第4話 紋様を刻まれたアヤカシ

「すぐ近くまで来ているってのか!?」

「ちょっと!そんな情報聞いてないわよ!」

 あまりにも急な事態に、周囲に緊張が走る。

 任務を終えた第4小隊に、理事長の千里せんりから緊急の連絡が入り、強大なアヤカシが接近しているとの情報が入ったのだ。

 外壁区の外にいる以上、ターゲット以外のアヤカシと邂逅すること自体は少ないことでもなく、特別珍しいことではない。だが、支部長直々に直通で連絡が来るほどの相手となるとそれは話が別だった。

「ど、どうしましょう!薙センパイ!」

 不測の事態に、隣にいた天真は緊張でオドオドとした様子で辺りを見渡していた。

「千里さんの話したとおりだ。ここからすぐにでも逃げよう!」

ズドンッ!ズドンッ!

「なっ!?早すぎるだろ!もうそこまで来ているのか!?」

 なぎが逃げようと呼びかけたその直後だった。暗闇の奥から巨大な足音が近づいて来るのが音と振動で伝わって来た。音から察するにもうすぐそこまで近づいているようだ。

『ぐおおおおおおおお!!』

 怒号と共にビルの影から現れたのは、全長八メートルはあるであろう全身青い肌をしたがっしりとした体格に鬼のような角を頭に2本生やしたアヤカシだった。

「あのアヤカシは蒼鬼そうきでしょうか?」

「だとしてもこの霊圧れいあつ。今まで出会った奴とは桁外れに違う!」

「そのようですわね。気配だけでも相手の強さが垣間見れますわ」

 天真てんまがアヤカシの正体を見破るも、カイムが蒼鬼というアヤカシを見るなり驚いた表情をする。

 神魔は、人間には感じることの出来ないと呼ばれる、アヤカシの力を感じ取れるようだが、今までのアヤカシとは何かが違うようだった。

「何なの、このプレッシャー。私たちだけで倒せる相手じゃないわ!さっさと逃げよう!」

「そ、そうだな。みんな!急いで逃げるぞ!…って…」

 今のままでは勝てないと悟った紗月さつきは薙に撤退を促し、薙は全員に撤退を指示しようとした時だった。

「おい、嘘だろ…!?」

 だが、薙はアヤカシの身体の一部を見た途端、急に足を止めた。そしてアヤカシのいる方を一点に見つめると驚いた表情で言葉をにごした。

 薙が見つめている先は、アヤカシの右肩だった。そこには今までのアヤカシ

には見られなかったのようなものが浮かび上がっている。

「マジかよ…どうして現れるんだよ…!!」

 それに気づいた左近も血相を変えたように驚いて、蒼鬼の右肩をじっと見つめる。

「薙!どうしますの!逃げるのではなくて!?」

 天音は、固まったかのようにアヤカシの赤い紋様を見つめる薙に指示を問う。

「みんなは下がってろ…!こいつは、ここでヤるっ!」

 後退の指示を出した薙だったが、血相を変えるや否や単独で蒼鬼に立ち向かおうとする。

「薙センパイ!」

「何言ってるのよ!逃げるんじゃないの!?」

 ただでさえ混乱している状況なのに、隊長の単独行動に紗月と天真は動けないでいた。

 薙は邪鬼まがつきの篭手の入っている箱を開け、篭手の能力ちからを使おうとする。

「薙っ!くそっ、あの馬鹿野郎が…!」

 薙の行動を察した左近はアヤカシに目がけて発煙弾はつえんだんを投げ込み、攻撃を遅らせる。

「おい、薙…!」

「−−−っ!?」

 発煙弾を投げ込んだ左近は、今にもアヤカシに立ち向かおうとしている薙に対して

顔面を思いっきり殴りつけた。

「左近てめぇ!何しやがる!」

 ふいに殴られた薙は、声を荒立てながら左近を睨みつける。

「薙、お前らしくねぇな。少し頭冷やせや…!」

 殴り掛かった左近は逆にいつも以上に冷静な反応で薙を見つめなおし、倒れ

た薙の胸ぐらを掴んで話しかける。

「今はこっちが不利なのはわかるだろ。もしもお前が倒し損ねたら、俺たちは全滅だ」

「だ、だけど…!」

 冷静さに欠けている薙だったが、左近の言葉に興奮を抑え、右腕にはめよう

としていた篭手を箱に戻す。

の機会は必ず来る。だが、今はその時じゃねえだろ。今は全員が無事に逃げることだけを考えろ…。頼むぜ隊長」

「左近…」

 冷静さを取り戻した薙は、左近の手を借りて立ち上がる。

「すまない、みんな!撤退するぞ!天音、力の消耗をしない程度であいつの動き

を止めてくれ。天真もできる限りの援護を頼む!」

「まったく、世話が焼けますわね。いくわよカイム!」

「承知っ!」

「全員で生き残るんだ…!全力で行きます!」

 煙幕をい潜って現れた蒼鬼は再び周りとの距離を縮めてくる。

 だが、天音の仕掛けた広範囲に渡る雷撃と、天真の放った影狐えいこによって蒼鬼の動きが鈍る。

「今だ!全員、クルマまで走れ!」

 動きが止まった一瞬を見計らって薙は閃光弾を投げ込み、蒼鬼の動きを

更に鈍らせる。


「はあ…はあ…流石に追っては来ないようね…」

「もう、汗でベタベタですわ」

 現場に向かうために使った軍用車両に乗り込んで蒼鬼のいる反対方向に

ひたすらハンドルを切りアクセルを思い切り踏みこむ。

 全速力で逃げ、車両に乗り込んだためか全員が息を切らせていた。

「マジで間一髪って感じだぜぇ…」

 アヤカシが追って来ないことを確認して緊張状態から解き放たれた。

「はあ…はあ…。それにしても…さっきのアヤカシは…一体何だったんでしょうか…?」

「…」

「見たこともない奴だったなぁ…」

 あまりに急な事態に一同が考えるのを忘れていたが、あの異型のアヤカシに

ついての話に変わる。

「あんた達、何しらばっくれてるのよ。私たちに何か隠してるでしょ?」

 しらを切ろうとしていた左近だったが、一連の行動を見れば薙と左近は何かを知っていることは明白だった。

「まさか、ここまで来て話せないなんて言わないでしょうね?」

「今は言えない。支部に着いたら改めて話をする」

 ハンドルを握って運転をする薙は静かにそう言い、話は終わった。

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