第21話 特別な日に
クリスマスイヴの前夜、十二月二十三日。
私たちは家族で
ゲームが一区切したところで私はソワソワしながら壮空に切り出した。
「壮空、ちょっとだけうちに来て」
「何?」
「壮空に見て欲しいものがあるから」
両親たちにその旨告げて「早く、早くっ」て壮空の家を出ると、しんと冷えた空気に白い息が弾む。もしかすると、今年はホワイトクリスマスになるのかもしれない。
「美乃梨」
壮空に呼ばれて振り向くと、
「これ着てろ」
肩から大きめのコートを掛けてくれた。
「すぐそこだから大丈夫だよ。それにこれ、壮空のじゃん」
「いいから着てろって」
「雪降りそうだなー」って肩すぼめてパンツのポケットに手を掛けながらさっさと歩き出す壮空。自分は何も羽織ってないのに。
小走りで追いついて壮空の隣に並ぶ。
「ありがとう、壮空」
素直にお礼を伝えると、驚いたみたいに壮空が一回瞬きした後、照れくさそうに「ん」って下を向いて歩く。最近、壮空のこんな表情を見ることが増えた気がする。それは決まって、こんな風に私が素直に何かを伝えた時のような気がして、ちょっとくすぐったい。
まだ全部じゃないけど、少しずつ壮空にも自然体の自分でいられるようになってきた。
それはきっと……。
「見て欲しいものって何?」
期待を隠し切れない様子の壮空に「あ、ごめん。服なんだけどね……」って先に謝りつつ階段を上り、二人で私の部屋へと入る。
「ね、これとこれ、どっちがいいと思う?」
ベッドの上には普段より少しオシャレした二パターンのコーディネート。勿論、全部、私の服と小物だけど。
「右」
多少がっかりした様子で壮空は即答。うん、壮空なら右だと思った。
「じゃあ左にしようっと」
「……何だそれ。なら聞くなよ」
「ううん。壮空の意見、参考になるよー」
たぶんイラッとした壮空が、あからさまにため息を吐く。でも、私は嬉しさを隠し切れない。
——
明日は柊二とデートだと思うと、自然に顔が笑ってしまう。
知らなかった。
両想いって、好きな人と付き合うのって、こんなに楽しかったんだ!
柊二は、「柊二」って名前呼ばれるのも、「美乃梨」って名前呼ぶのも真っ赤になっていつも照れる。だから普段は「早河さん」で、二人きりになった時に「美乃梨」って呼ぶ練習をしてる。付き合って一ヶ月と少し、五回に一回位は美乃梨って呼んでくれるようになったかな。
でも、愛海につられて教室で「みのりん」って呼んじゃった時には泣きそうな位赤面してて、私はそれが可愛い過ぎていつまでも笑っちゃった。
私は今、朝は壮空と登校して、帰りは柊二と下校する。早く帰れる日には柊二が私の家まで送ってくれて、柊二の委員会なんかで遅くなった日には私が柊二を駅まで送る。
でも、駅までの距離の方が短いから「寒いし、早く帰っていいよ」って言われても、改札前でお互いの姿が見えなくなるまで手を振り合っちゃう。
授業は勿論サボってない。
苦手な数学は柊二が分かるまで優しく教えてくれた。
でも、ずっと付きっきりになるから「これじゃ、柊二が勉強できないよね、ごめん」って謝ると「じゃあ、早河さんがこれ全部一人で解けたら、頭撫でてもいいですか?」って言われてめちゃくちゃ頑張ったら成績が上がった。そのせいで、期末試験の後に担任が「お前頑張ったなーっ!」て頭ガシガシ掴んできたから「よく頑張りました」ってその倍、もう一度柊二に頭撫でてもらって癒された。
お昼は愛海も一緒に三人で。教室だったり、学食だったり、でも「お昼はあたしがみのりん独占する時間っ」て愛海が必ず真ん中にいるから、柊二とは時々目を合わせて微笑むだけになっちゃうけど、今までよりお弁当が美味しく感じちゃう。
休みの日にはデートもした。
映画館近くのベンチに並んで座った時「好き?」って私が唐突に聞くと、柊二は真っ赤になって「好きです」って小さな声で言うから「ちゃんと言って」って少しわがまま言うと、目を見て言い直すのにやっぱり最後は視線逸らしちゃうのが愛しくて。
一緒に銀杏並木の下を歩いてて偶然手が触れちゃった時に思わず顔見合わせて、私が「いいよ」って言うと戸惑う柊二の姿にモヤッとして。拗ねたフリしてそっぽ向くと、急にぎゅっと柊二が手を握って来て「こっちの方が温かいよね」って言い訳するクセに、別れ際には名残惜しそうにもう一回強く握ってから手を離す柊二に、私は感情全部持ってかれちゃう。
毎日、また逢える明日までを長く感じてしまう。一秒でも早く逢いたいって思ってしまう。
だから寝るまで、新しいメッセージの通知を気にしちゃうんだ。
明日はもっと特別な一日を過ごせるといいな。
壮空もいつも、彼女と付き合う時はこんな気持ちだったのかな。
でも、壮空は今フリー。
文化祭前日に元カノと別れたって聞いた以降、未だに誰とも付き合っていない。
珍しい、かも。
「ごめん、これだけ聞きたかっただけだから。戻ろっか」
「いいけど。……美乃梨、それ、いつ着んの?」
何故か向こうを向いたまま訊ねる壮空に、私は明るい声で答える。
「明日。柊二と朝からデートだから。でね、夜はイルミネーションも見て……」
「もういいっ。そこまで聞いてねー」
抑えた声で言うなり、足早に部屋を出て行く壮空。今日は特別な日なのに怒らせちゃったのかな。
私は慌てて後を追い掛けて、既に階段を降り始めてた壮空に追い付く。
「ね、ねぇ?」
「何」
振り返らない壮空に何か話題を振りたくて、壮空にとって特別な今日だけは笑顔でいて欲しくて、深く考えもせずにその話をした。
私は浮かれ過ぎてたのかもしれない。
壮空の恋愛には干渉しないって決めてた筈なのに。
どこかで身勝手に、壮空とこの幸せな気持ちを共有できたらなんて心の底では思ってたのかもしれない。
でも、もう遅い。
「壮空は次の彼女作らないの? 後夜祭の時もだし、この前も二組の子から告白されて断ったって聞いたから。壮空のタイプだったのに珍しいよね。うちのクラスの女子も……」
不意に立ち止まった壮空の空気がピリリと変わったのが分かった。
丁度、私と壮空の背丈が同じになる段差で壮空が私を振り返る。その一瞬、睨むような目で私を見る壮空を今まで一度も見たことが無くて、言いようの無い不安で身体が動かなくなった。
「それ、美乃梨が聞く?」
静かに、けれど強い意思を込めて壮空が問う。何かに縛られたように私は全身が硬直して、問い返すのが精一杯だった。
「どういう、意味……?」
壮空の手が動いて、次第に苦しそうな表情に変わった後、
「じゃあ、あいつから、佐和から美乃梨のこと奪っていい?」
「ちょっ、そ、ら……っ!」
これ以上近付きようのない位、壮空の顔が近付いて、唇が触れた。
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