〈 side shuji 〉

第一話 ドキドキいっぱい初デート

 僕の、か、彼女の美乃みの……早河はやかわさんは、僕なんかには勿体無いくらいすごく綺麗で、すごく可愛い。


 だからほら、一緒にいると中学生位の男の子から大学生位の男の人まで、彼女連れの人だって誰もが振り返る。

 誰もが、


「あのコ、綺麗系でちょー可愛いんだけど、一緒にいるのって彼氏だよな?」

「はあ? なワケねーだろ。どう見たって弟だって。……もしくは、妹? あの萌え袖やべーよな」


 そう噂する。

 隣で僕を窺う早河さんは全然気にしてる様子無いけど。


「……佐和さわ、もう落ち着いた?」


「あっ、うん、本当にごめんね」


「別にいいけど、まさか映画でここまで泣くとは思わなかった」


 十一月下旬の日曜日、大型ショッピングモール五階にある映画館のロビー。そこに設置されたソファに、タオルハンカチを両手で顔に当てる僕と、ポケットティッシュを手にした早河さんが並んで座る。

 まもなくお昼、ちょうど上映時間を迎えるシアターにたくさんのお客さんが入ったところで、さっきよりもロビーにいる人の数は減ってくれた。

 でも、ここが薄暗い作りで本当に良かった。僕が泣いてたって気付く人もそういないだろうし。


 微笑した後、早河さんがポケットティッシュをショルダーバッグにしまう。私服姿の早河さんを見るのは今日で二度目だけど、二時間半も隣に座って一緒に映画を観てたけど、改めて思う。


 早河さんて、こんなに可愛かったっけ……。


 なんか、学校で会う時より緊張する。普段はあまり見ない、髪を横で結んでるからかな? 柔らかそうな素材のスカートのせいかな? いつもよりキュートだけど大人っぽくも見えて、ドキドキそわそわ、僕の心は落ち着かない。


 それに比べて、僕は……。


「だって、あれは絶対『恋』だったよねっ? アンドロイド同士でも、人間と同じ感情は持って無かったとしてもっ。あれは……あれは絶対、相手を思いやった行動で。それなのに、やっと、一緒に、なれ、たのが、廃棄処理、施設だなんてぇぇ……っうー」


「分かったからっ、それ以上泣いたら置いてくよ!」


「わぁっ、ごめんなさい!」


 感動の余韻に浸ってる早河さんの横で、エンドロールに入った途端、誰よりも大号泣してしまった僕。泣ける映画を観るといつもこうだけど、今日は朝からずっとこんな調子で、早河さんに全然いいところを見せられていない。


 早河さんと付き合い始めて約二週間。僕にとって今日は、正真正銘人生初の、か、彼女とのデートなのにっ。


 まだ信じられない。早河さんが僕のこと、すっ、好きだなんて。



 早河さんにはずっと片想いしている相手がいた。お隣に住む幼馴染の真中まなか壮空そらくん。僕とは正反対で、背が高くてイケメンで優しくて、勿論モテて。


 じっと見つめられると食べられちゃいそうなくらい目力が強くて、いつも余裕って雰囲気に胸がキュンとしそうで、近付くと爽やかな香りに包まれて、僕を抱き締める力強い腕にドキドキが止まらな……。


 あれ、何の話だったっけ?

 とにかく真中くんと早河さんは、誰の目にも一緒にいるのが自然で、特別な繋がりが見え隠れしてて、誰よりも絵になる二人だったから、僕の入れる隙間なんて無いと思ってた。


 真中くんのことで心を痛めて泣く、強そうに見えて、本当は人一倍臆病で、一途な早河さんの気持ちに気付いた時、力になりたいって思った。本気で両想いになって欲しいって思った。


 いつしかそれが、守ってあげたいに変わって、 泣き顔を見る度、それを笑顔に変えたくて、その笑顔を、ずっと隣で見ていたくなったんだ。


 一生、言うつもりなんて無かったから、文化祭の打ち上げの日、早河さんから告白された時は本当に驚いて、驚き過ぎて、実はその時の記憶がかなり曖昧だったりする。


 なんて言ったら、また怒られちゃうかなぁ。


「本当にごめんね。僕、泣いてばっかりで迷惑かけて。一緒にいるの、恥ずかしいよね?」


 つい癖で正座してしまった僕がもう一度謝ると、早河さんがはっとした後で顔を曇らせた。


「……私こそ、ごめん。こんな怒ってばっかりの彼女、イヤだよね? こういうところが可愛くないって自分でも分かってるんだけど。ごめん、気を付ける」


 今度は僕がはっとした。


「そんなことないよっ。僕は素直に色んな感情を見せてくれる早河さんのこと、すごく可愛いって思う。だから遠慮しないで、どんどん怒っていいよっ。ありのままの色んな感情を僕に見せてよ!」


「あ、りがと」


「あっ、いや、ごめっ、なんか変なこと言っちゃったかも……えーと、えーと、その……」


 勢いで言ってしまって、たぶん今、赤面し合ってる僕たち。顔が見られなくて、僕は両手を頰に当てた。熱い。


「あ、佐和っ。あの……っ」


「う、うん?」


「……じゃ、じゃあ、好き?」


「えっ? な、何のことっ?」


 早河さんの突然の一言に、思わずドッキンと心臓が鳴って、声が裏返った。

 え、映画のことかなっ?


「わ、私のこと……っ、好き?」


「えええーっ!? な、何? 何でっ、急っ、ゲホッゴホッ」


 まさかの、そっちーっ!?

 むせた。


「いいから、答えてよっ! こんな私でも好きって思ってくれてるのっ?」


 暗がりでも分かる位真っ赤になってる早河さんに、僕も負けじと咳き込みながら赤面を返す。


「あっ、も、もちろんだよ! ……す、好き、です」


 本当のことだけど、大きな声でなんて言えないっ。


「……聞こえない」


「ウソ! 聞こえてるよねっ?」


「やだっ。もう一回、ちゃんと言って!」


「えぇー……」


 やだって、早河さん可愛すぎる……。だから、そういうところが本当に。


「ぼ、僕はそのままの早河さんが、好きです」


 恥ずかし過ぎて上目遣いでしか見られないけど、そう言い直した僕を見て、早河さんが心底安心した顔で笑う。

 みんなこんなこと、平気で言い合ったりしてるんだぁ。

 僕は目眩を起こしそうな位身体中が熱くて、自分のものって思えない位の速度で鳴る心臓に耐えかねて、早河さんから視線を逸らしてしまう。


 どうしてだろう。付き合ってからの方が、ずっと見ていたかったはずの笑顔を見られなくなるなんて。


 可愛い、早……み、のり……。


 時々、確認するように僕に「好き?」って聞いてくる美乃梨みのり。何となく、好きだよって言葉を聞きたがってる感じがする。


 不安なのかな? どうして? 僕はこんなに美乃梨のことが好きなのに。どうしたら信じてくれる? どうしたら安心させてあげられる?


 僕の「好き」で輝きを増すその笑顔に触れて、聞いてみてもいいのかな。


 触れて、みたいな……。


 そっと伸ばした右手に美乃梨が気付いて動きを止める。頬にかかる髪に近付く指先が震えそう。


「佐、和……?」


 今は、『柊二しゅうじ』がいいな。


「美乃梨……」


 好きだよ。










 ぐううぅぅぅ。



 へっ? 何この地響きみたいな音?


「……佐和、お腹、空いたの?」


「えっ? ……って、わぁっ! ごごご、ごめん! あれっ、僕、何してっ?」


 早河さんの頰まで五mmに迫ってた自分の手を慌てて振り上げると、びっくり顔で僕を見つめてる早河さん。同時に今度は高い音で鳴り出した僕のお腹を、急いで隠すように両手で押さえる。


 わーっ、どうしようっ? 恥ずかしいよー! とりあえず、静まれ僕のお腹の虫ー!


 一人でわたわた焦って、赤くなったりお腹を抱えて丸くなってると、ぷっと早河さんが吹き出す声が聞こえた。


「あはははっ。そんなにお腹空いてたんなら早く言ってくれればいいのに。佐和って、本っ当に可愛いよねーっ」


 大爆笑してる早河さんと今すぐこの場から逃げ出したい僕の目に、それぞれ別の涙が滲む。


 僕は可愛いって言われるより、かっこいいって言われたいのにーっ! とか、言ってる場合じゃなーいっ。えーんっ。


「き、昨日の夜から僕、緊張し過ぎて食欲無くて、今朝も全然ご飯食べられなかったからぁっ。でも、何で今、鳴るのぉ?」


 更に今日の為にスマホで初デートマニュアル熟読しててお風呂でのぼせたとか、絶っ対言えないっ。


 早河さんこそ、本当に僕が、か、彼氏でいいのかな? 付き合ったこと、後悔してないのかな?

 全然自信無い。でも、聞く勇気も無い。


 もう一度ふふっと笑った後でスッと席を立つ早河さんを上目遣いで見上げる。


「そう言えば、名前で呼び合うの忘れてたね。行こう? 柊二」


 絶対、僕の方が美乃梨を好きだ。だってその微笑みには、何を言われても「はい」しか返せないよ。


 また胸の奥を掴まれて、今すぐにでも触れていたくなる。

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