第11話 暖かな居場所

 薙が天音を連れて来るよう説得をしているその頃、先に出て行った3人はホテルの入り口の前でふたりの到着を待つ。

「遅いな薙助なぎすけのやつ。おじさん本格的に腹が減ってきたぞ…」

「たしかに遅いですね。もう30分は待ってますよ」

「はぁ!?もうそんなに時間経ってんのか?ったくよぉ薙助も優柔不断だな〜」

 時計を確認しながら左近と天真は薙たちが来るのを、まだかまだかと待ちわびる。

 特に左近は、この短時間でタバコを数本吸い終えて、暇になった口を補うかのように貧乏ゆすりが目立つ。

「そんなに言うならアンタが見に行けばいいじゃないのよ?」

「まったく分かってないねぇ、さっちゃんは。こういうのは薙助の役回りなんだよ。俺や天真が行ってどうなるって言うんだよ?」

「うるさいわね、だったら静かに待ってなさいよ!」

 うだうだと嘆く左近に紗月は苛立いらだちをみせる。

 もとはと言えば、紗月は天音のことを全くもって良く思っていない。それなのに、そのような相手を貴重な時間を割いてまで待つこと自体が不満なのだ。

 まだかまだかと待っている左近以上に、紗月は心の中で不満が溜まっている。

「そういえば話を戻すけど、さっきの話の続き。アンタたちは実際どう思ってるのよ?」

 話が途切れたのを機会に紗月は、先ほど聞けなかった天音のことに対してふたりがどう思っているのかを問いただす。

「天音ちゃんのことか?別に俺っちに危害が来ないならいいんじゃないの。実際にこっちとしては楽できてる訳だしよ」

「はぁ…やっぱり、あんたに聞くんじゃなかったわ。どこまで能天気なのよ」

 左近の返答に紗月は、質問した相手を間違えたと言わんばかりに頭を抱える。

「まぁそんにな怒るなって、さっちゃん。でもよ、ここであの子を味方にできれば一役俺たちも支部内での実力者に数えられる日も遠くはないと思うぜ。決して悪い話だけじゃないだろ?」

「たしかにそうだけど…」

 天音が入る以前の第4小隊は、火天支部にある20以上もの部隊の中では中の上くらいの実力で、まだまだ力のある小隊も多くいる。アマテラスは一般企業のような縦の関係は少ないため、功績云々で見下されることはないが、強い部隊に憧れを持つ者も少なくない。

「そうは言っても今回の件に関しては実際に危害が加わったんだけどな。まっ、ここまで来たら俺っちはあいつに任せるよ」

 ふざけたことを言ってはいるものの、左近なりの考えがあるようで意外な答えに紗月は考えさせられた。

「で?天真はどうなのさ?」

「ぼ、僕ですか?そうですね…。確かに紗月さんの言いたいこともわかります。いくら天音さんが神魔じんま使いで強いからって独断で行動されるのは、チームとしてどうかと思います。先ほど左近さんも言っていましたが、実際に昨夜の戦いでは天音さんの独断で怪我まで負ってしまった訳ですし。でも、このまま何もしないで終わってしまうなんて僕も嫌です!ちゃんと天音さんのことを知ることができれば絶対に小隊の力になってくれるはずだと信じています!」

「なるほどね…」

 もの静かで、特に口に出すことがない天真も、心の中では紗月以上に考えていることに驚いた。


「悪い、遅くなった」

「お?来た来た。ったく、いつまで待たせるんだよ薙助」

 話の途中でホテルのロビーから薙の声が聞こえる。

「…」

 そして薙の後ろには、天音の姿もあった。その様子は、いつもの高圧的な態度は微塵も感じられず、むしろ誰とも目を合わせないように目線は斜め下を向いている。

「えっと…あの…」

 ぎこちない口調で天音が喋ろうとする。

「昨日は、その…少しばかり無謀な行動に出てしまって…その…申し訳…」

 謝ることに慣れていないのか、天音の言葉は次第に小さくなっていく。

「はあ!?何だって!?あれだけ迷惑かけといて、何が言いたいのよ?声が小さくて全然聞こえないわ!」

「紗月、言い過ぎだ」

 天音の調子にイライラしたのか紗月がいつもの態度で天音に当たる。

「もう!人が素直に謝ろうとしてますのに、遮らないでくださる!」

「なら少しは声張って謝りなさいよ!それがアンタの誠意っていうの!?」

「もっ、申し訳ございません…!昨夜は…いいえ。今までも身勝手な行動を取ってしまったこと…深くお詫びいたします」

 言い訳ができない状況の天音は、紗月の言葉のとおりいつも以上の声量で小隊の皆に謝罪をした。

 プライドを捨てきれなかった天音は、途中途中で声が小さくなったり、涙目になりながらもそれを必死に隠すように顔が真っ赤になったりもしたが、最後には誠意を込めて深く頭を下げて謝罪の意志を表す。

「まったくあんたって、意地だけは無駄に強いんだから…」

「そりゃ、さっちゃんも一緒だろ」

 横から左近がボソッと小さな声でツッコミを入れる。

「あんたは黙ってろっ!!」

「痛ってー!!」

 左近の言葉がかんに障ったようで、紗月は左近の右のつま先を思いっきり踏みつける。

「わざわざ謝りに来たってことは、まだここにいたいってことなんでしょ?まぁ、昨日までのことは新人のミスってことで見なかったことにしといてあげるわよ。だからって次はないんだから!失敗なんかしたら絶対に許さないわ」

「あなた…」

「あと、あたしも昨日は言い過ぎたかも…。ごめん」

 紗月も口では天音に対して嫌悪感を抱いていたが、誠意を見せた天音に免じて今までのことを水に流すことにした。

「もう!あまりに待たせるもんだから、あたしまでお腹減っちゃったじゃない。さっさと行くわよ!」

「へへ、そうでなくちゃ!さぁて景気よく行こうぜ!」


 その後は5人でスラムの街を歩き回った。小さな出店が連なるスラムの街は飲食店から雑貨屋まで様々な店が並んで、目移りしそうになる。

「はい、これ」

「これは何という食べ物ですの?」

「え!?嘘でしょ!あんたクレープ知らないの?」

 紗月が差し出した生クリームがいっぱいに詰まったクレープを目にした天音は、初めて口にする食べ物に首を傾げる。お嬢様だとはわかっていたが、まさかクレープを食べたことがないとは思わなかった紗月は驚いた。

わたくし、このような場所で食事をするのもはじめてなもので。この場所はどこもかしこも初めて見るものばかりですわ」

「まさかここまで箱入り娘だったなんて」

 天音の意外な一面に紗月は少し驚いた。

「こうやって頭からかぶりつけばいいのよ。甘くて美味しいわよ♪」

「こ、こうですか…はむっ!」

 紗月が食べているのを真似するように天音も思いっきりクレープにかぶりつく。

「あはは!頬に思いっきりクリームが付いてるわよ」

 クレープを食べた天音の頬には白い生クリームが付いていた。

「はじめて食べるのですから、仕方ないでしょ!」

 恥ずかしいところを見られた天音はクリームが付いた頬を赤くしている。


「お待ちどう!オレンジジュースと生ビールお二つです!」

 古びた飲食店に入った薙たち男三人組はテーブルを囲んで注文した料理を待つ。

「来た来た!ほら薙助。これお前の分」

「何だよこれ!?って左近!何勝手に人の分まで頼んでるんだよ」

 左近は、薙がお手洗いに行っている隙にふたり分のビールを頼んでいたようで、テーブルに置かれた冷えた大ジョッキを見て呆れていた。

「僕は止めた方がいいって言ったんですけど、左近さん言うこと聞かなくて」

「固いこと言うなよ。一杯だけ、な?」

 注文の時に天真も一応は止めたらしいが、押しの弱い天真の言葉では左近は引かなかったようだ。

「ったく、一杯だけだからな。続きは今日の作戦が終わってからだ」

「そうこなくちゃな!」

 左近はご機嫌にそう言って三人は軽くジョッキグラスを鳴らして冷えたビールを、天真はオレンジジュースを口にする。

「アンタ達、作戦前だって言うのによく酒なんか飲めるわね…呆れた!」

 ビールを口にしている薙の後ろから、紗月の怒鳴り声が聞こえた。先ほどまで天音と二人でクレープを食べていたようだが、帰って来たようだ。

「俺っちは止めたほうがいいって言ったんだけどよぉ。薙助がどうしても飲みた言うから、俺っちも仕方なく飲んでるんだよ」

「おい…!」

 左近はありきたりな嘘を吐いて誤魔化そうとするも、薙はそれを許すはずもなく左近の左肩に力を入れる。

「まぁ何だっていいわよ。失敗したら報酬額分の負担はふたりに払ってもらうから」

「だから俺は左近の口車に乗せられて!」

「まんまと乗せられたのはどこの誰かしらねぇ…」

 紗月は一切聞かないといった感じに、薙の言い訳を軽く流した。

「後で覚えてろよ」

「さぁ、何のことだかね〜」

 左近はこの期におよんでもなお悪気のない素振りを見せる。

「私たちもあれだけじゃ物足りないし何か頼みましょ。すみませ〜ん!」

 紗月と天音は三人が囲んでいるテーブルに着く。

「まったく、さっちゃんも分かってないなぁ。俺たちは定期的にアルコールの摂取をしないと調子が狂うんだよ」

「それはお前だけだ。俺も同類みたいに言うなよ」

 気分が上がった左近は上機嫌に冗談を言いは場を和ませる。左近の冗談に薙は呆れながらも内心、この時を楽しんでいるようにも見える。

「ふふ…あなた方は本当に仲が良いのですね」

 今まで口を開かなかった天音も、周りの空気に感化されて自然と笑みがこぼれる。

「どこがよ?どこの部隊だって同じようなものよ。左近みたいな馬鹿は例外だけども」

「侵害だなぁ、おい」

 辛辣しんらつな紗月の言葉に左近はツッコミをいれる。

わたくしにはこのように心意気なく話せる者はカイム以外にはいませんでしたので。あなた達の当たり障りのない会話もなんだか、少しうらやましいですわ」

あるじ…」

 天音のその言葉には少し寂しさが感じられるようにもみえた。カイムも天音の言葉に驚きつつ言葉を漏らす。

「それじゃあ、これからは一緒に楽しめばいいさ。天音だって、ここのメンバーなんだからさ」

「そうですよ。同じチームの仲間なんですから、色んなことを知りたいです!」

「貴方たち…」

 薙たちの言葉で天音は、自分が今まで一人ではなかったのだと思い知らされた。

「天音ちゃん。これがチームってもんだ。楽しい時や苦しい時を共に過ごして強くなる。ここには天音ちゃんを一人にするやつは誰一人としていない」

「おっ?左近にしては珍しくまともな事言うじゃないか?」

「おじさんにだってたまには格好付けさせてくれよ!」

 いつもはふざけたことしか言わない左近の言葉に、薙は少しは関心した。

「そう言うことよ。逆に言えばこれからはお互いを信頼することが大事になるんだから。頼むわよ」

 天音の隣に座っていた紗月はさらに天音との距離を詰め、お互いの顔を合わせて言う。

「任せなさい。今までの借りは次の戦いでしっかりお返ししますわ!」

 自信に満ちた表情で天音は紗月の言葉を返す。

 今まで気丈に振る舞っていた天音だったが、心の底に隠していた弱いところが覗けた気がした。それだけでも今回の外出は正解だったのかもしれないと誰もがそう実感していた。


「いやぁ楽しんだ楽しんだ!」

「なにが楽しんだだよ。もう夕方じゃないか…」

 結局あれから日が暮れはじめる頃まで遊びまわった。これから任務があることを忘れてしまうくらいに。

「ホテルに戻ったらすぐに作戦会議だからな。マジで今日は失敗できないんだぞ…」

 呑気に笑う左近の横で薙は今夜の任務が成功するか不安になっていた。

「なに始まる前から弱気なことを。絶対に成功させますわよ!」

 今まで自分の力に過信していた天音が、小隊のためにやる気になっている姿をみせるようになって、薙は嬉しそうにほくそ笑む。

「そうだな。絶対に成功させよう」

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