1章 出会い

第1話 神を操る少女

「ふわぁ…眠っ…」

 まだ太陽が昇って間もない早朝。寄宿舎きしゅくしゃを出て支部までの道をゆっくり歩く青年、月影薙つきかげなぎはあくびと一緒に小さく言葉を漏らす。

 出発の準備をしないで部屋を出てきたようで、いつもなら閉めているはずのブレザーのボタンも開けっぱなしの上、色素が少し抜けたようなグレーの短髪にも、ところどころ跳ねている部分がある。

「まったく、どうして任務の後の翌朝に召集しょうしゅうなんて掛かるかねぇ」

 すると、その隣を歩く三十代後半くらいの長身の男、丸山左近まるやまさこんも釣られて文句を漏らす。


 アマテラスの拠点である都市シェルター。そこは、昨夜の戦闘が嘘の様に平和で、小鳥のさえずりさえ聞こえてしまうほどにゆったりとした時が進んでいる。

 またの名を外壁区がいへきくと呼ぶ、この都市シェルターは高さ20メートルを誇り、ぶ厚い外壁で守られ、昼夜問わずアヤカシを防衛できる設備を整えてある。

 アヤカシが発生して十数年。人類はアヤカシによって多くの犠牲を払いながらも最低限の人類をこの分厚い壁で守り、人々に安寧あんねいの刻を与えた。

 彼らは昨夜、相手にした妖魔ようま・アヤカシの討伐依頼をこなしたばかりで充分な睡眠時間を確保できなかった。実際に作戦が終わったのは午後11時過ぎだったのだが、作戦後の報告処理などで実際に解散したのは日付が変わった夜中の1時だった。

 アマテラスの仕事である『アヤカシ討伐』は主に夕刻ゆうこくを過ぎた時間におこなうことが多い。その理由として、大半のアヤカシが夜行性であり普段は一目に隠れて身をひそめているからだ。まれに日中に行動しているアヤカシもいるが戦う機会は極めて少ない。

 そのためアヤカシ退治を生業なりわいとするアマテラスの活動時間は必然的に夜になる。

 作戦の翌日はほとんどの部隊は休みにしていることが多く、もちろん薙が隊長を務めるも例外ではなく普段なら休暇にしていた。

 だが、今日は支部長である道明寺千里どうみょうじせんりから直々の呼び出しがかかっているため休む訳にはいかなかった。

「ちーっす。薙、左近」

「おはようございます。薙センパイ。左近さん」

 すると薙の背後から2人組みの若い声が聞こえた。同じ部隊の汐月紗月しおつきさつき古賀天真こがてんまだった。

 肩まで伸びる長い金髪を小さなポニーテールでまとめ、着崩した制服にキラキラと光るアクセサリーを付けた手さげ鞄を持って現れた紗月。

 見た目こそ不良のたぐいに入る容姿だが、意外にも芯はしっかりとしていて、薙のように寝不足はしていないようだ。

 そして紗月の隣を歩いている天真という少年は正に優等生そのもの。服装の乱れが一切なく、他のメンバーとは正反対と言っても過言ではない。

「なんでお前ら、そんなに元気なんだよ?同じ時間に任務終わって帰ったのによ〜」

 左近は、同じ時間に解散したはずの紗月と天真の元気な様子に疑問を浮かべる。

「どうせあんたたち、帰ってから飲んでたんでしょ。さっさと寝ないからよ」

「いや、俺は明日早いからさっさと切り上げようって言ったんだけど、左近が…」

「ったく、分かってないなぁ。任務の後の汗水たらした後の酒が美味いんだろ。なんだかんだ言って薙助なぎすけだって結局飲んだろ?」

 どうやら薙と左近は昨日の作戦の後、酒をたしなんでいたようだった。

 左近は見た目通りというべき上戸じょうごなのだが、隣の薙も年齢的には立派に飲酒の許される年であり、たまに左近との付き合いで飲むことが多い。

「人の部屋に勝手に上がり込んできたやつの台詞せいふかよ。そんなに飲みたいなら一人で飲めばいいだろ」

 被害者面の薙が、ため息まじりになげく。

「つれねぇなぁ薙助。俺たちの仲だろ?」

 左近は、そんな薙のことをお構いなしに、うれしそうに近寄って薙の右肩に腕を乗せる。

 当の薙は「はいはいそうですか」と言わんばかりに左近の腕をどかしてそのまま歩く。

「そういえば話は変わりますけど、今回の支部長からの召集の話。それにしても驚きましたね。僕たちの部隊に入隊希望の申し出が掛かるなんて」

 挨拶代わりのくだらない会話に天真が本題に話を変える。今回支部長に呼ばれた要件とは、まさにそのことだった。

「新しいメンバーかぁ。たしかにどこかのタイミングで増員も視野に入れてたけど、よりにも寄って支部長からのオファーか」

 薙は今回の件のことで考えることがあった。

 アマテラスという組織は、アヤカシという脅威に立ち向かう一種の軍隊のような役割なのだが、その体系は今までの既存の軍隊とはまったく異なった形をしている。

 部隊全体を指揮する司令塔や、その命令の下部隊を動かす指揮官なんて者は存在せず、小隊と呼ばれる隊長1人を下に最大5人で形成されている少数精鋭で活動をするようになっている。

 この小隊も2年前に紗月と天真が来てからというもの、この4人で任務をおこなってきた。

 季節もちょうど春先。この時期になるとアマテラスには研修終わりの新人の神威かむいや、隊から抜けて独立している者が集まる頃合いであり、数ある他の小隊も増員を考えているところは少なくない。

 だが逆に、今の4人で満足のいく結果をだしていることから、仲間の命を預かる隊長として守るものを増やすもの悩みどころだ。

「どんな奴が来るんだろうな、薙助。どうせ来るならグラビアモデルみたいなボンキュッボン!な女性がいいなぁ!」

「俺に同意を求めるな」

 薙の悩みとは裏腹に、左近が理想の新しいメンバーを頭の中で考え口に出す。

「あんた、今あたしの胸見て言ったでしょ!最低だわ、このクソオヤジがっ!」

「ちょっと待てっ!別にそんなつもりで言ったんじゃないから、蹴るのはやめてー!」

 自らのコンプレックスをけなされたと勘違いした紗月が左近の背後に大きく蹴りを入れようとするも、焦った表情で左近は間一髪のところでそれをかわした。

「うおっと!」

 その反動で、隣で考え事をしていた薙に左近の身体が直撃して、薙はバランスを崩す。

「きゃあっ!」

 すると、ちょうど薙がよろけた隣に別の歩行者がいて、薙はその人と肩がぶつかり小さな悲鳴が聞こえた。

「ああ、ごめん。大丈夫だった?」

 肩をぶつけて尻餅をついていたのは10代半ばくらいの少女で、白く艶やかな肌と、肩まで伸びるきれいな赤髪が特徴的だった。

 特に彼女の髪は彼岸花のように真っ赤で、それを見た者は一瞬で脳裏に焼き付くような印象があった。

 そしてその少女が身につけている服は、薙たちも身につけているアマテラス指定の白を基調とした制服のため、彼女もアマテラスに属している者と言うことだけは見て分かった。

 薙は咄嗟とっさに少女に手を差し伸べたが、少女は尻餅をついたまま肩をふるわせている。どうやら怒っているようだと見て判断できた。

「何なのですか貴方あなたたち、通行の邪魔でしてよ!このような場所で喋ってないで前を向いて歩いたらどうかしら」

 その少女はこちらを見るや否や、一方的に薙たちに怒りをぶつけて来た。

 一目見た様子では大した怪我はなさそうだが、少女の真っ白な肌が赤みをおびているのを見て心底ご機嫌が優れない様子なのは誰の目にも明らかだった。

「どこか怪我はない?次から気をつけるよ。まったくお前らもくだらないことしてないでさっさと歩けよ」

「へ〜い」

 薙が少女に謝罪の意をみせ、紗月と左近に注意する。当の左近に関してまったくと言っていいほどに誠意がこもっていないようだが。

「まったく…。最前線と聞いて来てみれば、このような方々しかいないのかしら?冗談ではなくって?」

「あはは…すみません、今すぐどきますんで…」

「ちょっと、何よその言い草!なんか文句でもある訳!たしかにぶつかって来たのはこっちかもしれないけど、単に肩がぶつかっただけじゃないのよ。なのに、そんな風に言われる筋合いはないんですけど!?あんただってボーッと歩いてたんじゃないの!そんなに邪魔だったのならもっと距離開けて歩けばよかったじゃない!」

 文句を言ってきた少女に対して、最良の方法で解決しようと思った薙だったが、言葉の途中で怒った表情の紗月が被せるように反論してきた。

「な、なんですって!」

 だが、紗月の言葉にも一理あった。早朝であることから道行く人は少なく、しかも道自体も広いため、少しくらい大人数で幅を使っていたところでぶつかるはずもない。

 確信を突かれた少女の顔は更に真っ赤になり、紗月の顔を睨みつけるように見る。

「なぁ、頼むから落ち着いてくれ紗月。ぶつかったのは俺なんだから。そのへんにしてさぁ…」

「何言ってるのよ薙!あたしたち、馬鹿にされたんだよ!たかが肩がぶつかったくらいで、そこまで言われる筋合いはないわ!」

「肩がぶつかったくらいですって!?貴方たち。わたくしを誰だと思っているわけ?私はきたみか−−」

『−−−!』

 何かを言おうとしていたようだが、赤髪の少女は突然言葉を詰まらせた。彼女の視線がどことなく別のほうを向いているのに対して皆が疑問を浮かべた。

「いえ、なんでもございませんわ。ですが、それとこれとは話が別ですわ!」

 あれから少しの間ふたりの口論は続いたが、薙が誠意を込めて謝ってその場は収まった。だが次に会うことがあったらなにが起こるか分かったものではない。

 ただでさえ昨日の疲れが残っているのに、今のやり取りで一日分の体力を使った気分だ、と心の中で嘆く薙だった。


 宿舎から程近い場所にある建物がアマテラスの支部がある。アマテラスの敷地は都市シェルターの壁際に面してあり、敷地面積は一般的な大学のキャンパス程はあるだろう。

 建物自体は元から存在した建物を改築したものらしく、十数年前に出来たものとしては少し古くさい感じもするが、贅沢ぜいたくも言えない環境であるため文句を言う者はさほどいないようだ。

 支部に着いて薙たちは一直線に支部長室を訪れた。普通の部隊なら支部長室に用がある事自体が珍しく、入ったことのないという者も少なからずいる。

 だが逆に実力を付けた部隊などは、特別または極秘の任務を頼まれる時などに訪れることがある。今回の要件は新しいメンバーの勧誘と、なかなかに珍しい要件だ。

火天かてん第4小隊隊長・月影薙と隊員3名、入ります」

 薙が扉をノックすると、中から千里の「いいぞー」という軽い声が聞こえる。

 ちなみに小隊名の前に付く『火天』とは、全国各地にある十二の支部を識別するための名称で、それぞれの支部には仏教で用いられる十二天の名が付けられている。ここ火天支部はK県Y市を拠点として関東全域を取り仕切っているのだ。

 支部長室の扉を開けると、革製の黒い社長椅子に座って仕事をしている千里の姿があった。

 この支部長室に入った誰もが思うことだが、重役の部屋とは思えないくらい私物が乱雑している。横に見える飾り棚には無数の拳銃がきれいに飾ってあったり、来客用のテーブルには無数の酒瓶とたばこの空き箱が重要そうな書類と一緒になって投げてあっていたりと、重役の部屋としては色々と問題がある。

 知らずに入った人がいたら、まず支部長室にはみえない場所に、間違えたのかと出直して来てもおかしくはないだろう。それくらい汚い。

「おつとめご苦労。すまんな、任務が終わった翌日に呼び出して」

 千里はそう言って、資料から手を置き薙たちに目をやって話をする。

「本日、君たちを呼んだのは他でもない。前に月影に伝えたから全員聞いてはいるとは思うが、この小隊に新しいメンバーを紹介したいと考えている」

 その言葉を聞いて一同が「おお!」と期待を膨らませる声を上げる。

 アマテラスの規定上、小隊は隊長1人と隊員4人以下で構成しなければいけない。もちろん5人いなければいけない訳ではなく、今現在の編成のように4人編成もいれば2人だけで組んでいる少数精鋭部隊も少なからずいる。

 人数が多い分強力ではあるが、これには欠点もあり、報酬は分配して渡す義務があることから必然的に個々の報酬金は少なくなる。つまり報酬金を多くもらう場合は少ないメンバーで行ったほうが個々の報酬も多くなるということになる。

 今回の新メンバーの件は、数日前に千里からどうしてもと言われ承諾しょうだくしてしまった。言い方から察してなのは薄々感じ取れる。そもそも新人の場合なら支部長直々に頼み込むことでもないからだ。

 隊員の詳細まではまだ教えてもらっていないが であることも何となく察することができる。もちろん他言しなければ、こちらにも拒否権があるとのことだったので会うだけでもしておうこうと軽い気持ちで考えていた。

 軽く今回の一件について千里から話を聞いていると、扉の外からノックする音が聞こえた。千里が外に聞こえる声で入るように伝えると、ゆっくりと扉が開き外から一人の女性が入って来た。

「失礼します。北御門天音きたみかどあまね入ります…。って、貴方たち!?」

 顔を合わせた途端、両者に電流が走った。その子は、今朝の通勤中にぶつかって文句を言い出してきた赤髪の女の子だった。

「なんだ知り合いだったのか。それは好都合。彼女が今回入隊を希望してきた、北御門天音くんだ」

 千里以外誰も声が出せず、緊迫した雰囲気になる。まさかこんなにも早く会うことになるとは。

「どうして貴方たちがここに…。支部長、まさか彼らがわたくしの新しく入る部隊だとおっしゃるのですか!?」

 動揺した口調で天音は千里に問いかける。

「ん?そうだが。なに安心しろ北御門。彼らはうちの支部でも五つの指に入る実力者だ。充分、君の力になると思うぞ?」

 今朝の一件を知らない千里は淡々と話を進める。

「嘘でしょ!?こんな奴が私たちの部隊に入るってこと!?冗談じゃないわよ!」

 紗月が牙をむき出しで猛反対する。

「貴方、またそのようなことを!」

「まぁ待て紗月」

 天音が反発しようとした途端、千里が口を出す。

「その、なんだ。お前たちの間に何があったかなんて私は知らん。だが、こんな口論をしてもらちがあかんだろ?」

 さすがは実力者の言葉だ。たしかにその通りだと感じた天音と紗月は大人しく口を閉じた。

「話を戻すぞ。彼女は北御門天音という−−−」

 先ほどは驚いて名前を聞く暇もなかったが、再びその名前を聞いた途端、天真は耳を疑った。

「北御門?千里さん。まさかですが、その人は…」

「そうだ。驚くなよ彼女は…」

「そう、そのまさかですわ。わたくしこそ、北御門家の神魔じんま使い。北御門天音ですわ!」

 何かをさとった天真は千里に質問したが、千里の返答より先に天音が得意げに言い出す。

 自信満々に紹介をする天音に、小隊全員が口をあけて凍り付く。

「そりゃ急にそんなこと聞かされたら驚くわな」

 予想通りの反応に呆れる千里。

「北御門家ってあの使の血を引く名門の!?」

「ふふ、その通りですわ!」

 その名を聞いた天真は、驚くように目を輝かせていた。

「神魔使い、か…。存在は知っていたけど、まさかこんなところでお目にかかることになるなんてな」

 神魔とは今でも解析不明な点も多く、太古の昔より存在する悪魔の類いと言われている。そしてその神魔を従え戦わせることが出来る唯一の存在が神魔使いなのである。

 神魔使いは努力や修行でなれるものではなく、完全なる遺伝によって受け継がれる以外になることができず、その確率も極めて低いとされる。

 その中でも北御門家とは、その神魔使いを多く生み出した神魔使いの家元なのだ。

 そして今現在確認できるだけでも全国に30人もいない。それほど貴重な存在が今、目の前にいるのだ。

「で、でもどうしてそんな神魔使いさまが俺たちの部隊に配属なんですか?」

 驚きを隠せない薙は、事の経緯を千里に問いかける。

「それはな。北御門家からの命で天音を火天支部に所属させるように決まったからだ。そこで上層部は、ここの支部で実力も申し分ない君たち第4小隊に白羽しらはの矢を立てたということになる」

 なんとなく言いたいことは伝わったが、思いもしなかった事態に薙は、頭の処理が追いつかない様子だった。

「たしかにわたくしは実力者揃いの部隊を希望した筈ですが、彼らは本当に私が入隊するに相応ふさわしいのですの?今朝のふざけた言動を見て、そうは思いませんわ」

「あんたねぇ!」

 いちいち天音の口車に乗せられる紗月を押さえるも、紗月は言いたい放題言い返す。

「今朝も言ったけど、あたしたちの実力を見てない癖によくもそんな事言えるわね!そういうあんたはどうなのよ!?神魔使いとか言われてちやほやされてるようだけど、あんたにこの仕事が勤まるのかしら?」

「何ですって!?」

 プライドの高そうな口ぶりの天音だが、紗月の言葉に案の定、怒りを隠せないでいた。

「支部長。もっと別の部隊はないのですか?このような無礼者と共に行動などできるとは思えませんわ」

「だがなぁ、北御門。そう言って前の部隊もほんの一週間で降りたそうじゃないか」

 反発する天音だったが、千里の言葉に一瞬表情を曇らせた。

 話を聞くからに、天音は何度も別の部隊に入っては、気が合わない事を理由に部隊を降りているようだ。

 天真が言うには彼女は一部の部隊からは『孤狼ころう』や『孤独の令嬢』と言われているようで、単独行動が目立ち、協調性が欠けている部分があるらしい。

 特別な能力を持った強者つわもの故の悩みなのだろう。ここにいる誰もが一生知ることのない悩みだ。

「どうだ薙。彼女をお前の部隊に入れてやってはくれんか?さっきも話したが神魔使いが味方になれば敵無しだと思うのだが?」

 たしかにその通りだ。実際に神魔使いの力がどこまで強力なのかは知らないが、噂通りなら相当心強いだろう。

「あたしは反対!いくら強いからって協調性のないのと一緒に戦えなんて無理無理」

 紗月は頑に拒絶する。軽い見た目にだまされやすいが、以外にも仲間を一番に思っているのは彼女だ。そして彼女の意見ももちろん筋が通っている。

 せっかく練った作戦を無視されては作戦の意味がない。参謀さんぼうとしては最もな意見と言える。

「別にいいんじゃないか?俺っちは賛成だぜ」

 左近は天音の入隊に賛成らしい。

「こんなかわいい子が入ってくれるんなら願ったり叶ったりだ。いい加減さっちゃんのペチャパイも見飽きたし−−−って、痛っ!だから蹴んなっての!」

 まったく考えのない左近の意見とセクハラ発言に紗月が回し蹴りをいれる。左近の意見には賛同しかねるが、たしかに天音の容姿は誰もが認めるほどの美形であり、人並みには胸もある。

「僕も賛成です。たしかに僕たちも以前と比べて強くなってきた実感がありますし、色んなアヤカシを相手にできるようになりましたが、最近は少し成長に限界を感じてしまう節もありまして…。天音さんが入ってくれればもっと強いアヤカシに挑めると思うんです!」

 左近とは違い、真面目な天真らしい筋の通った意見だ。天真は小隊の中では最年少で唯一の陰陽術師おんみょうじゅつしのメンバー。落ち着いた性格故、自己主張が少ないが、年相応なチャレンジ精神のある頑張り屋でもある。逆にそれが空回りして皆に迷惑をかけてしまうことも何度かあったが、真面目な彼は、その失敗をしっかり次の任務に生かすことができるため、薙もきつく言うことはない。

「なによ、あんたたち。薙はどうなの?」

「え?あぁ、俺は…」

 急に振られた薙は考えるだけで結論を出せないでいた。

「そうだな…お前たち。そんなに決まらないなら勝負で決めてはどうだろうか」

「勝負?」

 千里の一言に一同が驚く。

「勝負って一体…。しかも、どうやって決めるんですか?」

 疑問に思った薙が千里に言う。

「まぁ対人同士での決闘はタブーとされているし、ここは一丁アヤカシ討伐で競ってもらうか」

 そう言った千里は机に積み重なった書類の中から一枚の依頼書を取り出した。

「この依頼でいいか。え〜、お前たち第4小隊の代表2人と北御門でこの作戦を遂行すいこうしてもらう」

 なにも考えないで抜き取った依頼書を手に持って千里は話を進める。

「勝負の内容は至ってシンプル。より多くのアヤカシを討伐した方が勝ちとする」

 つまり第4小隊が多く倒せば天音は小隊に入り、逆に天音が多く倒せばこの話はなかったことになる。

 天音は神魔使いのため神魔分を一人とカウントして、第4小隊は4人のうち2人を選んで戦うことになる。

「なんで勝手に勝負する流れになってるんですか?あたしはやらないから!」

 紗月は喧嘩腰に千里に訴える。天音を入隊させることを前提に話が進んでいることに腹を立てているようだ。

わたくしは一向に構いませんわよ?どうせ勝つのは私ですから」

 自信満々に言い放つ天音。相当自信があるようだ。

「でもやるとしたら誰が出るんですか?」

 天真が小さな声で言う。

「あたしは嫌よ。もし出ることになっても、あたし終わるまで何もしないで立ってるから」

 紗月は断固拒否している。

「痛たた…!急に頭が!二日酔いかなぁ。こりゃ戦闘なんて無理だわ」

 左近に目を合わせた途端、急に言い訳じみた猿芝居を始める。あれだけ賛成しておきながら肝心な時に協力はしてくれないようだ。

「はぁ…。マジかよ」

 紗月と左近が出たくないということは、必然的に薙と天真が選ばれることになる。

「決まったようだな。それじゃ、早速現場に向かうぞ」

 意気揚々と千里が立ち上がって出かける準備をする。

「ちょっと待ってください!まだ決まってないし、って今から!?」

 薙が驚いたように千里に言いかかる。

「そりゃ、今日決めてもらわないと行けないからって上から言われてるし、諦めて勝負しろ」

「マジかよ…」

 呆然ぼうぜんとする薙。天真は状況がのみ込めず口をあけて放心状態だ。

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