第5話 紋様と過去

「もう話してくれたっていいでしょ?」

 前回の戦いから2日後の朝。

 第4小隊の5人はミーティングルームに集まり、先日の赤い紋様を付けたアヤカシの件について、なぎと左近に問いつめる。

「あぁ、わかってる…」

 突如、任務中に現れた異質なアヤカシ。薙と左近はそのアヤカシについて、まるで知っているような素振りをしておきなながら今までずっと黙っていた。

 だが今回、メンバー全員を集めたということは、それについて洗いざらい話をする心積もりなのだろう。

「あのアヤカシは、今の時点で変異種へんいしゅとして発表されたのは知っての通りだ」

 第4小隊は昨日、支部の上層部に報告をおこなった。未確認の敵となると不明なことが多く、上層部の人間も頭を悩ましていたようだ。

 そして報告の結果、あのアヤカシの正体は蒼鬼そうきというアヤカシの変異種と判断した。

「変異種ですか…。発生時の環境によって原型とは多少の変化が生まれるとされる種。という見方でしたら理にかなってますわね。ですが、あれほど強力な個体は今までに見たことがありませんわ」

 天音は、昨日の上層部からの報告についてどうも引っかかる点があるようで、納得ができない様子だ。

 アマテラスの定義する変異種とは、主に原型となる個体と比較して能力が特異なものを指すことが多い。

 例えるなら、あの日に戦った魔蜘蛛まぐもは蜘蛛の糸を吐く能力を持っているが、確認された変異種の中には糸の代わりに毒液を吐く個体も確認されている。

 そもそもアヤカシは、性質上まったく同じ形状のものは一切存在しないのである。

 例えるならば、人間には身体的・精神的な面で個々に個人差があるように、アヤカシにもそのような個体差がある。それはアヤカシを構成する人や動物の血肉だったり魔素の濃度も大きく関係し、アヤカシの発生現場の環境などによっても大きさや色または性格までも変化する。

 似たような性質を持つアヤカシには個体名が付けられ分類させられるが、それはあくまで機関が決めた大雑把な基準であり、姿形が完全に一致するものは存在しないのだ。

「そうですね。あれを単なる変異種と見ていいものか」

 変異種との接触は特別珍しいものではなく、会敵することも少なからずあり、過去に第4小隊も何度か戦ったことがある。

上層部うえからの報告ではそうなっている。だが、あれは変異種なんてもので収まる相手じゃない」

 薙は説明を混ぜながら本筋に入っていく。

「俺と左近はあれに近い種と一度戦ったことがある。にな」

「3年前ですって…?」

 真相を知らない3人は薙の言葉を聞いて騒然とした。

 どうやら3年も前から薙と左近はそのアヤカシと対面していたのだ。

「あれは、俺たちが入隊してちょうど1年くらいだったか。まだ薙助が隊長に着く前のことだ」

 薙の話に左近が補足をいれながら話を続ける。

 左近の口調はさほど変わらないが、少しばかり物腰がいつもと違い真剣さが伝わってくる。

「あの時もそうだった。いつもと変わらない普通の任務の途中に、奴は突如として俺たちの前に現れた」

 過去の記憶をさかのぼりながら、薙は淡々と話を続ける。

 3年も前の話なのにくっきりと、まるで昨日の出来事かのように鮮明に話を進める。

「3年前に現れたのは死々妖樹ししようじゅっていう大型のアヤカシだった」

 死々妖樹は大樹を模したアヤカシの一種で、根を足の様に動かしながら移動し人を襲う。死々妖樹から作り出される毒腺は体内に注入されると妖者ようじゃと呼ばれるアヤカシにされることから危険視されている。

「そのアヤカシには先日会敵した蒼鬼と同じが身体に刻まれていたのを今でも覚えている」

 薙の話で、一同は先日の行動の意味がわかったようにも感じた。 赤い紋様のアヤカシを3年の月日を経て見ることになるなんて誰が予想できるか。

「見たことのない相手に、当時の隊長の指示で逃げることにした。だけど、必死の抵抗も虚しく俺と左近以外の仲間は全員そいつに殺された」

「そ、そんな…」

「嘘でしょ…」

 初めて語られる薙の過去に紗月と天真、天音でさえも驚きを隠せないでいた。

「敵討ちかどうかは今となっては覚えてないけど、俺は無我夢中になって篭手の能力ちからを使って戦った」

「そんで、その事実を知っているのは今のところ俺と薙助だけ。紋様のついたアヤカシも同様に倒せばそのまま消えてなくなるから他に見た奴はいないって訳」

 薙と左近は淡々と話をするが、話を聞いている3人は予想もしなかった過去の出来事に、聞くので精一杯といった様子だった。

「でも、上層部にもそのことを報告したんでしょ?どうして他に知っている人がいないのよ」

 今の話に納得ができなかった紗月は薙と左近に疑問を投げかける。

「勿論、上層部うえには報告書をまとめて提出した。だが証拠のない話なんて誰が信じるかってことだ。報告書の内容を見た上層部共は、仲間の死を見て幻覚でも見たんだろうって苦笑されて聞き流されたよ。まぁ肝心の記録なんかも残してる訳でもないし上層部うえの言いたいことも分かる」

「そんな…」

 納得のいかない話に一同は困惑する。

「でも、どうしてこのタイミングで現れたんでしょうか?3年もの間、そのようなアヤカシの情報を耳にしたことは一度もない訳ですし」

「そこなんだよ。どうして今になって…。しかも何故、また俺たちの前に現れたのか」

 何かが引っかかるような違和感に、薙も考えがまとまらない様子だった。

「俺は確かめたい。あのアヤカシが何者なのか。どうして3年も経った今、俺たちの前に現れたのか…それと」

敵討かたきうちでもすると言うのかしら?」

 赤い紋様の付いたアヤカシの存在、そして過去に失った仲間の敵討ちという個人的な感情を天音には見透かされていたようで、抑えた言葉の先をずばり言われてしまった。

「後日、あのアヤカシの討伐依頼は届くだろう。危険なのは重々分かっているつもりだ。だけど…俺はアイツを討ちたい!」

 今までに見せなかった薙の熱い想いに周りは圧倒されて、3人は返事すら喉に詰まるようだった。

「薙助、よく言ってくれた。もちろん俺も同じ気持ちだ。悪いがここで全員が反対しても俺ら2人でもやってやるつもりだ」

 同じ過去の苦しみを知っている左近は、薙の決断に全力で協力をするつもりのようだ。

「何が2人でも、ですか。あなた方だけでは心許こころもとないですし、わたくしも協力いしますわ」

「天音…!」

「本当よ!アンタたちだけ行かせるのなんて、待ってるこっちが不安になるわよ。そうでしょ天真」

「もちろんですよ。僕たちも第4小隊の仲間なんですから、最後まで着いて行きます!」

「みんな…」

 メンバーの想いは一緒だった。いつもは冷静な薙が話してくれた想いに誰もが応えたいと思っている。

「とは言っても、正直この5人でも不安は不安だしよ、他に2部隊くらい声かけてみるか?」

「あんたねぇ、折角のムードを台無しにするような事言わないでよ」

「現実見ようぜ、さっちゃん。あいつの恐ろしさは見ただろ?用心はしとくべきだぜ」

 今までの空気を現実に引き戻した左近の発言で一気に脱力した一同だったが、なんとか討伐の目処は着きそうだと薙は安堵の表情を見せた。

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