第3話 迫りよる巨影

「もう、なんなのです…」

 ブリーフィングルームに戻った第4小隊の5人は、近々行われる作戦の話し合いを行おうとしている中、先ほどの一件で天音は落ち込んでいた。

「もし、これが本家の者達にまで知られたら…」

 天音は神魔じんま使いという厳しい家柄であることから自分にとって悪い噂が流れるのを特に嫌っている。

「まぁ所詮しょせんは噂話で止まってるんだし、周りも真実かどうかなんて知らないんなら大丈夫でしょ」

「まったく、他人事だと思ってあなたは…」

 天音はため息をつきながら嘆く横で、紗月さつきは早速話題を作戦の方に進める。

 紗月からしてみれば実際のところ他人事であるため、特に興味の無さそうな様子で、天音の頭をポンポンと撫でて話を切った。

「その話はこれが終わってからにしてくれ。今はこっちに集中だ」

 なぎは全員に作戦会議に集中させるように促す。

「さっさと終わらせて後の時間はゆっくりしようや」

 その後はなんだかんだ作戦会議は一通り行うことができた。天音も作戦会議の重要性を理解してくれているのか、最近は真面目に考えてくれることもあるのだが。

「そんなに回りくどいことまでしますの?その程度なら私に任せてくれてもいいですわよ」

「そうやって、また連携が乱れるんじゃないのよ!」

 性格故なのか、結局は面倒になって力に任せてしまうこともあるが、今は話し合いに参加してくれるだけで充分だった。

 所沢での一件と、その後の歓迎会。あれから天音との距離は少しずつだが縮まったようにも思えた。第一に、あれほど犬猿の仲だった紗月との距離も、今では冗談すら言いあえるほどになった。

 あの時、天音を見離さないでよかったと、今は誰もが実感している。



 ブリーフィングから3日後の夜中。第4小隊の5人は支部からも比較的近い大規模な中華街に来ている。今回の任務はそこに巣食うアヤカシの掃討だ。

「ここもずいぶんと荒れ果てたもんだなぁ。俺がまだガキん頃なんてすごい人だかりだったのによぉ」

 左近はまだアヤカシがいなかった時代のことを思い出しながら付近を捜索する。

「噂では聞いたことがありましたけど、多くの人で賑わってたんですね…」

 今の古びた街並みからは想像もできないという感じに天真も辺りをくまなく見渡す。

「まだ奥の方かしら。アヤカシの気配がしませんわ」

「油断は禁物よ。死角になる場所が多い分、いつ攻撃されてもおかしくないんだから」

 今回のターゲットであるアヤカシは“魔蜘蛛まぐも”と呼ばれる全長3メートルにもなる蜘蛛のアヤカシだ。中型クラスの中でも特に好戦的で、獲物と認識したものに対して容赦なく襲いかかって来る習性がある。

「建物の上や室内もしっかり警戒しろ。どこから襲ってくるか分からない」

 今回相手にする魔蜘蛛というアヤカシは隠密行動を得意とし、こちらから見つけるのが特に難しい。

 今までのアヤカシのように場所が特定できる相手ならこっちの好きなタイミングで仕掛けることができるのだが、今回ばかりはそうはいかず、まとまって行動し敵を見つけるのが最適だった。

「カイム?相手の場所がわかりまして?」

あるじ、隊長殿。気をつけろ…。我らの頭上から鋭い気配を感じる。何かが動いている気配だ」

 天音の隣を歩いていたカイムが何者かの気配を感じ取った。

 カイムは神魔の中でも別段、索敵能力が高いのだと天音が豪語していたが、それもあながち間違いではないようで、正確に敵の反応を察知した。

天真てんま影鳩えいくで上空をアプローチしてみてくれ」

「わっ、わかりました」

 天真は薙の指示で影鳩を一体だけ召喚し、上空に飛び立たせる。影鳩の爪には小さなスタングレネードが備わっていて、敵を発見したら近くに投げ込むように指示をだしている。

 影鳩が建物の四階辺りを飛んでいるその時だった。

『きしゃあ!』

 影鳩が飛んでいたその場所に大きな黒い物体が影鳩を目がけて飛びつき影鳩は消滅した。

「ターゲットを確認した!戦闘開始だっ!」

 黒い物体の正体が今回の討伐対象である魔蜘蛛と確認できた薙は全員に攻撃を促す。

「そんじゃ、一丁やりますか!」

 左近は意気揚々に両手に構えた短機関銃を魔蜘蛛に目がけて発砲した。

 上空から強襲してこようとした魔蜘蛛は、蜘蛛の糸を吐き出し落下の軌道を変え左近の攻撃を避ける。

「そこですわっ!」

 攻撃を避けた魔蜘蛛に対して、すかさず天音が雷撃を放つ。

「ふふ、どうかしら?」

「何やってんのよ!少しは加減しなさいよね!」

 力加減がまだ上手く出来ていない天音の攻撃はビルに直撃すると衝撃で起きた煙で周りの視界が悪くなり、近くで警戒していた紗月が怒鳴る。

「まだだ、来るぞ!」

 すると煙の中から突進する勢いで魔蜘蛛が薙に襲いかかる。

「させるかよっ!」

 襲い来る魔蜘蛛に対して、薙は攻撃を避けられないと即座に判断し交戦する。

 魔蜘蛛の前足の鋭い爪が薙を襲うが、そのすべてを一振りの黒鉄丸くろがねまるで見事に対処している。

「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ」

『グギャアアアア!!』

 薙が交戦している隙に、左近はすかさず手に持った銃を魔蜘蛛に目がけて発砲。魔蜘蛛の身体を数発の銃弾が貫き、悲鳴をあげる。

「助かった!」

「良いってことよ!でも、お相手さんはまだまだ元気そうだぜ?」

 負傷した魔蜘蛛は後ろへ跳び、薙との距離をおく。背中を見せないということはまだ諦めた訳ではないようだ。

「まぁ逃げ回って探すよりかは幾分マシだ。天真!」

牽制けんせいします!」

 薙の指示で天真は影鳩と数体、召喚して魔蜘蛛に目がけて飛び立ち、矢継ぎ早に攻撃をおこなう。

「休む暇なんかないぜ!」

 影鳩を相手している魔蜘蛛の隙を突いくように、左近は距離を詰めて続けざまに銃撃を浴びせる。

「ここが好機だ。一気に攻めるぞ!」

 絶え間なく続く攻撃が効いているのか、影鳩の攻撃を避けるのもやっとなくらいに動きは鈍っている。

「今までの威勢はどうしたのかしら?カイム、一撃で仕留めますわよ!」

「承知した!」

 薙、左近、天真の三人が攻撃を続けている隙に、天音とカイムは神経を研ぎすませ、標的に狙いを定める。

「左近、引くぞ」

「りょーかい!」

 天音の攻撃のタイミングを見計らって接近して戦っていた薙と左近は魔蜘蛛との距離をとる。

「これで終わりよ!」

 天音の合図でカイムは魔蜘蛛を目がけて一直線の雷撃を放つ。

『−−−!?』

 カイムの放った来撃は轟音とともに魔蜘蛛の姿をちりも残さず消し去った。

「どうだったかしら、私の実力は」

「どうだったって、もっと力を抑えることはできないの?あんたの攻撃、遠くからでも相当な爆音がしてたわよ」

 雷撃が通りすがた場所には魔蜘蛛の姿はなく、衝撃で発生した砂煙が大量に舞っている。カイムが放った雷撃はあまりに強く、まさに落雷の如き轟音が辺り一面に響き渡った。

「あー、今でも耳がキーンってする…。頼むからもっと力を抑えてくれ」

 遠くで作戦指揮を取っていた紗月でさえ気づくほどの爆音を響かせていたのだから、近くにいた3人は正気ではなかった。

「まっ、これにて任務達成ってことだな」

「お疲れ様でした!」

 だが、これで何とか目的の相手を倒すことができて任務は完遂し、お互いに喜びあった。


「最後は力技だったけど、なんとか連携も取れてきてるし良いんじゃないか?」

 今回の戦いの結果を見て薙は少しながら達成感を得た表情をした。

「倒し損ねるよりかは断然いいかと思われてよ」

「あはは…。痛いところを突いて来るなぁ」

 肝心なところでミスをしてしまう薙は、天音に痛い所を突かれてしまったが笑って誤魔化す。

「でも、天音もできれるだけ周りのメンバーのことも気にかけてほしいわね。あんな爆音響かせられちゃ耳がおかしくなりそうだわ」

 遠くで偵察していた紗月が全員と合流するや否や天音の行動に対して辛口の評価をする。

 任務を達成した喜びを分かち合っていると、突然薙の携帯端末が大きく鳴り響く。

「千里さんから?」

 着信の相手は支部長の道明寺千里だったのを確認すると、薙はすぐさま応答する。

『月影。みんなは無事か!?』

「ええ、さっき魔蜘蛛の討伐が終わって撤収しようと…」

『お前ら、今すぐその場から離れるんだ!』

 電話から聞こえる千里の声は、いつもの冷静さが欠けた荒い声だった。

「一体どうして…?」

『さっき上層部からの連絡が入った。近くに強力なアヤカシの力を察知したという情報が届いてな、どうやらそのアヤカシがお前たちの近くまで来ているらしいんだ!戦おうなんて思うな、今すぐ逃げろ!』

 千里と電話で話をしている途中だった。

 すると、遠くから地響きに似た足音が聞こえて来る。しかもその足音は確実に近くまで迫っていた。

「すぐ近くまで来ているってのか!?」

 あまりに急な事態に周りに緊張が走る。

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