2章 刻印のアヤカシ
第1話 いつもの日常...?
「
今日は年に一度行われる定期講習の日であり、小隊別で簡単な講習を受けなければいけないことになっている。
「アヤカシの発生はこの不況の
目つきの鋭い女性教官は、淡々と話を進めていく。この定期講習だが、話の流れは毎年同じようなことで、『日本の現状』や『アヤカシの発生に対する社会の問題』、『アマテラスの職務内容』など世間からみても常識的なことばかりで、今更聞かなくても普通の人ならまず答えられる内容が多い。
そのため、毎年同じことを聞いていると思うと流石に睡魔も襲って来たり、暇を持て余す
先ほど教官が話をしていた内容は、アヤカシ発生以前の話であり、当時、最も信者を増やしていた宗教団体・神成會の代表であり教祖の淀川菊子が儀式という名目で行われた大規模テロで多くの死者を出し、その命を用いてアヤカシを生む結果になったという。
神成會は、不況が続く世の中に絶望した民衆の希望でもあり、その思想に動かされる民衆も少なくなかったと言われている。
「聞いているのか、丸山左近!」
「聞いているでありま〜す、教官殿〜!」
机に肘をつきながら退屈そうな態度で話を聞いていた左近に、教官が喝を入れるも、左近はいい加減な返事でその場を流そうとしている。
毎年行われている定期講習だが、内容自体に変化はなく、大体が例年どおりの内容であることが多いため、長年アマテラスにいる者からしてみれば退屈になるのも無理はない。
「私の前でいい度胸だな。これが終わったらお前だけ個別授業を受けさせてやろうか?」
「教官殿と夜の特別授業ならよろこんで受けますよ?」
左近は教壇に立つ女性教官を前に、セクハラじみた口調で教官を口説こうとする。
左近の前に立つ女性教官だが、年齢は左近と同年代くらいで成熟した感じは伺えるが、女性としての美貌はそれなりに持ち合わせている。そのため、スケベ丸出しの左近には目の保養でしかなかった。
「そうか。そこまで私の教えを請うか!それなら、そのひねくれた根性を一から叩き直すとしようか」
だが教官は左近の挑発に臆することは愚か、眉ひとつ動かさないで右手に持っていた教鞭を力強く打ち付けて、容赦しないと言わんばかりに左近に
「じょっ、冗談ですって〜。もう教官殿ったら、ハハハァ…」
やる気のない返事をした左近だったが、この教官には冗談が通じないと悟ったのか大人しくする。
「それでよい。では丸山左近。先ほどの説明の続きだが、その後の日本にはどのような問題が起きるか説明してみろ」
「マジか…ハイハイ…」
「ハイは一回!」
「え〜、アヤカシの発生で世界各国は日本に対して、アヤカシを他国に
「よろしい」
「まぁこのくらいの内容は耳にたこができるくらい聞かされたし、当然だって」
「誰が座っていいと言った!まだ終わってないぞ」
「なんでだよ〜!俺っち頑張ったでしょ!?」
先ほどの説明で納得してくれたと思っていた左近だったが、教官は嫌らしく左近を攻めようとする。
「これはこれだ。では次はアヤカシの発生の要因を説明してみろ」
「せんせ〜、さつきちゃんがスマホいじってま〜す」
「っ!?あんた何チクってんのよ!?」
連続で説明をすることに不満を持った左近は、教官の目を紗月に向ける作戦に出た。
「なるほど、それほど私の話はつまらないか、
「そ、そのようなことは決して〜、たまたま通知が来たんで何かな〜って覗いてただけでして」
「あら、そうかしら?私からは楽しそうにお遊戯に励んでいるように見えましたわよ」
「ちょっと、天音まであたしを裏切るの!?」
紗月は、前方の席に座る薙で死角になる角度に携帯端末を机に置いてゲームをしていたようだが、紗月の右側には天音の目もあった。
教官の鋭い目線は、例え言葉がなくとも紗月にはすべてが分かっていたようで、いつもの強気の紗月も対抗することを止め、素直に言うことを聞く。
「言い訳無用っ!では、先ほどの丸山の続きを」
「わかりました…。左近、覚えてなさいよ!」
実際に携帯端末で遊んでいたのは事実だったので、仕方なく説明をするが、紗月は教官に告げ口をした左近を恨むように睨む。当の左近はニヤニヤした表情で紗月をからかって遊ぶ。
「えっと、アヤカシとは元を辿れば一定の場所に溜まる人の思念に過ぎず、日常生活において当たり障りのない存在とされています。ですが、30年前に淀川菊子が作り出した魔素。その魔素と思念、そして生物の血肉が交わることで、その思念は肉体と意志を手に入れ、人類を襲う化物になります。それが我々の敵であるアヤカシです」
面倒そうな口調とは裏腹に、紗月は丁寧かつ端的に内容をまとめて説明をおこなう。
「アヤカシの種類は主に思念の強さ・その場の環境によって多種多様な形へと変化していきます。今現在、固有の名がついているアヤカシは約50体と言われています。アヤカシの強さは思念の強さと魔素に比例し、アヤカシの形状は環境によって左右されると言われていて、似たようなアヤカシでも強さや性質にも差異があることが
「よろしい、だが…」
「あっ!私のスマホ!」
紗月の説明に納得した教官は、紗月の手から携帯端末を取り上げる。
「講義が終わった後に返してやる」
「は~い…」
そう言って教官はお構いなしに講義を続けた。
「は〜、やっと終わった!」
「毎年思うけど、この講義って本当に必要なのかって思うぜ。テキストに書かれてる内容に対して何の
半日にも及ぶ定期講習が終わると、第4小隊の5人は愉快に会話を弾ませながら食堂に向かう。
講義中、教官に集中的にしごかれた紗月と左近は疲れ切った表情をしている。
「何こんなことで疲れ切ってんだよ。午後は任務の打ち合わせするんだからな」
「はぁ?別に明日でよくねぇか?任務って3日後のやつだろ」
講義で疲れ切った左近は面倒そうに薙に反発する。
「馬鹿なこと言うなよ。準備やトレーニングもしないといけないのに後回しにできるか」
そんないつも通りのくだらない会話をしながら5人は支部の廊下を歩く。
「すみませんが、
食堂の前で天音は4人と別れる。全員は食堂で昼食にするのだが、天音は一人で昼食を取ると言う。
「ん、それじゃまた午後に」
「ええ」
そう言って天音は食堂の隣にある売店に足を運ぶ。
「さすがにメシまでは無理か…」
「そうですね。最近になって打ち解けてきたって思っていましたが」
「まぁ無理強いまではしなくていいだろ。天音にだって一人でいたい時間もあるさ」
天音が入隊してきて一ヶ月が経ち、お互いに打ち解けてきたようにも思えていたが、未だに天音の方は他のメンバーに壁を作っているようにも見える。
「まぁ私たちは私たちでご飯にしましょ」
考えても仕方ないと言うように、今は空腹を満たすために4人は食堂に入り、各々が好みのメニューを注文する。
「おい。なんか購買の方が騒がしくないか?」
「あれって、最近こっちに来たっていう
テーブルに座ってランチにしようと思っていた薙たちの耳に、嫌な噂が聴こえてきた。
「あの子、たしかいつも購買でお昼買ってるんだっけ…」
「まさか、いくらなんでも違うだろ」
正直、周りの会話の喋っている人物が同じ小隊のメンバーだとは思いたくなく、薙と紗月はあえて知らないふりをしていた。
「お〜い
「はぁ…なんとなくは予想してたけど」
別の小隊の知り合いが薙を見てわざわざ声をかけてきた。どうやら予想は的中していた。
「まったく、楽しいランチタイムでもお構いなしとは…賑やかな姫様なことだ」
「ど、どうしましょう薙センパイ!」
「行くしかないだろ…。はぁ、俺のラーメン…」
よりにもよって麺類を頼んでしまった薙は、事が終わったら伸び切っているラーメンに別れをつげ、購買の方に向かう。
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