第5話 新たな仲間

 神魔使いの少女・北御門天音きたみかどあまねとの勝負にて『邪鬼まがつきの篭手』という異型の道具を使い、気を失ったなぎだったが、意外にも当日の夜には目が覚めた。だが使用後の目眩いと全身筋肉痛で3日は安静を言い渡され、病室で休養をとっている。


「よお、気分はどうだ?」

「まぁ、ぼちぼちって感じ。歩く分には支障はない」

 翌日以降は天音を除く小隊の3人が見舞いにも来てくれて、久しぶりの入院生活も退屈しないで済んだ。

「まったく、無茶するんだから…」

 小隊の紅一点・汐月紗月しおつきさつきは呆れた表情で言葉を漏らすも、薙の顔を一目見て安心した。

「まさか本当に篭手の力を使うなんて思いもしませんでしたよ」

 先日の戦闘で一緒に戦ってくれた古賀天真こがてんまもホッとした表情で薙を見つめる。戦いの場にて最も近い距離で見ていた天真は終始心配で仕方がなかっただろう。

「でも、よかったな。今回も特に異常はなくてよ」

「それ、お前が言うかよ…」

 篭手の力を使うようにうながした丸山左近は悪びれることもなく、いつもと変わらぬ口調で薙に話しかける。

 事が大きくならないで安心したが、一歩間違えたら大けがでは済まなかった。

 左近とは5年以上の付き合いがあるため、今に始まったことではないと、薙も口うるさく言わない。だが退院したら、天真を誘って2人前の高級寿司はごちそうになろうと心に決めている。

「そういえばあのったら、あたしたちの言ったこと、しっかり守ってずっと看てくれてたんだってね?絶対とんずらするかと思ってたのに」

「あぁ、俺が起きる時まで隣で座ってたよ。何だか思っていた以上に悪い人じゃないのかもな」

 薙は、昨夜の天音の事を皆に伝える。

 初めて会った時は酷い言われようをされたり、周りの評価もあったりで、あまり好印象ではなかったのだが、昨夜の彼女の雰囲気を見ていると、別人のようにも感じた。

「どうだか。まぁ、そう思うのは勝手だけど、気をつけたほうがいいかもね。あの時の戦い方を見ていると今でも恐ろしく感じるわよ」

 だが、紗月は紗月で、天音の評価はそこまで変わっていないようだった。

 たしかに、先日の勝負での彼女の姿は、恐ろしいと感じるのが普通なのかも知れない。カイムという神魔の能力と、その能力を何の感情も無く使い、無作為に敵を葬り去る背中は一番敵にしたくない相手だ。

「まっ、そんなこと考えたってらちが明かねえだろ。一先ずは薙助が復帰してからだな。しっかり休むんだぞ」

 長くなりそうな話を切るように、左近は適当に話を切り上げて3人はその場を後にした。



「じゃあ改めて自己紹介な」

 薙が退院した翌日。第4小隊の5人は各小隊に設けられたミーティングルームにて自己紹介をおこなう。

 ミーティングルームとはよく言ったものだが、部屋の内装はなんとも質素な造りで、壁はねずみ色のコンクリートで固められていていて塗装は一切されていない。

 部屋自体は比較的広く、5人で使っても窮屈に感じることはまったく無くない。2階にはロフトまで付いているため、ミーティング以外にも私用でもくつろぐことができる空間にはなっているが、部屋が広い分、私物が大いに目立つ。

 部屋の中央に設置してある会議用のテーブルの周りには、作戦会議に相応しいとは思えないふかふかのソファーが左右に置いてあり、全員くつろぎながら薙の話を聞いている。

「それじゃ、まずは隊長の俺から…」

 天音を加えてのミーティングは今日が初めてで、はじめにお互いに顔合わせと自己紹介をすることにした。

 まずは部隊を束ねる隊長の薙が自己紹介をする。

「俺は、この小隊の隊長の月影薙つきかげなぎだ。前にも自己紹介はしたが、改めてよろしく頼む」

 ありきたりな紹介に、真面目な天真を除いて全員が退屈そうに話を聞く。

 天音に向けての自己紹介のため、他の3人には退屈かもしれないが、あからさまに面倒そうな表情で話を聞く紗月と左近に薙は怒りを感じたが、顔色を変えず紹介を続ける。

 薙は、中学校を卒業後、高校に通うことなくアマテラスへ入隊している。今の日本の危機的状況はアヤカシの発生がきっかけで起きたことではなく、10年以上前に起きた経済不況から、日本の政治経済はどん底にたたき落とされた。そのため、義務教育を終わらせてすぐ働く者も今の世では当たり前になっている。

 そのため薙は若干21歳にして5年以上のキャリアを持つベテランの神威かむいである。

 近接戦闘を得意とし、鉄丸くろがねまるとハンドガンを使って戦う。

 先の戦闘にて使用した邪鬼の篭手は、たしかに強力なものではあるが、以前のようなリスクもあってとして極力使うことを控えている。

「次、左近な」

「はいよ…っと」

 薙は次の自己紹介に左近を指名した。

 特に決めてはいなかったが、何となく一番面倒そうに聞いていたのが左近だったため、敢えて次に指名をした。

 左近は、仕方がないか、と言った表情で自己紹介を始める。

丸山左近まるやまさこんだ。37歳、乙女座のジェントルメンとは俺っちのこと!まぁ、そんな冗談はさておき、薙助とは同期で入隊から一緒に戦ってきた仲だ。銃の使い方なら任せてくれ」

 なにやら訳の分からない自己紹介に周りの空気が一瞬、淀んだ。

 左近はこのチームの中で、ずば抜けて最年長だがアマテラスでの経験は薙と同じで同期に当たり、五年間、薙と共にこの小隊で戦って来た。前職が陸上自衛隊であることもあって銃火器の使用から近接格闘までこなせるオールラウンダーだが、ここ最近は遠距離からの狙撃を任している。

「好きなものは酒とタバコと可愛い女の子!よろしくね、天音ちゃん♪」

 最後の台詞さえなければ満点を付けてやりたかったが台無しだ。天音もさすがに不快な顔をしている。

「まあ…こんなもんでいいか」

 天音の反応にショックを受けながら座る左近。むしろ、あんな紹介でまさか気を引けるとでも思っていたのではないかと、薙は一瞬疑いの目で左近を見た。

「じゃあ次はあたしね。あたしは、汐月紗月しおつきさつき。好きなものは飴玉と可愛い動物とかかなぁ。まぁ、聞きたいことがあるなら答えるけど」

 薙が指名するまでもなく紗月が率先して自己紹介をはじめる。長い金髪を結んだポニーテールが揺れる。

「じゃあスリーサイズ!聞くほどでもないけど一応参考までに――」

「お前には聞いとらんし、一生口を開けるな、クソ左近がっ!!」

「いっ、いつもの冗談だっての!だから、その手に持ってる消化器を置いてくれ!」

 紗月の自己紹介に、左近が冗談を言うと、紗月はちょうど手の届く所に置いてあった真っ赤な消化器を逆に持って殺意のこもった表情で左近に構えていた。

 紗月は二年前に新人として天真と同時期に、この小隊に配属された。入隊前は普通に高校を通っていたそうだが、親の失業をきっかけに学校を中退してアマテラスへ入隊を希望した。理由は親孝行らしい。

 持ち前の洞察力と観察力で味方のサポート役を主に担っているが、銃器での援護もできる頼もしい人材だ。

 自己紹介でも言っていたが棒付きの飴が大好物で、いつも持ち歩いては口に入れていることがあり、薙もたまにもらうことがある。

 先日の一件で紗月と天音の関係を気にしていたが、紗月はそこまで根に持っていない様子で安心した。

「まぁ、こんなもんかしら」

 そう言って紗月は天音の表情を伺うが、特に表情を変えることなく暇そうに聞いていた。

「ふんっ」

 その上、紗月と目が合った途端、天音はまるで興味がないと言ったような表情で紗月との目を反らした。

「何よあの態度…いちいちかんさわるわね…」

 今まで気にしてなかった紗月だったが先ほどの天音の反応で眉間にしわが寄った。

(先が思いやられる…)

 口にはしなかったが薙は2人の反応にあきれ顔で話を進める。

「次は僕ですね。僕は古賀天真こがてんまと言います。まだ未熟ではありますが陰陽術師おんみょうじゅつしです。式神しきがみは、前の戦いでも見せたと思いますが、狐の形の影狐えいこと、鳥形の影鳩えいくのふたつを得意としています」

 順番が回って来たことを感じ取った天真は、その場で立ち上がり自己紹介を始める。

 天真は紗月と一緒に2年前、この小隊に配属された少年で、この部隊の最年少でもある。

 アマテラスの中でも比較的珍しいを操ることのできる“陰陽術師おんみょうじゅつし”であり、先日の天音との勝負でも使った、神符じんふと呼ばれる札を自在に変化させて戦わせることができる。

 15歳とまだ若いが、幼い頃より修行を積んできた天真の実力は術師の中でも折り紙付きだ。

「まさか、神魔使いの、しかも北御門家という最高位の方と一緒に活動ができるなんて思うと、今から楽しみです!」

「そうなのか?」

「そうですよ!北御門家といえば、数少ない神魔使いの血筋の中でも特に歴史が深く、多くの有力者を排出されている家系なんですから!その歴史は遡ると、なんと平安時代から歴史が残っていて、当時は妖怪や悪霊なんかを相手にしていたり、天皇家の側近として長年従えていたなんて記録もあるんですよ」

「ずっ、随分とお詳しいのですのね…」

 今まで大人しかった天真であったが、天音を目の前にした途端、変貌したように早口で語りだす。

 天真という少年は、神魔使いのみならず、多くの術師や神威の情報からアヤカシのことまで、多岐に知識を有している。詰まる所、オタクの部類だ。

「もちろんですよ!本当、夢見たいですよ。北御門家といえば、特に、天音さんの兄に当たる――」

「分かりましたわ!もう結構です。わたくしとしても、そこまで知ってもらえていると鼻が高いというもの!また今度お話を聞かせてくださる?」

「はいっ!」

 天真の止まらない言葉に、天音はストップを掛けて、日を改めて話すよう提案した。

「な、なんですの、この隊の方たちは…」

 今まで詰まらない様子で聞いていた天音だったが、予想外の相手に、少し動揺していた。


 

 これで今までの第4小隊のメンバー全員の紹介が終わった。

「それじゃ最後に」

「わかってますわ。こほんっ」

 薙に呼ばれて天音は立ち上がると、小さな咳払いをすると自己紹介を始める。

北御門天音きたみかどあまねですわ。初めに言っておきますが、わたくしはあなたたちと馴れ合うつもりはありませんの。小隊に入ったのは上威じょういになるための足掛かりに過ぎませんので。そこのところ、周知してくださるかしら?」

「は、はぁ…」

 天音は第一声に、と、きっぱり言い切った。

 彼女の言う上威とは、神威の階級のようなもので、神威の最下級である正威のひとつ上の階級である。

 上威になることで多くのメリットがあり、そこを目指す者も少なくない。

「とは言え、一応はあなたたちの隊に所属しているのは事実。特別に私の神魔の能力を行使することは認めます」

 彼女は前に力を見せつけられたが、強力な神魔じんまの力を使うことのできる神魔じんま使い。前回の勝負では、結果的に邪鬼の篭手には破れたが、身体に大きな負荷が掛かる諸刃もろはの剣とは違い、負担の軽い神魔の力の方がよっぽど頼り甲斐がある。だが彼女のメンタルの具合によっては前のような力の暴走も視野にいれる必要があるが。

「ですが、私の力をあてにするのでした邪魔だけはしないでくださるかしら。まぁ、真っ黒に焼かれても構わないのでしたらいいのですが」

「なっ、なによそれ!さっきから勝手なことばっかり!」

 神魔の力に気を取られていたが何よりも問題にすべきだったのが彼女の性格だった。さっきの言葉にまたも紗月が機嫌の悪い顔をしている。

「それと…カイム。出てきなさい」

 自己紹介を終わらせた天音は紗月の機嫌を見て見ぬ振りをして、従える神魔の名を呼ぶ。

「ここに」

 その途端、天音のすぐ隣に青白い毛をなびかせた狼の神魔・カイムが姿を表す。

 薙は入院中に一度、間近で見ていたので、そこまで驚かなかったが、他の3人は突然出て来たカイムに驚きをみせた。

 先の勝負では遠くからでしかその姿を確認できなかったが、こうやって近くで見ると結構大きく、大型犬というよりかはライオンほどの大きさはあるだろう。

「彼はわたくしが従えている神魔のカイムですわ」

あるじ共々宜しく頼む」

 神魔とは、元々神に従えし聖獣であり、本来は人の目の届くような場所に存在しない存在である。そのため、カイムを目の前にした皆は並々ならぬプレッシャーを感じていた。

「ちょっと、なによこれ…」

 カイムを見た紗月が椅子から立ち上がり天音の方に歩み寄る。

「おい、紗月待てって」

 まさかと思った薙は紗月を止めようとしたその途端。

「なにこれ、超可愛いんですけど〜!」

「はあっ!?」

 誰もが愕然がくぜんとした。きつく当たる天音におきゅうを据えるものだと誰もが思っていたからだ。

「なっ、なんなのだ貴様!無礼であるぞ!や、止めるのだ。誰が触ってよいと言った!」

「うわぁ、めっちゃモフモフ〜!こっち向いて〜♪」

「や、止めるのだ!うぅ…主よ…どうか此奴こやつに止めろと言い聞かせてはくれぬか」

 カイムはとてつもなく困った表情で天音を見るが、さすがの天音も顔を背けた。

 仕舞にはカイムとツーショットで写真を撮り始める紗月を見て、さすがに全員が呆気にとられた。


 全員の自己紹介を終え小休止を挟んだ後、再度召集をかけ、薙はこれからの予定として任務を決める。

「さて、どうするべきか…」

 テーブルの上に並べた無数の依頼書を、皆で囲んで眺めては小さな唸り声をあげる。

 主な任務の内容は『アヤカシ退治』なのだが、依頼の数は膨大であり、毎日のように依頼の数は増えていく。

 一概に任務と言っても場所や環境、標的であるアヤカシの詳細など、細かく見ていく必要がある。

 そして今回は初めての5人での戦闘になる。こちらには最強とうたわれる神魔が仲間になったと言っても、はじめての実戦で連携を取れるかも分からない状態だ。そのため安直な考えでなくしっかりと吟味ぎんみして任務を選ぶ必要がある。

「そんなに悩まずとも、何が相手でもよろしくてよ」

 悩みの種が呑気に紅茶をすすりながら依頼書を眺める。4人でいた時はここまで深く考えてなかった気がする。

 そして、今まで考えていなかったが、任務の結果以前に、万が一天音の身に何かあった時を考えていなかった。

 支部長の千里も言っていたが、数少ない貴重な戦力といえる神魔使いが、もしも再起不能な怪我をしたとして、我々がどうなるかは正直考えたくなかった。

「これなんてどうかしら?」

 紗月が手に取った依頼書には、『六級』と書かれたもので、小型アヤカシの討伐依頼だった。数は大体20ほどの比較的簡単な内容で、慣れた神威かむいなら苦もなく倒せる相手である。

 アヤカシの強さや依頼の難しさは等級制を採用されており、級位の数字が少ない程強くなっていく。

 今までの第4小隊の実力では、普段の任務で『五級』程度の任務を選ぶことが多いため、薙たちには少し物足りなさも感じるだろう。

 任務の階級として六級までが『下級』で、五級から一級までが『上級』に分類されている。

 ちなみに天音との勝負で使われた依頼だが、千里に後々聞いてみたら『四級』だったようで、いつもよりも難しい任務を勝負という名目でやらされていたことになる。千里のいい加減な性格は今に始まったことではなく、今までも散々悩まされていたが、まさかここまでいい加減だとは思わず、一同それを知った途端呆れた表情をしていた。

「だけどよぉ、さっちゃん。これ報酬金少なすぎやしないか?」

 隣で内容を見ていた左近が文句を出す。

 強さを表す等級は、数が大きいほど任務の難易度は落ちていき、相手にするアヤカシは弱くなるが、その分報酬額は勿論落ちていく。今後は5人でその報酬金を分け合うのだから、これからは更に上の等級を目指す必要がある。

「たしかに、言われてみれば…」

 左近のいい分に、紗月は腑に落ちないが様子であったが、それでも納得したようで依頼書をテーブルに戻す。


「俺っちなら、これくらいでもいいかと思うぜ」

 余裕な表情で左近は別の依頼書を手に取る。左近が手にした物は『五級』の依頼書だった。中型クラスのアヤカシも数体ほどいるらしいが、この程度なら問題なく倒すことのできる相手とみる。

「まあ、これくらいなら大丈夫だろ」

 左近から渡された依頼書を細かく確認した薙は、皆にも確認してもらう。報酬額も5人で分けるといつもより少なく感じるが、力試しにはちょうどいいかもしれない。

「決まったかしら?」

 何でもいいと言わんばかりの上から目線の天音が、依頼書に載っているアヤカシの情報だけを一目見て「ふぅん」と鼻を鳴らして依頼書を手から離す。特に不満を言うでもなく、それ以上の反応はなかった。


 そのあとは依頼書に沿って作戦会議を行い、今日は解散にした。薙は天音と友好を深めようと声をかけたが、すぐさま部屋を後にした。

「本当、無愛想なんだから」

 天音が部屋から出て行った途端、紗月が嘆く。

「まぁ落ち着けよ。まだ初日なんだから大目に見てやれって」

「なによ?あれでも大目に見ている方なのよ!薙が甘いだけなんじゃない」

 紗月が今までの鬱憤うっぷんをはらすかの様に、薙に矛先を向ける。

 やれやれと言った表情で紗月の言葉を聞き流していたが、もしかしたら本当に甘いのかも知れないとも思ってしまう。アヤカシ退治は個人プレーではない。一人の失態が仲間全員の命に関わることだってある。

 だからと言って無理強いするのも、逆に天音の気持ちを塞いでしまう気がしてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る