2章 刻印のアヤカシ

第1話 いつもの日常...?

今日こんにち、我が国の置ける状況だが、30年前に起きた世界を巻き込む大恐慌で日本経済は破滅の一歩をたどることになる。これを俗に『日没時代』と呼び、人々は裕福な生活は愚か、日々生きていくこともままならない時代が訪れる。多くの人が行き場を無くし自殺、犯罪は後を絶たなくなった」

 天音あまねの入隊から一ヶ月が経ったある日のこと。なぎの率いる火天かてん支部第4小隊は、朝方から教壇きょうだんを前に椅子に座って講習を受けている。

 今日は年に一度行われる定期講習の日であり、小隊別で簡単な講習を受けなければいけないことになっている。

「アヤカシの発生はこの不況の最中さなかに起きた大量自決が引き金となって起きたのが事の発端となっている。30年前の11月1日に、当時、革神党かくしんとうの代表をしていた淀川菊子よどがわきくこくわだてで自殺志願者を全国から集め、170名の命を引き換えにアヤカシを生み出す物質、魔素まそを生み出した」

 目つきの鋭い女性教官は、淡々と話を進めていく。この定期講習だが、話の流れは毎年同じようなことで、『日本の現状』や『アヤカシの発生に対する社会の問題』、『アマテラスの職務内容』など世間からみても常識的なことばかりで、今更聞かなくても普通の人ならまず答えられる内容が多い。

 そのため、毎年同じことを聞いていると思うと流石に睡魔も襲って来たり、暇を持て余すやからも出てくる。

 先ほど教官が話をしていた内容は、アヤカシ発生以前の話であり、当時発足したばかりの政党・革神党の代表、淀川菊子が儀式という名目で行われた集団自決がアヤカシを生む結果になったという。

 革神党とは、元は宗教団体が建てた政党であったためオカルトチックな発言が多いことから、民衆からの支持は望めなかったが、わらにもすがる様な不況が続いたことがきっかけとなって、日没時代に入って以降はその思想に動かされる民衆も少なくなかったと言われている。

「聞いているのか、丸山左近!」

「聞いているでありま〜す、教官殿〜!」

 机に肘をつきながら退屈そうな態度で話を聞いていた左近に、教官が喝を入れるも、左近はいい加減な返事でその場を流そうとしている。

 毎年行われている定期講習だが、内容自体に変化はなく、大体が例年どおりの内容であることが多いため、長年アマテラスにいる者からしてみれば退屈になるのも無理はない。

「私の前でいい度胸だな。これが終わったらお前だけ個人授業を受けさせてやろうか?」

「教官殿と特別授業ならよろこんで受けますよ?」

 左近は教壇に立つ女性教官を前に、セクハラじみた口調で教官を口説こうとする。

 左近の前に立つ女性教官だが、年齢は左近と同年代くらいで成熟した感じは伺えるが、女性としての美貌はそれなりに持ち合わせている。そのため、スケベ丸出しの左近には目の保養でしかなかった。

「そうか、そこまで私とタイマンで根性叩き込んでほしいようだな!」

 だが教官は左近の挑発に臆することは愚か、眉ひとつ動かさないで右手に持っていた指し棒を力強く打ち付けて、容赦しないと言わんばかりに左近に威嚇いかくする。

「じょっ、冗談ですって〜。もう教官殿ったら、ハハハァ…」

 やる気のない返事をした左近だったが、この教官には冗談が通じないと悟ったのか大人しくする。

「それでよい。では丸山左近。先ほどの説明の続きだが、その後の日本にはどのような問題が起きるか説明してみろ」

「マジか…ハイハイ…」 

「ハイは一回!」

「え〜、アヤカシの発生で世界各国は日本に対して、アヤカシを他国に蔓延まんえんさせないために鎖国を命じる。これによって事件の2週間あまりで日本は世界から隔離、人口の7割がそれまでに他国へ渡り、当時の人口は3千万人を切っていたとされている」

「よろしい」

「まぁ俺くらいになるとこのくらい当然だっての」

「誰が座っていいと言った!まだ終わってないぞ」

「なんでだよ〜!俺っち頑張ったでしょ!?」

 先ほどの説明で納得してくれたと思っていた左近だったが、教官は嫌らしく左近を攻めようとする。

「これはこれだ。では次はアヤカシの発生の要因を説明してみろ」

「せんせ〜、さつきちゃんが机の下でスマホいじってま〜す」

「ちょっと、あんた何チクってんのよ!?」

 連続で説明をすることに不満を持った左近は、教官の目を紗月に向ける作戦に出た。

「なるほど、それほど私の話はつまらないか、汐月紗月しおつきさつき!」

「そ、そのようなことは決してっ!」

 教官の鋭い目線は、いつもの強気の紗月も対抗することはできないようで、素直に言うことを聞く。

「では、先ほどの丸山の続きを」

「わかりました…。左近、覚えてなさいよ!」

 実際に携帯端末で遊んでいたのは事実だったので、仕方なく説明をするが、紗月は教官に告げ口をした左近を恨むように睨む。当の左近はニヤニヤした表情で紗月をからかって遊ぶ。

「えっと、アヤカシとは元を辿れば一定の場所に溜まる人の思念に過ぎず、日常生活において当たり障りのない存在とされています。ですが、30年前に淀川菊子が作り出した魔素。その魔素と思念、そして生物の血肉が交わることで、その思念は肉体と意志を手に入れ、人類を襲う化物になります。それが我々の敵であるアヤカシです」

 面倒そうな口調とは裏腹に、紗月は丁寧かつ端的に内容をまとめて説明をおこなう。

「アヤカシの種類は主に思念の強さ・その場の環境によって多種多様な形へと変化していきます。今現在、固有の名がついているアヤカシは約50体と言われています。アヤカシの強さは思念の強さと魔素に比例し、アヤカシの形状は環境によって左右されると言われていて、似たようなアヤカシでも強さや性質にも差異があることがまれにあります」

「よろしい、だが…」

「あっ!私のスマホ!」

 紗月の説明に納得した教官は、紗月の手から携帯端末を取り上げる。

「講義が終わった後に返してやる」

「は~い…」

 そう言って教官はお構いなしに講義を続けた。


「は〜、やっと終わった!」

「毎年思うけど、この講義って本当に必要なのかって思うぜ。何のひねりもないこと聞いたって面白くもない」

 半日にも及ぶ定期講習が終わると、第4小隊の5人は愉快に会話を弾ませながら食堂に向かう。

 講義中、教官に集中的にしごかれた紗月と左近は疲れ切った表情をしている。

「何こんなことで疲れ切ってんだよ。午後は任務の打ち合わせするんだからな」

「はぁ?別に明日でよくねぇか?任務って3日後の話だろ」

 講義で疲れ切った左近は面倒そうに薙に反発する。

「馬鹿なこと言うなよ。準備やトレーニングもしないといけないのに後回しにできるか」

 そんないつも通りのくだらない会話をしながら5人は支部の廊下を歩く。

「すみませんが、わたくしはここで…」

 食堂の前で天音は4人と別れる。全員は食堂で昼食にするのだが、天音は一人で昼食を取ると言う。

「そっか。それじゃまた午後に」

「ええ」

 そう言って天音は食堂の隣にある売店に足を運ぶ。

「さすがにメシまでは無理か…」

「そうですね。最近になって打ち解けてきたって思っていましたが」

「まぁ無理強いまではしなくていいだろ。天音にだって一人でいたい時間もあるさ」

 天音が入隊してきて一ヶ月が経ち、お互いに打ち解けてきたようにも思えていたが、未だに天音の方は他のメンバーに壁を作っているようにも見える。

「まぁ私たちは私たちでご飯にしましょ」

 考えても仕方ないと言うように、今は空腹を満たすために4人は食堂に入り、各々が好みのメニューを注文する。


「おい。なんか購買の方が騒がしくないか?」

「あれって、最近こっちに来たっていう神魔じんま使いじゃね?」

 テーブルに座ってランチにしようと思っていた薙たちの耳に、嫌な噂が聴こえてきた。

「あの子、たしかいつも購買でお昼買ってるんだっけ…」

「まさか、いくらなんでも違うだろ」

 正直、周りの会話の喋っている人物が同じ小隊のメンバーだとは思いたくなく、薙と紗月はあえて知らないふりをしていた。

「お〜い月影つきかげ。なんか購買の方で例の神魔使いが騒いでるぞ〜」

「はぁ…なんとなくは予想してたけど」

 別の小隊の知り合いが薙を見てわざわざ声をかけてきた。どうやら予想は的中していた。

「まったく、楽しいランチタイムでもお構いなしとは…賑やかな姫様なことだ」

「ど、どうしましょう薙センパイ!」

「行くしかないだろ…。はぁ、俺のラーメン…」

 よりにもよって麺類を頼んでしまった薙は、事が終わったら伸び切っているラーメンに別れをつげ、購買の方に向かう。

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