第7話 難関

「すまないな、急に呼び出して」

 天音が入隊して数日が経ったある日、アマテラス火天かてん支部支部長である道明寺千里どうみょうじせんりから、なぎたち第4小隊は直々に支部長室への呼び出しがあった。

「最近はどうだ?一応、任務はこなせているようだが…って、それを聞くのも野暮やぼな話か」

 言葉の途中で重苦しい空気になったのに薄々気づいた千里は、これ以上の詮索せんさくはしないで本題に移す。

 どうやら天音とは上手くいってないことを、雰囲気だけで悟られたようだ。

 先ほど、千里も言っていたとおり、ここ数日で数件の任務をこなすことができているのだが、天音の単独行動に一同は言葉がでなかった。

 神魔という最強の力を手にしたことで、たしかに任務自体はあまりにも簡単に遂行できてしまう。だが、成功に導くための作戦や行動といったものは、そこには一切なく、天音の言葉ひとつで済んでしまっている。

 これに関して、特に苦言を漏らしているのが、隊で後方支援に努めている紗月であった。彼女は今まで、天音の入隊すら認めないとかたくなに拒んでいただけあって、特にふたりは馬が合わない仲である。

「それじゃ本題に移ろうか。今回の要件は、け負ってほしい任務があっての事だ」

 全員は特に大きな反応をしないで淡々と千里の話を聞く。

「少し前、この任務を受けた部隊が任務の期間中にアヤカシを倒し損ねてしまってな。その逃したアヤカシを早急に倒してほしいと、再度申し出があった」

 今回の任務というのは、以前に他の部隊が失敗した任務を請け負って欲しいという内容だった。

 アヤカシの討伐任務には、もちろん失敗も付きまとう。失敗すれば報酬金は受け取れないし、依頼主からの信頼も失ってしまう。最悪、任務を受けることを逆に却下されることも少なからずある。そのため任務の失敗は極力避けなければならない。

「別に構いませんが、今回のターゲットは?」

 こちらの私情で任務を破棄するのも悪く思った薙は、一応任務の内容と、相手にするアヤカシだけでも聞くことにした。

「そうだったな。今回はS県のスラム近くを縄張りにしている邪猿じゃえんを相手にしてほしい。それと、これが詳細だ。目を通してくれ」

「邪猿か…」

 そのアヤカシの名を聞いた薙は、考え込むように口に手を当てる。

「まぁ、何度か相手にしたことはあるし、無理って訳じゃなさそうだな」

 左近は、千里から手渡された依頼書の詳細を見ながら適当に答える。

 邪猿は、中型クラスのアヤカシの中でもよく目にする相手で、戦闘経験を積めばそこまで難しい相手ではない。

「ですがこのアヤカシ、のようですね。そうなると少し厄介ですね…」

 天真は左近の見ている横で依頼書を見つめていると、気になる箇所を見つけた。

 天真が危惧きぐしているのは、邪猿の特性であることだった。縄張りも持った邪猿は、他の個体に比べ凶暴であるが、逆に自分よりも強いと認識した敵を前にすると臆病になり逃げ出す習性がある。だが、それをほっておくと次第に群れを形成して数で圧倒しようとする。

「わたしは反対!まだ連携もまともにできないのに、一番それを意識しないといけないのを相手にするなんて無謀だわ」

 第一声に紗月さつきが反対を申し出た。

 邪猿はその名の通り、猿に似た見た目をしているアヤカシであり、動きは素早く逃げ足は尋常ではない速度で逃げる。

 今回の任務は、相手を考えると挟撃きょうげきを意識する必要もあり、連携が何よりも大事になる。そのことを踏まえた上で、紗月は無謀な任務であると早々に危惧きぐしているのだ。

「このような相手にじ気づいているのかしら?いくら縄張りを持っているからって所詮は邪猿。何を恐れることがあるのかしら?」

「誰が怖じ気づいているですってぇ!こっちはあんたの行動に迷惑してるんだから!」

「今回もわたくし蹴散けちらしてさしあげますから、遠慮なさらずにその任務を受けてはいかがかしら?」

 天音の一言に紗月は血相を変えて反論するも、天音は一向に動じない態度で紗月を挑発する。

「はぁ…」

 ふたりの口げんかに薙は大きなため息をつく。隣の左近も口には出さないが「やれやれ」と言ったような表情だった。

「まぁ、新メンバーが加わったこの時期に任務を請け負ってほしいというのも無理な話だとは分かっているのだが、今回はお前たちの指名で依頼が来ているんだ」

「え、そうなんですか?」

 指名での依頼と聞いて薙は驚いた。実力と実績を積んだ部隊なら指名で依頼が来ることも珍しくはなく、第4小隊も何度か名指しで依頼が飛び込んでくることがある。もちろん指名とあらば通常の依頼よりも報酬金も増してある。

「指名か…。そうなると尚更断りづらい」

 指名での依頼と言っても部隊の都合や事情もあり、放棄することは勿論可能である。だが依頼を放棄するということは、相手側との築き上げた信頼関係を落とすことにもつながる。

 だからと言って無理に依頼を受けて失敗なんてことが起きれば信頼関係は地の底に落ちるだろう。

「薙センパイ…」

 考え込む薙の隣に立っている天真が心配そうに言葉を漏らす。

「指名ということもあるが、何よりも今の人手不足で断って欲しくないというのが本音だが、新たなメンバーが加わった小隊であることはたしかだし、あまり無理強いはしない」

 いつもは二言目には「行ってこい!」というような千里だが、意外にも一歩引いた感じで話を進める。

「だが、逆に考えれば次のステップアップにはもってこいの相手だと私は思うのだが、どうだろうか?」

 千里が薙に助言をする。たしかに依頼書に記載されている内容もランクも、見る限りではそれほど無理なものでもない。

 この逆境さえ乗り切れさえすれば、俺たちはもっと上手くいけるような気がする。そう、薙は心の中で思い込む。

「みんなはどう思う?俺はこの依頼を受けようと思うんだけど」

 薙が他のメンバーの意見を聞く。

「俺っちはいいと思うぜ。まっ、決断は薙助なぎすけに任せるわ」

「僕も左近さんと同じく、異存はありません」

わたくしはどちらでも構いませんわ。早く決めてくださるかしら?」

 左近と天真は薙の意見に賛成してくれた。天音は特にどっちでもいいらしいが。

「何よ、これじゃわたしだけが怖じ気づいてるみたいじゃない」

 さっきまでは依頼を受けるのに否定的だった紗月も、ふたりの意見を聞いて少し戸惑っているようだ。

「いや、別に他の意見なんて気にしなくてもいいさ。むしろサポート役の紗月の意見も尊重したい」

「はぁ…」

 紗月は小さなため息をつきながら結論を述べる。

「正直不安だわ。縄張り意識の激しい邪猿は一筋縄ではいかないと思うの。でも、支部長の言う通り、これくらいの敵を相手にできないようじゃ、第4小隊の名がすたるってもんじゃない!」

 皆の意見が一致した。 

「そうか、それは助かる!いやぁ本当に優秀な部下を持ったもんだ!」

 任務を請け負うと決めた途端、千里はいつもの上機嫌に戻った。

「それと、北御門きたみかどよ。紗月も言ったとおり今回の相手は一人では難しいと思え。まぁ、あっけなく倒せたなら別にそれに越したことはないがな」

 一応、天音が先行しないようにと千里が念を押す。

「ご忠告痛み入りますわ。ですが、この程度の相手なら心配ご無用ですわ」

 分かっていたことだったが、天音の耳にはそこまで届かなかった様子だった。

「それじゃ、これ依頼書な。明日の12時にT市のスラムによろしく頼む!」

「って、えっ、明日っ!?」

 薙が渡された依頼書を確認してみると、作戦開始の日付が翌日になっていることに気づいて目を見開いた。

「当たり前だろ。前の奴らの尻拭いで頼んで来たんだから。よろしくな〜」

 依頼を受諾した途端、千里は上機嫌に手を振って彼らを見送った。

「まあ、いつものことだろ。さっさと準備だけ済まそうや」

 左近がそう言って、薙の背中を押す。急な対応にも柔軟に対応できる左近はさすが元自衛官だけはある。

「はぁ…なるようになると信じるか…」

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