第13話 歓迎

「まったく。あれから全然連絡がないなんて」

 先日、なぎが天音に予定を聞いていた土曜日の夜のこと。天音は支部の廊下を一人、歩きながらぶつぶつと独り言をこぼす。

「隊長殿は会議と言っておったが、これからのことでも話すつもりなのだろうか?」

 天音の独り言に、カイムが影から姿を覗かせる。

「まったく、わたくしに何も告げないで話を進めようなんて失礼ですわ」

「仕方がなかろう。我らはそれでも真に認められた訳ではないのだから、すべてを打ち明けることも難しいのだろう」

「だからって正式に入隊したのに、内緒にされては私とて頭に来ますわ」

「あちらにも何か言えない理由があるのだろう」

「言えない理由、ですか…」

 カイムの言葉に、天音は言葉を詰まらせた。

 言えない理由と聞いて、天音は自分がどれだけのことをしてきたのかを思い出すと、何も言葉が出て来なかった。

「はぁ…先の任務では、結果だけ見れば成功だったであろう。だが、我らは奴らにどれほどの無礼を重ねたことか…。我らに対して深い疑念を抱いていてもおかしくはないだろう」

「…」

「まぁ、考えても仕様がない。さぁ主、中へ入るぞ」

 天音は時刻通り20時に第4小隊のミーティングルームのドアを恐る恐る開ける。

パン!パン!パン!

「−−−!?」

 ドアを開けた途端、部屋からは銃声に似た火薬の乾いた音が一斉に響き渡り、天音は驚いた顔を見せる。

「ようこそ火天かてん支部第4小隊へ!!」

「…へ?」

 天音を待っていたのは、第4小隊の4人がパーティ用のクラッカーを持って鳴らした音だった。あまりにも予想外の出来事に天音は一瞬思考が遅れた。

 部屋の中を見ると、壁に大きく『天音入隊祝いパーティ』と書かれたボードがあり、中央のテーブルにはパーティ等の定番料理のローストチキンやピザ、ホールケーキまで用意してあった。

「な、なんですの…これは?」

「読んで字の如し!今日は天音ちゃんの入隊祝いさ」

「なんか第4小隊ここの伝統らしいですけど、新しいメンバーが入ったらこうやってパーティを開くんですよ!」

 頭の中がこんがらがっている天音に、左近と天真が説明をする。

 これは今のメンバーが部隊に入る以前からの伝統らしく、今でもこうやって入隊祝いのパーティを行っているようだ。

「まぁ天音が喜ぶかは分からないんだけど、折角だしやろうって思ったんだけど…どうかな?」

 まさか呆れて部屋を出るのでは、と感じた薙はすかさずフォローをいれる。

「まったく、あなた達ときたら…。このようなことされたのは初めてですわ」

 天音は、事の状況を理解するのに少し時間が掛かってしまったが、驚いていただけで、決して呆れられた訳ではなかったことに、全員が安堵した。

「やっぱり、ここの部隊は少し変わってますわ」

「うむ。このようなほどこしを受けたのは長年従えて来たが今回が初めてだ」

 隣にいるカイムも、いつもは見せないような緊張感の抜けた表情をしている。

「さぁ、今日はあんたが主役なのよ?」

 呆気にとられた天音を紗月さつきが席まで招く。

「さぁて!主役も揃った事だし、乾杯しようぜ乾杯!ほら薙助、音頭取って!」

 調子に乗った左近が乾杯の音頭を薙に任せる。

「そうだな。それじゃ始めるか」

 円を囲むようにテーブルに座ったメンバーは薙に注目する。

「えっと…本日はこの部隊に新たに加わった天音を祝うべく…」

「前置きが長い!」

「音頭下手か!」

「あはは…」

 左近と紗月からダメ出しを喰らう。薙はこの手のことは大層苦手だった。隊長だからという事で一応は引き受けたが、まさか開口一番からダメ出しが来るとは思わなかった。

「ええい、天音の入隊祝いに、乾杯!」

「乾杯!」

 結局勢いに任せて音頭を取ってしまったが、ここではむしろこっちの方がいいらしい、と改めて薙は感じた。


「あら、意外と美味しいですわね」

 天音がテーブルにあった生ハムのイタリアンサラダを口に入れる。

「それ、実は俺っちが作ったんだぜ!」

「あら?意外ですわね。あなたのような方がこれほどの料理が作れるなんて」

「でしょ?これで少しは好感度上がった感じ?」

「まぁ意外性という意味では少しだけ」

 少しは天音に興味を持ってもらえた左近は上機嫌だった。

「ちなみに薙助は全くと言っていいほど料理ができないがな」

「ぶっ!」

 その上機嫌だった左近からの変化球で、薙は飲んでいたビールを思わず吹いた。

「なんでわざわざいらない情報を伝えるんだよ!」

「これも親睦を深めるためだろ」

 酒で上機嫌になった左近は薙の背中を叩いて愉快に笑う。

「ふふっ…」

 ふたりのやり取りに天音は不意に笑みがこぼれた。

「へぇ、天音ちゃん、笑うとそんな顔するんだ」

「ち、違いますわ!さっきのは忘れてくださいまし!」

「別にいいじゃないの。わざわざ仏教面しなくても、笑っている方がかわいいわよ」

「そうですよ。これからは一緒の仲間なんですから、楽しい事も一緒に共有しましょう!」

 天音の意外な一面にメンバー全員、疑うことも忘れてよろこんだ。

「そうそう。さっちゃんなんて、あんなこと言ってるけど、仏教面してるのはむしろさっちゃんのほう…」

「何か言った…?」

「いいや、何も」

 これ以上紗月に文句を言うと逆鱗げきりんに触れる可能性があると察した左近は口を閉じた。

「もう、あの変態オヤジが私のこといじめる〜!カイムくん、かまって〜」

「うっ…」

「はい、あ〜ん」

「あっ、あーん…」

 天音の隣で大人しく座っていたカイムは、暇を持て余した紗月に餌付けされる。紗月の前では神聖なる神魔じんまもペット同様の扱いだった。

「参ったな…」

 一度紗月に威嚇いかくしてやりたい気持ちもあったが、これで天音の居場所を失う事に繋がっては元も子もないし、多分効果は薄そうだと感じたカイムは従うがまま、紗月に手渡しされるソーセージを食べる。

「カイムさん。前から気になっていたんですけど、神魔もやっぱり食事ってするんですか?」

 隣で気にするように天真が見つめる。以前からそうだが、天真はカイムを興味津々な目でみることがある。

「食事は気休めだ。契約した神魔は契約者の神通力じんつうりきをもとに力を得ている。もちろん、味覚もあるが食べなくても死にはしない」

「なるほど!やっぱり神魔ってすごいです!」

「すごいと思うのなら早くやめさせてくれ。ワシは見せ物ではないのだぞ!」

「もう!動いちゃだ〜めっ!」

「うぐっ!」

 天真のほうに首を曲げた途端、紗月に首を正面に向けられる。

「また色んな話を聞かせてください。神魔に話を聞ける機会なんて滅多めったにあることではありませんし」

 根っから真面目な天真は、ただ純粋に神魔に興味があっただけのようでカイムも別に悪いようには思えなかった印象だった。

「紗月って初対面でも結構厳しいところもあるけど、いつもは普通の女の子なんだよ」

「そのようですわね」

 紗月とカイムのやり取りを見て、薙は天音に話をする。今まで紗月は天音の態度が気に入らないで毛嫌っていた印象があった。

「多分、これからも何度か反発はあると思う。俺や左近にだって結構言ってくることだってあるんだから」

 一呼吸置いて薙は再び天音に話しかける。

「でも、これからは大丈夫だよ。天音だって俺たちのために頑張ってくれるんだから、紗月も悪い風にはしないさ」

「ちょっと〜。なにコソコソと人の悪口言ってるのよ!」

 カイムに夢中で聴こえてないと思っていたが、自分の話をされていると思った紗月が話に入ってきた。

「いや、別に悪口ってほどのことは言ってないって」

「悪口ってほどってことは少しは言ってるじゃない!」

「誤解だっての!」

 変に乗りかかってくる紗月に薙は参ったと言わんばかりだった。

「はぁ、別に私だって好き好んでキツく当たってる訳じゃないんだから」

 薙とのやり取りにため息をつきながら、紗月は自らの評価に補足をしていく。

「これからは背中を預ける仲間なんだから、ここででやっていくなら、しっかりしてよね!」

「紗月さん…」

 今までいがみ合っていた紗月も、前の任務で天音の評価を少しは見直したようにも思えた。

「紗月でいいわよ。なんかこそばゆいわ」

「わかりましたわ、紗月」

「…!」

 紗月は天音の素直な反応に照れたように頬を赤くする。

「あれ?ひょっとして照れてんの、さっちゃん?」

「あんたは黙って寝てろ!」

「冗談だからグーで殴らないでー!」

 終始騒がしい空気に落ち着いて交流ができたかは不明だが、これはこれで天音も楽しんでくれたようでなによりだった。


 無事、天音の歓迎会も終えて解散した後、薙と左近は飲み足りなかった分を支部に隣接している酒場に向かい飲み直すことにした。

「そういや、上手くいったろ?」

「何のことだよ?」

 急な左近の問いに、薙は何のことなのかと疑問に感じる。

「天音ちゃんのことだよ。俺にしてはナイスアイディアだっただろ?」

 左近の言いたいことは、つまりはじめに行った勝負での一件だろう。邪鬼まがつきの篭手を薙に使うように仕向けたことで、結果的に勝負は薙が勝ったことになって天音が小隊に入ることになったのだから。

「まったく、こっちの身にもなってみろ。命が何個あっても足りないっての」

 結果的には上手くいったかもしれないが、左近の指示で散々な目ばかりだった薙は呆れた風にジョッキに注がれているビールを一口飲む。

「でもよ、これでいつが出てきても怖いもんはねえよな」

「…」

 左近から出たという言葉で、薙はビールジョッキを静かに置いた。

「奴らは必ずどこかで姿を現すはずだ。あんなヤバい奴、一度っきりで終わるはずがないだろ。俺は諦めたくねぇ…」

 いつもは陽気な左近だが、今は別人なほど思い詰めた表情を見せる。

「そうだな、このままで終われないよな…」

「ったく、久しぶりに飲み過ぎたか…。こんなに思い詰めるなんて柄でもないぜ」

 薙と左近はお互いの強い意志を再確認できたようで、ホッとしたように力を抜く。

「それは置いといて、お前はどう思ってんだよ?」

「何の事だよ?」

「天音ちゃんのことだよ!性格は少しキツいけどこれはこれでさっちゃんとは違う感じだし、結構ありだと思うんだけど!」

 今までの落差で薙も返す言葉もない。天音のことを言っているようだが、さっきまでと言ってることが別なのは明白だ。

「何だよ連れねぇな〜。意外と薙とお似合いだと思うんだけどなぁ」

「どこがだよ…まぁ今はまだわからないさ。これからお互いのことを知っていかないと」

 変なテンションになった左近に少し動揺してしまったが、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干して動揺を誤魔化す。

「まぁ、これから楽しくなっていくな!」

「能天気でいいよなぁ…。俺は次の任務でも頭が痛いっての…」

 そんな訳の分からない話をしながら薙と左近は再び酒を飲み交わす。

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