第2話 雷の神魔

 時刻は午後4時を回った頃。夕刻ゆうこくが近づく時間ではあるが空はまだ明るい。

 場所を移動して、第4小隊の4人と天音あまね千里せんりはT県にある、市営の運動公園にやってきた。もちろん目的はアヤカシの討伐である。

 一昔前は日本の首都として繁栄をもたらした東京。今では多くのアヤカシがうごめく街、通称と呼ばれている。

 T県はその隣の県ということもあってアヤカシの被害が比較的多く、支部があるK県Y市からT県へは車での移動は困難であり、ヘリコプターを使って向かう。

(き、気まずい…一体なにを話せばいいものか)

 ヘリコプターの車内では、左右に第4小隊のメンバーと天音に分かれて顔を向き合う形で座っていたが、誰もが言葉を発することがなく終始無言で、ローターの稼動音だけがうるさく響いていた。

 薙が気の利いた会話でも天音に降ろうともしたが、嫌な反応をされるのが目に見えているし、聞こえづらいヘリコプターの車内で聞き返されるのも、それで気まずくなると思って結局話すことはなかった。


 ヘリコプターから降りた薙たちは、運動公園に着いて辺りを散策する。そこにある一際大きな球場が今回の戦いの舞台になる。

「この辺も随分と荒れ放題だなぁ」

「なんだか薄気味悪い場所ね…」

「少し前まではスポーツとかも盛んに行われていたらしいですが、今では封鎖されて誰も立ち入らなくなったらしいですからね」

 無音が続いたヘリコプターから解放された反動からか、小隊内では何気ない会話がこぼれる。

 現在、ここの運動公園は封鎖されて、使われていないためか周りは雑草だらけ。決してスポーツができる環境ではない。入り口も長年封鎖されていたのか、フェンスが劣化していてすんなり入ることができた。

 不気味な異様を放っている場所だが、外壁区の外はこのような場所が多く、無法地帯となっている場所が大半だ。

 アヤカシの発生で日本の大半の土地も奪われてしまい、安心して生活ができる場所も外壁区と一部を除いて他にはない。

 今回のターゲットは、運動公園に併設されている大きなグラウンド内に蔓延はびこる小型のアヤカシの群れが主な討伐対象になる。

 アヤカシの種類は多種多様ではあるが、どれも下級のアヤカシばかりで普通に戦えばまず怪我をすることはない。

「うぇ、なんだよこれ…」

「支部長、まさかこれを全部相手にするんですか…?」

「この数は…。さすがに予想外だったなぁ」

 現場に来た薙と天真てんまが唖然とした。依頼を選んだ千里本人も、さすがに驚きを隠せない様子だった。

 たしかにそこにいるのは下級のアヤカシばかりだが、問題をあげるならば、それはということだ。

 そこまで大きなグラウンドではないにしても、敷き詰められるようにうごめくアヤカシの数は軽く100体は超えている。いくら下級のアヤカシとは言っても数の暴力。油断をすれば怪我では済まない。

「ふんっ。この程度で動揺しているのですか?わたくしも暇ではありませんの。やるのでしたら早く始めましょ」

「はぁ、何事もなく終わればいいんだけど」

「そ、そうですね」

 薙たちが唖然あぜんとする中、天音だけは余裕な表情を見せ、その場を後にする。


「天真、あまり無茶はするなよ。別に負けたからって何かあるわけでもないし、いつも通りにやってくれればいいさ」

 グラウンドの裏で、薙と天真は戦闘の準備をしながら気楽に会話をする。

 薙は日本刀に似た剣を二丁とハンドがンを一丁、腰に巻いたホルスターに取り付ける。

 薙の手にする黒い刃を持つ刀は『三式霊刀さんしきれいとう鉄丸くろがねまる』と呼ばれるもので、アマテラスの代表的な装備のひとつである。刃渡りは大体60センチほどで、並みの神威かむいならば片手でも容易に振ることができる。

 銃器に関しては国内で製造されているものであれば各自の好みのものを使用可能である。他国との交流を断たれた今の日本であっても銃刀法は存在するが、アマテラスでは特別に銃器の生産を認められているため、注文次第では様々な種類の銃器を使うことが出来る。もちろん国内生産であるため多くは模造品ではあるが、性能自体はオリジナルにも引きを取らないのもばかりだ。

 弾丸に関しては対人用のものではなく、対アヤカシ用に作られた『殺霊弾さつれいだん』というものを支給される。弾丸のサイズや種類も豊富に揃えられているため、大半の種類の銃器ならば使用できる。

 その中でも薙はベレッタM84という自動式拳銃を愛用している。海外では警察や競技でも使われる万人向けの拳銃だ。

「やれる限りは尽くしてみます。でもこの勝負、勝てるのでしょうか?」

 隣で準備をする天真は、緊張はしていないものの、少し重苦しい表情をする。

 天真の服装は、先ほどまで羽織っていたブレザーを脱ぎ、シャツの上に黒と白の狩衣かりぎぬのような和風な服を羽織る。

 天真は陰陽術師おんみょうじゅつしと呼ばれる、特別な能力を持っているため、薙のような物理的に攻撃をおこなうための武器を持ち合わせていない。

 陰陽術師とは、陰陽道に古くから伝わる術を用いて戦う。神符じんふと呼ばれるお札に、式神しきがみ宿やどして従わせる能力は、術師の実力次第では並みの一個小隊と同等の実力にも引きを取らないと言われている。

 術師の能力は、神魔じんま使いのような遺伝によるものではなく、長きに渡る修行でその力を開花させることができる。だが、修行自体はとても過酷なもので、志半ばで挫折する者も多いようだ。そのため、決して術師は数が多いという訳ではなく、アマテラスでは神魔使いの次に貴重な存在といえる。

「俺、神魔使いに関してそこまで詳しくないんだけど、どれくらい強いもんなんだ?」

 薙が会話の流れで神魔使いについて天真に聞く。天真はこの手の知識にとても詳しく、大体の事ならすぐにでも答えられる。

「僕も実際にその能力ちからをみるのは初めてですが、並みの術師が10人いても相手にならない程とは聞いています」

 薙は天真の言葉を聞いて唖然とした。

「マジかよ…。それじゃもう戦う前から結果は出てるようなもんかよ」

「つまり、そういうことですね」

「まっ、ある意味気楽に戦えそうではあるけどな。怪我しない程度にやって頃合いを見て降参するか」

 逆に相手にされないと悟った薙と天真は自然と笑みがこぼれた。


「何なのですか彼らは。不快にさせられた上に勝負だなんて。やってられませんわ」

 一方、薙と天真のちょうど真反対で準備をしている天音は、ぐちぐちと独り言を言いながら準備をしている。

あるじよ。どうするつもりなのだ」

 独り言を言っているように見えた天音の横から突如、おおかみに似た存在が虚空こくうを切り裂くように姿を現して天音に話かける。

「何がよ?カイム」

「あのような者にまさか本気を出すつもりではなかろうな?」

 カイムという蒼い毛をまとった狼は不機嫌そうな表情で天音の隣に寄り添う。

「まさか、この程度の相手に本気を出すとでも?まぁ、見せ物として奥の手を出してもいいのではないかしら?あの人たちの愕然がくせんとする顔が目に浮かびますわ!」

 天音はその場で軽いストレッチをしながら愉悦な笑みを浮かべる。

「主よ。口出しする訳ではないが、いい加減どこかの部隊に身を置いてはどうだ?彼らも悪気があった訳でもなかろう。この戦い次第では、彼らの中に入ってみてもいいのではないのか?」

 カイムの言葉に天音は、先ほどまでの愉悦の表情が一変し、不機嫌そうな顔でカイムの方を向く。

「何よカイム。まさか、彼らに加担するつもりですの?」

「別にそういうつもりではない。だが我らに匹敵する相手など、そうそう居まい。心を入れ換えて素直になってはどうだ、と言っておるのだ。今回の部隊、別に悪い奴らではなかろう」

 まるで父親のような説教たれた台詞を吐くカイムに、天音は更に不機嫌さを増す。

「うるさいわね…。それくらい分かってますわよ」

 ストレッチを終わらせると天音は、さやに収まっている一振りの剣を腰に巻いたホルスターに取り付けると前に進む。

 そこまで考えていない天音に対してカイムは『わかっておるなら、さっさと素直になればいいものを』と心の中で思っていたが、先ほどのような愚痴ぐちをこぼされるのは目に見えて分かっているため、決して口には出さなかった。

「なにか言いいまして?」

「…いいや、何も」

 だが、心の声を聞かれたと思ったカイムは一瞬驚くも、気のせいだと感じ、天音の後ろについて行く。


「よーし、お前ら準備はできたな」

 準備等に時間が掛かり、時計は17時を回っていて夕陽が沈みはじめてきた。

 魔除けの効果で、アヤカシのいなくなった球場の客席で、千里はインカムで薙と天真・天音に指示をだす。同じく球場の客席には紗月さつきと左近の姿もあり、左近に関しては呑気に酒を飲みはじめている。

「数が多すぎて把握しづらいから各々で数えてくれ。一応カメラ回してるから不正とかするなよ」

 この状況に言い訳をするかのように千里は補足をいれる。

「どうせ少しくらい不正したって勝てやしないっての…」

 薙は愚痴をこぼしながらも千里の指示を聞く。

 先ほどまで、気軽に戦えるとは言ったものの、負けが確定していような戦いに、薙はどうもやる気がでない様子だ。

「まぁ勝負とは言ったし、相手は下級のアヤカシばかりだが、くれぐれも怪我だけはするなよ。こんなことで怪我したなんてバレたら上からなに言われるか分かったもんじゃない」

 千里は今回の任務に貴重な神魔使いを出すということは誰にも伝えていないようだった。そのため、もしもその情報が漏れたりでもすれば、千里は上層部からキツいお灸を据えられることになるだろう。

「なぁ、さっちゃん。これどっちが勝つと思うよ?」

 左近は、どこからともなく持ち出したビール缶を開けながら紗月に質問をする。

「知らないわよ、そんなの。神魔使いって相当強いって聞くけど?でも、薙たちには負けてもらわないと、こっちの気が収まんないわ!」

「ふ~ん…」

 紗月の答えを聞いた左近は適当な返事を漏らして薙を見つめる。だが、その見つめる眼光は、いつもの陽気な左近にしては珍しく真面目な目だった。


 グラウンド内は情報通りアヤカシで一杯だ。

 薙チームの作戦は、術師の天真の攻撃を主な攻撃手段にして、薙はひたすら天真に近づくアヤカシを排除する。

 術師の天真は広範囲で攻撃をおこなうことができるため、天真の行動を最優先に、インカムで位置を伝えながら戦えば足を引っ張ることはない。

「頼むぜ、天真」

「こちらこそよろしくお願いします。先輩!」


「それじゃ、開始10秒前」

 千里がカウントをはじめる。

 天音の方も、とても落ち着いている。まさに負ける筈がないという余裕の表情を見せつけて開始を待つ。

「よーい、スタート!」

 勝負が始まった。

「よし、やるぞ天真!手順通りに」

「はい!薙センパイ!」

 スタートの合図と同時に薙と天真は動き出す。

 薙は腰に携えた鉄丸を瞬時に抜き、手頃な相手から容赦なく切り込む。

「おらぁ!」

 助走の付いた一撃で浮遊する肉の塊のようなアヤカシは叫ぶ間もなく絶命。勢いの付いたまま近くのアヤカシ目がけて刃を振るう。

「さぁ出番だよ、影鳩えいく!」

 天真は手に持った霊符を空へ離した。すると、今まで紙だった霊符が、光に覆われると、はとの形へと変化へんげした。

 影鳩と呼ばれた式神が無数に上空に飛び立つと、足で掴んだ小型のカプセル状の物も下にいるアヤカシに向かって落とす。

 落としたカプセルは小型爆弾のようで、落下の衝撃で爆発し、近くにいたアヤカシを撃滅する。

「11、12。天真!さっきのでどれだけやれた!?」

 倒したアヤカシをカウントしながら薙は天真に言う。

「さっきので15は倒せませた!」

 上空からの攻撃で天真自体は把握できないが、戻ってきた影鳩がカウントしていたようで、神符に戻ると倒した数が表面に書かれていた。

 一方、天音の方は開始から立ったままで、ずっと薙たちの様子を見ていた。

「あら、天真とかいう子。術師なのかしら?中々やるようですわね」

 余裕そうな笑みを浮かべながらも、意外な攻撃に賛美さんびを送る。

「よいのか?なにもしない訳にはいくまい」

 ただ立っている天音にカイムは命令を待つ。

「いいじゃない、この程度の差。あなたの攻撃ひとつで充分差は埋まりますわよ」

「うむ…」

 天音の言葉にカイムは反論することなく、軽くうなずくと、薙たちがいる先を見つめる。

 薙・天真ペアは思いの外、順調にアヤカシをほうむっていく。

 天音の行動を気にしながら戦っているが、動く気配が全然ない。

「完全にめられてるな、これ」

 天音の行動に腹を立てたい気持ちもあるが、薙自身も勝てると思っていないため、怒るのも面倒になり、ひたすら手を動かす。

 大方一割くらいは倒したであろうか。薙が16体、天真が32体ほど倒している。これで一割だとすると気が遠くなる戦いになりそうだ。

「ふふっ。まぁ頑張った方ではなくて?でしたら、次はこちらの番ですわよ!」

 今まで何もしないで立っていた天音だったが、突如鞘に納めていた剣を右手に構え剣を振りかざすと、神魔じんまのカイムに指示を出す。

「暴れなさい!」

「承知っ!」

 天音の号令とともにカイムの全身を覆うように青い雷のようなものが溢れ出す。

「貫け!」

 カイムが叫んだその瞬間、突如として現れた雷が閃光の如く速さで一直線に放たれた。

「なんだ一体!落雷っ!?」

 ひたすらアヤカシに斬りかかっていた薙は、激しい轟音ごうおんが聞こえた先に目をやる。

 攻撃が放たれた場所は焦げた臭いと煙を放って視界が悪いが、徐々に煙が薄くなる。すると、そこにいたはずのアヤカシがいなくなっていた。どうやらさっきの雷で周囲のアヤカシはすべて消え失せたのだ。

 誰もが目を見開いた。カイムが放ったその雷の範囲はほどの跡を残している。

「カイム。どの程度やれたかしら?」

 誇った笑みを浮かべる天音はカイムに問いかける。

「判断がつかん。まぁはやったのではないのか?」

 圧倒的だった。作戦が始まって10分。今までの差を一瞬にして覆された。

「嘘だろ…。こんなのありかよ…」

「これが神魔の力…」

薙と天真はこれ以上の言葉はでなかった。あまりの強力な攻撃に戦意も喪失そうしつしかけていた。

「驚いたな。まさかこれほどの力だとは」

 天音の力に観客席にいる千里でさえ驚きを隠せないでいた。

「何なのよ、あの威力…」

「…」

 近くで見ていた紗月と左近も、初めて見る神魔の力に驚かされる。

「この程度で驚いてもらっては困りますわよ。これはまだ序の口。本番はこれからですわ!」

 まさかさっきの攻撃は本気ではなく手加減してしたということか。薙は呆れて声も出ないといった表情をする。

 カイムが再び放った次の攻撃は、上空から突如現れた無数の落雷。

 轟音とともに勢いよく降り注いだ雷は周囲のアヤカシを一掃する。雷に直撃したアヤカシは悲鳴上げる間もなく消滅し、塵ひとつ残さず消え去った。

 ものの10秒。グラウンドにいた1/3程度のアヤカシが一瞬にして消えたのだ。

「どうですか?これでもまだ戦いを続けるおつもり?」

 やり切った表情で薙に問いただす。

 今までこんな化物と競っていたのだと思って言葉が出なかった。もう体も動かない。

 アヤカシも天音の攻撃に恐れをなしたのか、攻撃を止めて背中をみせて逃走している。倒すべき相手なのに同情すらしてしまう。

「あぁ降参しよう。いくらなんでも相手が悪すぎる」

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