ。廊下であんた達の噂が聞こえて来る度に恥ずかしめを受けるのはこっちなのよ!」
紗月は呆れながらも説教じみた口調で天音に当たる。
「まったく、賑やかなことだなお前達は」
売店の前で話をしていると、買い物に来た支部長の
「賑やかなのはそこの二人だけですよ。あたしたちも一緒にしないでください!」
「そうなのか?そいつはすまないな」
特に興味もなさそうに返事をする千里は、先ほど買った煙草に火をつけて一服すると、思い出したように薙に話を持ち掛ける。
「そうだ、月影。前に出くわした例の
千里が言うには先日遭遇した
「別にお前達の部隊に任せようって訳ではないんだが、第一発見者はお前達だし、正式に依頼を貼り出す前に確認だけ取ろうと思っていたんだが?」
「例の変異種って、お前らが遭遇したっていうあの
朝陽は薙の話に割り込むように質問をする。変異種との遭遇から数日は経ってはいるが、いつの間にか噂が広まっていた。別段、極秘という訳でもないため気にする必要はないのだが。
「ちょうどよかった。そのことで朝陽たちにも話をしようと思ってたんだ」
薙は依頼を受ける前に朝陽たち第7小隊の方を向いて話をする。
「噂にもなっていると思うけど、前に確認した変異種は他のアヤカシとは何かが違う。まともに正面から戦おうならば勝てる見込みはないだろうな。そこで俺たちは共同作戦を組もうと考えてる」
「共同作戦だぁ?」
そこで、薙は朝陽たちにある提案を持ちかけた。
「もちろん報酬は弾む。無理にとは言わないけど協力してくれると助かるのだが」
「お前から俺らに頼み事なんて珍しいじゃねぇか、悪い気はしねぇな」
日々ライバル視している薙からの誘いに朝陽はいつも以上に上機嫌な反応をする。
「おい、何を勝手に話を進めようとしてるんだ。もう少し物事を慎重に考えろ」
だが、気分が乗っている朝陽に釘をさすように銀次が食い止めようとする。
「まさかあなたたち、怖いんですの?」
「馬鹿なことを言わすなよ
銀次の言うことも的を得ている。戦い慣れたアヤカシならまだしも、相手は新種という噂もあるアヤカシで、何を隠しているかも分からない。そのような状況で失敗でもしたらそれこそ無意味な戦いで終わってしまう。
「しかも今回に限ってはお前達には神魔使いもいるんだろ?たかが変異種の為に何故そこまで慎重になっているんだ?それとも…なにか俺たちに隠していることがあるんじゃないのか?」
流石は小隊の指揮をしているだけあって銀次の考えは鋭かった。
「すまない、別に隠すつもりはなかったんだけど、こっちも好き好んで話したいことじゃなかったもんだから」
薙は隠し事をしていたことを素直に謝罪し、事の説明をする。
「なるほどな、敷島さんたちを
事の経緯を知っている古参の朝陽と銀次は苦い表情をするも、納得したように頷く。
「俺たちの関係も、元を辿れば
「一体何の話をしているのですの?」
初めて聞く人物の名前に、天音を含む若手のメンバーは疑問を浮かべる。
「ああ、俺たちの前の隊長のことだよ。朝陽とは研修時代からの腐れ縁だけど、こうして今も関係があるのは前の隊長だった敷島隊長と第7の一文字隊長との縁があったからなんだよ」
「待ってください!一文字隊長って、もしかして今も最前線で活躍している
物静かに話を聞いていた天真が、綴という名前を聞いた瞬間、興味津々に質問を投げかけた。
「詳しいじゃないか、天真。そうさ、俺たち第7の前隊長はあの綴隊長なのさ!」
朝陽の話を聞いた途端、天真は目をキラキラさせながら恍然としていた。
「誰ですの、一体?」
まるで本当に知らないといった顔で天音は疑問を浮かべる。
「天音さん、本当に知らないんですか!一文字綴さんと言えば、皇威の中では珍しい術師ではない一般の
話したくて仕方がないと言った様子で天真は話を進める。
「そもそも上威より上の階級にいる人の大抵が術師または神魔使い、もしくは特別な力を持っている人が多く、そのような強豪ぞろいの中でも数少ない一般の神威なのが綴さんなんですよ」
「その通り!」
天真の的確な説明で現隊長の朝陽もうれしそうに鼻を伸ばしている。
「でも今の隊長は能無しのダメダメですけどね〜」
「はぁ、いい加減、学習してほしいもんだ」
「こっちの身にも、なってほしい…」
「お前らな!それでも同じ隊の隊長なんだから少しは
他のメンバーからの容赦ない言葉が隊長の朝陽に突き刺さる。
「まぁそんな縁があってか一緒に行動することも多くなった訳だ」
話が脱線していたのを薙は強引にまとめて本筋に話を戻す。
「そういうことなら話は別だ。敷島さんには俺と銀次はずいぶん世話になったからな。何かの手がかりになるんなら俺たちも協力するぜ」
「おい馬鹿、人の話聞いてたのか!?」
「そうですわ。こんな頭でっかちと一緒に戦うだなんて、こっちから願い下げですわ!」
隊長の朝陽は薙の話した経緯を聞き戦う意志をみせるが、銀次は頑に共闘することを
「相手は数で押せる相手とは限らないんだぞ。ちゃんとした勝ち筋もないのに、情に流されて俺たちを巻き込むな」
「勝ち筋なんて知るかよ。俺たちはいつだってそうやって勝って来ただろうが!」
「はぁ…今まで馬鹿だと思っていたが、これほどまで手にを得ないほどの大馬鹿野郎だとは思わなかった…」
流石の銀次も朝陽の言動に頭を痛めている。
「おや、何かお悩みかい?」
売店の隅で話をしていると、突然一人の男が横から話に入ってきた。
「君たちがあまりに賑やかなものだから何を話しているのか気になって声を掛けてしまったよ」
パーマのかかった黒髪に長身の男が興味津々にこちらに近づく。
「
薙は男の顔を見て名前を呼んだ。
「ご機嫌いかがかな?月影くんと
「そうですね。こんなところで騒いでしまってすみません」
「別に構わないさ。僕はただ通りかかっただけだから。それに…」
「なんですの?私の顔になにか付いてまして?」
八雲は会話の途中で、薙の隣に立っていた天音の方を向いて笑みを浮かべる。
「まさか意外だったな。神魔使いのキミが月影くんの隊に正式に入ったと聞いた時は驚いたよ。僕の隣ならもっとキミの強さを引き出せると思ったのだけど」
すると八雲は天音が第4小隊に配属した話を持ち出してきた。
「別にどこに入ろうが
「すまない。そういえば自己紹介がまだだったね。僕は天海八雲。
「皇威ですって!?」
意外な言葉に天音も驚きを隠せなかった。
皇威とは上威の次の位に位置するのだが、皇威になれる人間はその中でも一握りの者しかなることはできず、生涯上威止まりで終わる人間のほうがよっぽど多いと言われているほどだ。
「どうかな?その気になったかい?」
「八雲…。前にも言ったが、お前は数少ない皇威であって、このおてんば娘をお前のような場所に置くのは不安が…あっ」
「誰がおてんば娘ですって、支部長?」
千里は口が過ぎる八雲に注意するように事情を説明する。余計なことまで口走ってしまった千里に、天音はひどく冷たい目線で千里を睨む。
「ははは…まぁそう言うことだ。しかもお前は北御門がいなくても充分な功績を上げているじゃないか」
笑って誤魔化すように千里は話を区切った。
「でも、もし気分が変わるようなら僕はいつでもキミを歓迎するよ」
「ちょっと、八雲さん!勝手にうちのメンバーを勧誘しないでくださいよ」
「冗談だよ。キミが月影くんの隊で上手くやっていけてるのならいいさ」
冗談なのか本気なのか分からない八雲の言葉に薙は困惑する。
「そういえば話は変わるけど、さっきまでの話はもしかして例の君たちが遭遇したという変異種の事かい?」
「実は…」
八雲は先ほどまで話をしていた変異種の件について話を戻す。そこで薙は八雲にいままでの経緯を話してみる。
「なるほどね。三年前に遇った
あまりに突拍子もない話に流石の八雲も口が止まる。
「それで、そのアヤカシを倒すために朝陽くんたちに協力を仰いでいるという訳か」
「無理を承知で言っているのは分かっている。でも何か手がかりが掴めるんじゃないかって思って」
共闘することによって戦力を増やし、より強いアヤカシを倒せるという利点はあるももの、逆を取れば戦力が増えることによって多くのリスクを背負う割にリターンが少ないという不利益も発生する。そのため、誰もがこぞって共闘しようとすることは決して多いとは言えない。
「正直、利口な選択とは言えないのは重々承知の上だ」
薙は無理を承知と知っていながらも、他人にすがることしかできない自分を悔やむ。
「なるほど、実に興味深い。もしよかったら僕にも協力させてくれないか?」
「え?」
それはなんと隣にいた八雲の言葉だった。
「いや、そんな願ってもないことを…でも本当にいいんですか?」
あまりにあっけなく出た八雲の言葉に、薙は驚いて動揺していた。
天海八雲は、この火天支部の中でも数少ない皇威でもあり、実力も折り紙付きだ。そのような味方が後ろ盾してくれるならば何と心強いものか。薙としてはまさに願ったり叶ったりであった。
「なに、構わないさ。同じ支部の仲間の助けとあれば力になるのは当然さ。僕だけでも力にいれてくれないかな?」
「そんなに簡単に決めちゃっていいんですか!?」
なんだか淡々と話が進んでいくことに夢でも見ているのではないかと思ってしまう。
さすがの薙も八雲の行動に驚いて再度聞き返す。
「ああ、もちろんさ。しかも、相手は変異種という名の新種という可能性もあるんだろ?ならば、尚のこと僕たちが先導に立って戦わないと、皇威として示しがつかない」
取って付けたような理由かもしれないが、皇威が味方についてくれるならば心強いことこの上ない。
「おい、月影!俺たちのことも忘れるんじゃねぇよ!」
すると隣にいた朝陽が大きな声で注意を向ける。
「八雲さんが行くんなら俺も行くぜ!こんなところで怖じ気づいてたらこっちの立場がなくなるってもんだ」
今まで回りが反対していた第7小隊だったが、勢いに任せたように朝陽も続いて共闘を申し出た。
「はぁ、これだから馬鹿は困るんだ」
朝陽の言葉にさすがの銀次も頭を痛めていた。
「嫌なら来なくていい。俺一人でもこいつらに協力するぜ!」
どうやら小隊としてではなく、朝陽個人の言葉らしい。
「隊長を…一人にしていられない…」
「そうですよ!隊長だけ行かせたら皆さんに迷惑がかかるじゃないですか!」
「お前一人くたばるなら構わんが、他に危害が加わるのは後味が悪いしな」
「お前らなっ…!!」
どうやら朝陽の面倒を見られる相手がいないという理由から、第7小隊も全員参加してもらうことになった。
「すまない…こんなことに巻き込んでしまって」
周りの協力に薙は深々と頭を下げた。難航するだろうと予想していた増援も思いの外早くにめどが立って落ち着くことができそうだった。
「頭を上げろよ。お前が考えて俺たちを頼ったんだろ?なら最後までお前らの面倒ごとに付きあってやるっての」
「そういうことさ。僕たちも協力させてくれ」
協力を申し出てくれた朝陽と八雲に、薙は頭が上がらないほどに感謝で一杯だった。
「そうなれば、まずは軽い任務でポジションの確認でもしないとな」
共闘が決まった直後、左近は現実に戻すように今後の話に移る。
「そうだな。対象が大型のアヤカシではあるが、大所帯なのは変わりない。明日にでも作戦を決めて演習ついでに任務を受けるべきだ」
共闘することを最後まで拒んでいた銀次だったが、決まるとなると行動が早い。
「じゃあ僕は演習用の任務を探してきます。蒼鬼が対象の任務があればいいのですが」
先輩たちに負けないといった心意気で、天真も率先して行動をする。
その後は各自解散をして、明日以降の作戦会議と演習に向けて英気を養うことにした。
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