第6話 縮まらない想い

 それはミーティングを終えた次の日の夜。

 なぎが率いる第4小隊は、任務のためアマテラス火天かてん支部のある横浜市から程近い相模原市の中心街にやってきた。

 もちろん中心街とは言ってもそれはアヤカシが出現する以前のことであり、街の風景は廃墟と化したビルが連なっている。その上アヤカシが活性化している夜中に出歩く者は一人としておらず、人の気配がまったくない。

「敵の位置データを送るわ。確認して」

 廃墟ビルの高台から目標を捉えた紗月さつきが、メンバーの携帯端末に位置情報を送る。

「情報通り小型と中型の虚獣きょじゅうが複数」

 天真てんまが端末に送られて来た位置情報を確認する。

 虚獣とはアヤカシの一種で、主に動物の姿をかたどったアヤカシの総称であり、種類は多く子猫程度の小さなものから馬や牛といった大きなものもいる。どれも、全身が赤黒く染まって赤い瞳だけが闇夜の中を蠢く。

 今回のターゲットには大型犬サイズの虚獣が6体確認できる。

「他にも小型がちらほらいるな。的が小さいのはお前たちに任せるわ」

 ビルの影から狙撃銃で狙いを定める左近は、小さな獲物を狙うのは難しいようで、中型の虚獣に銃口を静かに向ける。

「みんな、準備はできたな」

 隊長の薙がインカム越しに全員に確認をする。

天音あまねは天真と一緒に距離を取って、周りの小さいのを頼む」

「どうしてわたくしがそのような雑魚を相手にしなきゃいけないのかしら?そもそも、このような場所に私に相応しい相手などいないようですけど」

 薙は天音に指示をするが、反抗的な返事が返ってきた。

「今回の任務は連携を意識するための、言って見れば訓練みたいなものだから、天音は今回は補助的な位置につくようにって、事前に言ったじゃないか」

「ふんっ。そんなもの、わたくしには必要ありませんわ」

「アンタねぇ!さっきから黙って聞いていれば!」

「紗月、今は言い争ってる場合じゃないだろ」

 天音の態度に見かねて紗月が怒りをあらわにするも、薙は紗月に我慢するように言い聞かせた。

「よ、よしっ!張り切っていこう」

 正直なところ、不安要素しかなかったが、これ以上はらちが明かないと悟った薙は、全員に号令をだして動き始める。

「頼むよ影狐えいこ!」

 天真がきつねの形を模した式神を虚獣きょじゅうのいる方向に放った。

 だが、虚獣は即座に影狐の存在に気づくと、鋭い刃に変化した影狐によって切り裂かれる。

 異変に気づいたアヤカシの群れは警戒の構えを見せるが、その瞬間、闇夜の中から銃弾が降り注ぐ。

「まずは一体」

 左近が意気揚々に敵を狙い撃つ。

「俺も動くか!」

 周りに続いて薙も腰に携えた鉄丸くろがねまるを引き抜き、前進しようと思ったその瞬間だった。

「カイムっ!」

「−−−なっ!?嘘だろっ!?」

 なんと、カイムの放った雷の一閃が薙の脇をかすめる。

 あまりの急な攻撃に反応が追いつかず、咄嗟に身を投げ出して避ける。雷の先にいた中型の虚獣は消滅していたが、少しでも反応が遅れていたらこっちがあのアヤカシの様になっていたと思ったらゾッとした。

「天音、何のつもりだ!」

「それはこちらのセリフですわ!何ですの、この茶番のような作戦は。この程度の相手に、ウロウロと動き回って、射線に入らないでくださるかしら」

 呆れた表情で薙は頭を抱えた。その後は言うまでもなく、命令を無視した天音がすべてのアヤカシを焼き尽くして終わった。慎重に事を進めるのが阿呆らしく感じるほどに。

「ちょっとあんた!一体何考えてんのよ!」

 紗月が天音に向かって叫ぶ。

「何ですの?すべて片付けたではありませんか。むしろ予定よりも大幅に終わったことに感謝してほしいですわ」

「なっ!?」

 作戦を無視した天音に対し、紗月が抗議するも、まるで清々しいまでに反省の色がなく、むしろ反論をしてきた。

「そういう問題じゃないんだよ、天音」

 呆れた薙が天音と紗月の口論に口を出す。

「たしかに神魔使いの力は頼りになるし、これからも頼りにしたい。でも俺たちはチームなんだ。共に命を預ける仲でもあるんだ」

「チーム?命を預ける仲間?」

 天音はピンと来ない言葉に疑問の顔を見せる。

「ああ。今回は天音の力で勝てるような相手だったかもしれないけど、これからはそんな簡単に行かないかもしれない。だから−−−」

「理解しがたいですわ。このような小物を相手に連携や作戦など必要になるのかしら?そもそも、わたくしの力があるというのに、なぜ頼ろうとしないのです?むしろ戦闘が長引けば長引くほど、あなた方のような普通の神威かむいにはリスクがあるはずです」

 その言葉に、流石の薙も言葉が出なかった。一匹狼と恐れられていたとは聞いていたが、ここまで協調性の欠片もないとは思わなかった。

 一応、彼女の言い分もあるようだが、それは完全に自己中心的な意見であり、遠回しに足手まといだと言っているようなものだ。

「だけど、それじゃあ小隊というチームではなくなってしまう。キミだけが戦うことに何の意味があるって言うんだよ?」

「チームですって?ご冗談を。私はただ、支部長に無理矢理あなた方の小隊に入れられただけのこと。元から馴れ合う気などございませんわ。話はそれだけですか?まったく。こんな任務に時間を取らせないでくださるかしら。あなたたちの仲良しごっこに付きあわされるこっちの身にもなってほしいですわ」

「ちょっと、あんたねぇ!」

 薙はどんなに言葉を綴っても、その言葉は彼女に届くことはなかった。

「すまぬな…」

 天音の最後の言葉に、紗月は怒りを感じて声を張り上げるも、彼女の耳には届かなかったようだった。

 そして天音の後を追うように隣を歩くカイムは、小さく詫びの言葉を一言呟いて、主人である天音の後を追う。

「まさかここまで一匹狼だとはなぁ。まっ、今日は楽できたからいいんだけどさ」

「そういう問題じゃないでしょ、左近!」

 今回の結果に、左近は楽観的に考えて事を和ませようとするも、納得のいかなかった紗月は顔を真っ赤にして怒っていた。

「でも本当にここままでいいんでしょうか…」

「いい訳がないさ。どうにか話だけでも聞いてくれたら」

 各々が天音の反応に首を傾げる。ただ単に強がっているだけなのかもしれないが、まだまだ彼女のと信頼関係を築けてはいないようだった。

 その後も何度か任務には同行してくれてはいるが、単独行動が目立つ。そのせいか、作戦中の小隊内での雰囲気も若干暗い。

 勿論任務自体はどれも完遂しているが、大半のアヤカシは天音の力で倒されている。


「天音、よかったら一緒に夕飯なんてどうだ?」

「天音さん。実はここの食堂、結構美味しいんですよ!」

 任務外でのプライベートでも天音との親好を深めようと試してみるも。

「ごめんなさい。食事は静かな所でゆっくりと食べたいので」

 そう言われて結局一度もプライベートで話をしたことがない。

「…」

 紗月に関しては、もはやあいさつすら返す言葉もなかった。


あるじよ…。いい加減、彼らに心を開いてはどうだ?ここなら我らを受け入れてくれよう」

 支部内にある人気のない庭に天音はいた。そこで一人昼食を取っている天音の隣でカイムが話を持ち出す。

「なによ、貴方までそんなことを言うの?」

 天音は不満そうな態度で購買で買ったサンドイッチを手に取り、言葉を返す。

「別に、馴れ馴れしくする必要なんてないでしょ。ただアヤカシを倒してさえいれば。何度も言うけどわたくしはそういう馴れ馴れしいのが大嫌いなの!」

「だがな主、部隊に入るということはそうは行かぬのだ。隊長殿も言っていたが部隊は個人行動ではないのだぞ?チームとはそう言うものなのだから…」

「いい加減になさい、何度も何度も!わたくしだって好きでこんな部隊に入りたい訳じゃないのよ!こんな場所で呑気に戦っていたって、に到底追いつけなんてできないじゃない…!」

「主…」

「もっと高みを目指して、お兄さまに認めてもらえるまでは…」

 今まで説教じみた態度だったカイムも天音の言葉でついに大人しくなり、ふたりの間にはそれ以上、会話はなかった。

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