第12話 再戦

 が深まり時刻は23時を過ぎた頃。

 つい数時間前までスラムの屋台街で気分転換をしていたこともあり、急ごしらえで作戦会議と準備を終え今に至る。

 そして、第4小隊の5人は昨晩と同じ廃ビル群で相手を待ち受ける。

「一応確認するけど、今日が任務の最終日だから絶対に失敗は許されないんだからな」

 物陰の後ろでなぎはインカムでメンバーに小さく喝を入れる。

「あぁ、分かってるさ。ここまでやって報酬なしとかマジ勘弁だしな」

 お調子者の左近であるが、さすがに今回に限っては冗談の一言も出ない様子で真剣そうな声が聞こえる。

「が、頑張ります!失敗しないようにしないと」

 いつも真面目で真剣な天真てんまには、先ほどの薙の言葉が逆にプレッシャーになってしまったのか、その声はいつもよりも力が入っているようにも聞こえてくる。

「天真。少しりきんでないか?リラックスして、いつもの力を出せばいけるさ」

「わかりました!やってみます」

 そんな天真の不安を感じ取った薙は、すかさずフォローをいれるように天真に声を掛ける。

 そんな薙の言葉に、今まで天真に伸し掛かっていた肩の荷が一気に下りたようにリラックスをすることができた。

「よし、大丈夫そうだな」

 やる気に満ちた天真の声に、薙は安心した様子で笑みを浮かべた。

「天音も。作戦通りに頼むぞ」

「言われなくても分かってますわ」

 天音は、この作戦の前に何度も念を押すように言われていることもあり、いい加減聞き飽きたといった具合で返事をするが、前回の過ちを考えると仕方がないこともあり素直に返事を返した。

 これは単なる憶測だが、天音は今回の作戦はしっかり言うことを聞いて指示通りに行動してくれると信じている。

 だが、薙は保険に邪鬼まがつき篭手こてを用意して、万が一の時は篭手の力を解放するつもりでもいる。

 ターゲットの邪猿じゃえんは2日連続の襲撃に、さすがに警戒心を強めているように見える。

「それじゃあ、始めるか。天真、頼むぞ!」

影狐えいこ、今だよ」

カランカラン

 天真は遠くに待機させていた影狐に、首に繋げた鈴を鳴らすよう念力で伝える。

『グワ!?』

 近くにいた邪猿が鈴の音に気づいて近くに歩み寄る。邪猿は警戒心が強い分、音にはめっぽう敏感なのだ。今回はその特性を活かして一本道に揺動する作戦にでた。

「いいよ。あともう少し…。今っ!」

「よし、任務開始だ!作戦通りにいくぞ!」

 邪猿がビルの間の一本道に到達したのを確認したと同時に薙が号令をかける。

『ガウガウ!』

「そんじゃあ、一番槍といきますか!」

 邪猿が従えるアヤカシを呼び寄せる。だが、その同時に左近が素早く邪猿に向けて対アヤカシ専用の手榴弾を投げる。

バンッ!

 手榴弾が炸裂し、渇いた音が響き渡る。邪猿は防御の構えをするも、無数に飛来する鉄の雨にひるむ。

「よし!俺たちも出よう」

「わかりましたわ!」

 邪猿が怯んでいる隙に、薙と天音は勢いよく飛び出して邪猿のふところに向かって走る。

「前方から小さいのが数体、来るわよ!」

 高台から敵の行動を見ていた紗月さつきが各員に伝達をする。

「了解、こっちも派手に暴れてやろうぜ。天真!」

「よ、よし…。やるぞっ!」

 邪猿を護るように寄ってくる小型のアヤカシに対して、左近と天真が道を切り開く。左近は昨晩と同じ短機関銃を。天真は複数の影狐で敵を切り刻む。

 道が狭いのもあって、密集した敵に対してはこっちの方が有利に物事が進んでいる。

「おらっ!」

 全力で突撃し邪猿との距離を縮めた薙は、腰に携えた鉄丸くろがねまるを抜き、上段から斬りかかる。

『グギャギャギャ!』

 だが、薙の攻撃は邪猿には見透かされていたようで、鋭い爪で刃を弾かれる。何度か斬撃を繰り返してはいるが、致命傷に至るほどのダメージを与えることはできないでいる。

「薙っ!右に避けなさい!」

 天音の言葉に、薙は咄嗟に右に避ける。

「もう許しはしませんわよ!」

 天音が手に持っている剣の刃に電流が蓄積されて、薙が横に回避行動を見せた瞬間、剣を下に振り下ろす。次の瞬間、振り下ろされた剣から電撃の刃が放たれ邪猿に目がけて飛んで行った。

『ギャアアアアアア!』

 光速で飛んで行った雷の刃は邪猿の右腕を吹き飛ばした。

「このくらい当然ですわ」

 今まで苦戦を強いられた邪猿に一泡吹かせたことに、天音は満足げに鼻を鳴らした。

「くそ、あいつ逃げるぞ!」

 だが、急所を外したのは事実であり、邪猿は廃ビルの窓をぶち破り逃げる行動に出る。

「よし、追いかけるぞ!今ならそこまで速くは動けないはずだ」

 薙と天音と左近は邪猿が逃げたビルに侵入して、邪猿の後を追う。右腕を持っていかれてもなお、邪猿の動きは素早いが追いつけないほどではなくなった。その上、移動した後に血痕けっこんが残っていて追いかけるのが容易になった。

「上に逃げている…マズいぜ薙助。あいつ、ビルの上から逃げるつもりだ!」

 左近は邪猿の行動に気づいたようで、薙にそのことを伝える。

 ここはビルが密集する地帯で、ビルとビルとの間は比較的狭い場所が多く、階段を上っていても隣の建物が近くにあるのも見てわかる。

「最上階から下のビルを飛び降りて逃げるって感じか…引き返すか!?ダメだ、間に合わない!」

 薙は追いかけながら考えをまとめようとするも、確実に倒せる策が見当たらない。

「紗月さん、聴こえてまして?」

「天音?どうしたのよ急に?」

「今すぐ調べてほしいことがありますわ」

 天音は立ち止まって、紗月に何かを伝えている。

「あなた達は後を追ってくださる?」

「天音はどうするつもりなんだ?」

 急な単独行動に薙は疑問の念を抱く。また無茶なことをしでかすのではという懸念が頭をよぎる。

「相手の逃げ道をふさいできますわ。全員が同じ道で追っかけても意味はないでしょ?」

 だが、天音の意見は意外にも的を射ていた。逃げる相手に固まって動いても意味がなく、少しでも分断して相手の行く先を見つけ出すのが第一だろう。

「わかった。それじゃ任せるよ」

 そう言って薙は左近を連れて邪猿を追う。

「さてと…。それでは参りますわよ、カイム!」

「承知した」

 薙と別れた天音はカイムと共に目的地へ進む。


「逃がさねぇぞ!」

 邪猿を追っていた薙と左近は、八階建てのビルの屋上で邪猿を追いつめる。

『ガウガウ!』

 追いつかれた邪猿は薙の方を見て、声で威嚇いかくをする。まだ諦めた訳ではないということだろうか。

 邪猿の背後には同じ高さ程のビルが建てられているが、横に隣接しているビルは今いるビルよりも小さな建物で、ここから落ちて追うことは身体能力を鍛え上げた神威かむいであっても難しいだろう。

「後ろに逃げてくれれば俺たちで追えるが…」

「くそ、まんまとしてやられたな」

 もちろん邪猿もそのことを分かっているように、横を向いて小さいビル目がけて飛び降りた。脚力の強い邪猿なら着地も余裕だが、薙と左近では追うことは不可能だった。

 隣の低いビルに飛び降りて、華麗に着地をきめた邪猿は疲弊しきった身体を一旦休ませようと物陰に潜もうとしたとの時だった。

『グギャ!?』

「ふふふっ、お待ちしておりましたわよ」

 その瞬間、邪猿は何者かが近くにいることを察知して動きを止めた。

 するとそこには、待ちわびていたように天音が姿を現す。

「ここに来るのは分かっていましてよ!」

 天音が邪猿に話をかけるも、待ち伏せされていたことに驚いた邪猿は再び逃げる姿勢をとる。

「逃げられるとお思いで!」

 天音は逃げようとする邪猿の足下に雷を放つ。雷は邪猿をかすめるどころか場違いな場所に落ちた。

『ギャアアアアア!!!』

 だが雷が落ちた途端、邪猿の体は天音の放った雷を受けて大きな悲鳴を上げて絶命した。

「足下をよく見ることね」

 邪猿が立っていたビルの屋上は、昨晩降った雨が水たまりになっていた。つまり、感電を利用して邪猿に攻撃を読まれないようにしていたのだ。

「天音!無事か!」

 隣の高いビルから薙が叫ぶ。

「他愛もありませんでしたわ」

 いつもと変わらない、余裕な感じの返答がきたが、心無しか少しうれしそうにも聴こえた。

「なんとか終わったな!」

 廃ビルから降りて来た薙と左近は、下で待っていた天真と紗月と合流する。

「いや〜、一時はどうなるかと思ったぜ」

 天音の到着を待つ間に、各々で任務達成を喜ぶ。

「あ!天音さん、こっちです!」

 天真が天音に気づいて手を振る。

「今回のMVPは天音ちゃんだなぁ」

「本当、今回は助けられたよ」

 天音の働きに小隊の皆がうれしそうに賛美を送る。

「へぇ、あんたにしてはよく考えたんじゃない?」

「と、当然ですわ。このくらい」

 紗月の素直な言葉に、天音はまんざらでもないと言った口調で返すも、表情は少し照れくさそうだった。

「まったく、可愛くないんだから。素直に喜びなさいよ」

「ちょっと!重たいじゃない!」

 無愛想に返す天音に、紗月は肩を寄せて勝利をよろこぶ。

 今回の一件で天音との距離も大分縮まったような気がする。それでも、まだ課題は多そうだが、今のところはこれで充分と言える結果は得られた。


「って、なんで俺が帰りまで運転しなきゃいけないんだ…」

 日が出始めた早朝、行きに使った軍用車両に乗って薙は独り言を呟きながらハンドルを握る。

 第4小隊は任務を終え、帰路に向かっている。依頼主の田代たしろに討伐の確認をしてもらい、事務的な話を一通りした後、すぐにでも支部に帰ることにしたのだ。

「左近の野郎、覚えてろよ。借りは倍にして返してもらうからな」

 帰りは左近が運転する約束で事を進めていたのだが、当の左近は酒を飲んで後部座席でいびきをかいて寝ている。

 このご時世、飲酒運転を規制する警察もいないが、危険なのは変わりがなく、唯一運転ができる薙が帰りも運転席に座ることになった。

「まったく。どうしてわたくしまで…」

 薙の隣の助手席には、天音が座っていて、天音も少し不満そうな感じだった。天音に関しては、ただ単にじゃんけんで負けてしまっただけなのだが。

「眠いなら別に寝てもらっても構わないんだぞ」

「そうしたいのは山々なのですが、後になって紗月さんにぐちぐち言われるのなら、あなたと話をしている方が幾分マシですわ」

 別にそこまで厳しくしている訳ではないのだが、助手席に座る人間はしっかり起きて道案内をしなければいけないルールになっている。

 これは薙が小隊に入る前からある決まりで、多分運転手にだけ嫌な役回りをさせないために、先代の隊長が作ったルールなのだろう。そのためにわざわざじゃんけんをしてまで決めたのだから、寝ていたら助手席に座っている意味がない。

 そうは言ったものの、特に会話も続かないで静かな時間が続く。

「天音。その、今回はありがとうな。お陰でなんとか終わらせることが出来たよ」

「先ほども言いましたが、別に私は職務を全うしただけですわ。しかも借りを作ったままにしておくのも私のポリシーに欠けますので」

「そっか」

 話下手な薙は、天音との会話が一向に進まないでいる。

「そういえば話してませんでしたが…」

 静粛している中、天音が薙に問う。

「今後もこの隊に残ろうと思うのですが、よろしいかしら?」

 なんと、今までどこでもいいという感じだった天音から、これからもこの隊で頑張りたいという言葉が飛び出した。

「何を今更。これからも力になってほしい」

 薙としても願ってもないことだった。もちろん、天音が本格的に入隊するとなれば、新たな課題も生まれるが、それ以上に新たな戦略の可能性も増える。 

「でも、どうして?前にも言ったけど、ここじゃお前の願いは叶えられないかもしれないんだぞ?」

 けれど、急な報せに気になって事情を聞く。

「いいのです。どうせ他の部隊にいても道は険しいのは分かっていた事。なら私は、私を信じてくれるここで高見を目指してみますわ!」

「そっか。なら俺たちも天音の期待に応えてやらないとな」

 天音はこれから変わろうと更に努力をしていくだろう。ならばこれは薙たちに対しても高めあえるいい機会かもしれないと、薙は思った。

「あぁ、そういえば任務続きですっかり忘れてたんだけど、今週の土曜日の夜って予定空いてたりする?」

 薙は話を変えて、天音に今週末の予定を聞く。

「ええ、特に予定はありませんわよ。なにかあるのですか?」

「まぁ、なんだ。ちょっとした小隊内での会議みたいなもんだ」

 少し内容を濁らせた感じに言う薙に少し疑問は残るが、天音は予定を入れないことを承諾した。

 2人は短い会話を何度かしながら、支部のある横浜を目指した。

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