第2話 火天支部第7小隊
「
「割り込みだぁ!?俺はお前よりも先に並んでたっての!」
支部の一角にあるコンビニのような小さな売店があり、そこで天音は一人の男と激しい言い争いをしていた。
天音と言い争っているその男は、ちょうど
「でも、あなたは席を外したのでしょう?なら一番後ろに並ぶのが筋じゃなくて?」
「馬鹿言うなよっ!列から外れても同じ隊のメンバーが代わりに並んでるだろうが。ノーカンだっての」
「いやぁ、別にたいちょーの為に並んでた訳じゃないんですけどねー」
男は天音の言葉に難癖をつけるように反論を吐く。
たしかに男の隣には同じ隊の隊員であろう少女が退屈そうな様子で立っているが、彼女はそのような気は毛頭ないようだった。
「おい、天音…。一体なにやってんだよ」
「薙。聞いてくださる!この男ったら、
食堂から急いでやってきた薙に天音は事情を説明し、男の顔を指差す。
「そうか。この女、どっかで見た気がすると思ったら、
天音と揉めていた青年は薙の顔を見て文句を言い出す。
「げっ!
青年の顔を見た薙はとてつもなく嫌そうな顔をする。
「月影っ!てめぇ、何だよその反応は!?」
薙は、朝陽という青年とは面識があるようで、彼の顔を見るや否や眉をひそめる。
その反応に朝陽は更に怒りを増して、薙を睨みつける。
「いや、その反応は至極真っ当だ。誰が好んでお前のような馬鹿を相手にしたがる」
「たいちょー。面倒だから一番後ろに並んでくださいよ。こんなところで揉めてるほうがよっぽど時間が掛かりますって」
「お腹、空いた…」
朝陽の前に並んでいた同じ小隊の仲間からも何故か非難を受けている。
「なんだよお前ら!俺の味方じゃないのか!?」
「誰が味方になるなんて言った。面倒ごとになる前にさっさと後ろに並べ、大馬鹿野郎が」
こちらも薙と同年代であろう眼鏡をかけた青年が、鋭い目つきで朝陽を睨み、自らの隊長に対して命令をする。
「ほら、あなたのお仲間もそう
「ぐうぅ…!後で覚えてろよ、
銀次という同じ隊の青年と対面に立つ天音の言葉に、朝陽は反論できないで唸り声を上げる。
「もう、天音ったら。次は何の騒ぎよ」
そこに遅れてやってきた
「あっ!紗月センパイ、やっほー♪」
「
先ほど面倒そうに朝陽を
身長は大体、天真と同じかそれよりも少し下くらいの女の子で、小さくまとめたツインテールで更に幼く見えてしまう。
「もう、こんな所で何してるのよ?」
「見ての通りですよ〜。うちの隊長がご迷惑をお掛けしてますぅ」
「あ〜、あんたのとこの隊長ね。天音と合わせたら絶対に
可凛が申し訳なさそうに謝ると、周りもまるで分かっていたかのような反応をみせる。
「ちょっと紗月!なんで
「だって現に起こしてくれてるじゃないの」
「ぐぅっ…反論の余地がありませんわ」
こっちもこっちで紗月の言葉に反論できず怯んでいる。
「まぁそういうことだ。さっさと後ろに並べ、馬鹿野郎」
「馬鹿野郎は余計だ!ったく、わかったよ」
周りからも非難を受けた朝陽は仕方なく天音に列を譲る。
「お昼…一緒に買ってきてあげるから…そこで待ってて」
「お…おう」
朝陽と同じ隊であろう女性が朝陽の手に持っているパンを受け取って静かにそう言う。
血の気の少ない白い肌と、シルクのような白銀の長髪をした彼女の容姿と、この状況に対してまったく微動だにしない表情と性格はまるで他の者とは一線を画すような存在だった。
「うちの馬鹿が迷惑かけたな。詫びと言うほどでもないが、先に並ぶといい」
「あら、気が利くのではなくて。あなたの隊長と違って」
「あの女、いちいち一言多いな」
天音の皮肉に朝陽はいちいち機嫌悪く反応をする。
「そういえば、あなた達。お互い顔見知りのようですけど、知り合いか何かですの?」
「まぁ知り合いって程でもないけど…腐れ縁みたいなもんか?」
それほど好印象とは思えないような口調で薙が答える。
「まっ、ここで話すのも他の人に迷惑だし、先に買って来いよ」
せっかく列を譲ってもらったのに進まないのでは、後ろに迷惑だと感じた薙は、先に買い物だけをするように天音に言う。
「それでだが、どうしてお前達までいるんだよ」
食事を終えた第4小隊は一息ついたところで、天音に朝陽たちのことを話そうとしたが、なぜかそこには朝陽が率いる小隊のメンバーも同じテーブルの対面に座っていた。
「いちゃダメなのかよ。それと、裏で俺の悪口を言われるかもしれないだろ。俺も見届ける義務がある」
「一応、悪口を言われている自覚はあるのですわね」
「んな訳あるか!」
「まぁまぁ、折角ですので親睦を深めるってことでどうですか?」
同じ隊の可凛が勝手に話を進めようとしている。
「そうですね。僕たちで話を進めるよりも、皆さんが話してくれればそれに越したことがないですし」
「たしかにそうか」
天真の言う通り、本人達に直接説明をしてくれた方が尚のこと分かりやすい。
「そんじゃ、まず俺からだな」
武闘派のような体躯をした短髪の青年、朝陽が意気揚々と立ち上がる。
「あなたのことはそこまで知りたくもないので飛ばしてもらっても構いませんわ」
「聞けよっ!!」
天音の面倒そうな態度に、朝陽はテーブルを大きく叩いて反抗する。
「ったく。俺は
「あと知っての通りこいつは筋金入りの馬鹿だ。あまり関わらない方が身のためだ」
「余計なこと言わんでいい!」
補足のつもりなのか、隣にいる銀次がボソッと口を挟む。
「
何に対して容赦しないのか不明だが、天音に対してびしっと指を差して一言物申して席に座った。
「経歴順なら次は銀次センパイですか?」
「別に順番なんかなくてもいいだろ。そもそも俺は自己紹介をするなんて一言も言ってないぞ」
銀次は、可凛の言葉に冷たくあしらう。どうやら自己紹介をする気はないようで、腕を組んで静かにしている。
「まったく。こっちはこっちで無愛想なんですから」
「何か言ったか…?」
「さぁ何のことですかね〜♪」
可凛は銀次に対して皮肉に聞こえる言葉を交える。そのような怖い見た目をした銀次であるが、小柄な少女は扱いに慣れているようで、銀次の言葉を軽く流した。
「私は
気さくな感じに可凛は自己紹介をする。小柄で元気な感じだが、意外にも格闘を得意としているようで、
「皆さんの中でも経歴は浅い方ですが、何卒よろしくお願いしま〜す。あと紗月センパイ目当てで、たまに遊びに来ますね!」
簡単に自己紹介を終わらせた可凛は、肩で銀次を突っつく。
「はぁ、まったく。
他人に
「まったくも〜。銀次センパイも月影さんとは同期でしたよね?センパイは私たちの隊の作戦参謀を努めてくれてるんですよ」
「可凛、余計なことは言わんでいい」
銀次の紹介に補足をいれる可凛だったが、本人に止められる。相当自分の素性を出したくないのだろう。
「最後に…」
「ん?」
最後に残った銀髪の女性は、自己紹介の順番が回って来たのを分かっていないような感じをしている。
「いろはセンパイ、自己紹介ですよぉ?」
「自己…紹介?…
「なんで疑問形なんだよ…」
鈴蘭と名乗る少女は、自らを名乗ることはしたが、銀次と同様に他のことは一切話さなかった。
すらりとした背丈にモデルのようなスタイルを持ち合わせ、透き通るような銀髪から大人びた感じに見えるが、逆に肉付きの無い
アマテラスは仕事上、身体を酷使することが多いため必然的に筋肉が付いてしまうことが多く、天音や紗月はそれなりに引き締まった肉体美をしている。それに対して鈴蘭は、あまりにもか細く見えてしまう。その体格は、アヤカシの攻撃をひとたび受けてしまえば吹き飛ばされてしまいそうなほどである。
そんな鈴蘭だが、先ほどの売店で会った時から一度たりとも表情が変わるところを見ていない。ずっと無表情のまま、朝陽たちの後ろをもの静かに付いて行くだけだった。
「まぁ何考えてるのかよくわからんところはあるが、これでも術師としての腕は折り紙付きだ」
「私…馬鹿にされた…?」
「そう思うなら自分で喋れ」
朝陽からはそう言われるも、特に動じることもなく鈴蘭はもの静かに黙る。
「そうなんですよ!鈴蘭さんは術師の中でも珍しいとされる
同じ術師である天真が珍しく声を大にして周りに説明をする。
「装神術?…まさかあの?」
天音は装神術という言葉を聞いて少し驚く。
「装神術は生み出した式神を人体や武装に取り憑かせ、強化するという、術師の中でもこれは特に難しいとされる術なんです!」
天真が今までに見せないようなテンションで解説をする。
「えらく詳しいのな。もしかして天真、お前鈴蘭ちゃんのこと狙ってんのか?」
「そっ!そんな事は決して!僕はただ同じ術師として一目置いてるってだけで!」
詳しく解説する天真に、左近は少しからかうようなことを言い、天真は分かりやすく動揺する。
当の鈴蘭だが、白く透き通る肌と、後ろで三つ編みされた銀髪は綺麗な人形にも見えてしまうほどに美しく、支部の中でも彼女に見惚れる者も少なくない。
「よくわからないのだけど…ごめんなさい…」
「だそうだ。まぁ気にするな」
「左近さんの馬鹿ぁ!」
何について謝ったのかは定かではないが、鈴蘭は小さく謝った。その言葉を聞いた天真は頭が真っ白になったのか、放心状態だ。天真は別に鈴蘭を狙っていないにしろ好意がない訳でもなく、年頃の男の子ならその言葉は意味がどうあれ悲しいものだ。
「まぁつまりはすごい奴って訳だ!」
「なんでお前が誇らしげなんだよ」
鈴蘭の評価に、なぜか朝陽が鼻を高くする。特に不満という程ではないが、自信満々な態度に薙がツッコミを入れる。
「でも…あなた、その…神魔使い…?」
今まで口数が少なかった鈴蘭も、神魔使いの前には少し驚きを見せる。だが表情はそこまで変わったようには思えないが。
「よくぞ聞いてくれましたわ!そう、私こそが神魔使いの北御門天音ですわ!」
今まで聞く側だった天音だったが、自分に注目が上がった途端、うれしそうに立ち上がる。
「まぁこっちの支部に来てから大体の情報は流れてきたし、別にいいか」
「今更聞くこともないだろ」
「はぁ!?あなた達!わざわざあなた達の話を聞いて上げたのにその態度はなんですの!?」
特に興味がないような反応をした朝陽と銀次に、天音は声を大きくする。
「まぁ知らないようなら教えてやるけど。お前、支部の中では結構有名だぞ。特に月影に勝負で負けたのとか」
「ええ!?どうしてそれを!」
誰にも知られていないと思っていた情報が露見されていることに天音は今日一番の驚きを見せる。
「まぁアマテラスって分隊方式ではあるけど、結構閉鎖的な所だし。そういう噂って流れやすいのよね」
情報の漏洩について紗月が補足をする。普通に訓練を受けて
あの勝負の時には天音と第4小隊の4人と千里しかいなく、千里が他言無用にと釘を刺したものの、証拠を多く残しすぎたのが原因だったのか、薄々感づかれていたそうだった。
「そ、そんな…あの日の出来事は墓まで持っていくつもりでしたのに…」
誰にも知られないようにと秘密にしていたのに、あっさり噂が広まっていたことに、今更ながら恥ずかしくなったのか、天音の頬は真っ赤に染まっていた。
「お、覚えてらっしゃい!」
そう言って天音は席を離れて、一目散に逃げて行った。
「話…もっと聞きたかったのに…」
天音が逃げて行った後になって鈴蘭は天音の話を聞きたかったようで少し落ち込んでいるようにも見えた。
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