第20話 心からの告白

 約二ヶ月間担ってきた文化祭実行委員の大役を終えて私服に着替えた今、達成感と安堵感で私は心身共に緩んでた。しかも、明らかに委員長の罪滅ぼしでも最優秀賞を獲得したことで打ち上げも盛り上がってるし、クラスの仲もより深まった気がする。私も今まで話したことも無かった子たちと関われたり、実行委員をやって本当に良かったって、照れくさいけど今は思う。その打ち上げも終盤に差し掛かった頃、予約してたお店の一角で私は愛海と二人、並んで話してた。


「まさか本物の制服使うとはねー」


 オレンジジュースのグラスを突きながら愛海が感心して言うと、ちょっと誇らしくなって顔が笑う。今回の立役者は全部佐和だって思うから。


「ね。佐和って頼りなさそうに見えて、裏では色々考えてるタイプだったんだよね。うちのクラスもそうやって転がされてるのかも」


「みのりん、それ褒めてるんだよね?」


 苦笑する愛海に、私は手の中のアイスティーをストローで一度かき回す。目の前に本人がいないからか、重圧から解放された反動なのか、いつもより言葉数が多くなってるのが自分でも分かる。


「うん。私服も許容範囲だったし。一緒に実行委員してみて初めて知ったんだけど、佐和、思ったよりかっこ良かった」


「あはは。みのりんは壮空そらっちが基準だもんねー。初めてじゃない? みのりんが他の男子褒めるなんて。そのまま伝えたら、佐和ぽん涙流して喜びそう」


 壮空は、また新しい彼女ができたかな。諦めにも似た思いでアイスティーを一口飲む。私を解す、ストレートティー。


「そう、だっけ?」


「そうだよー。さっきみたいな顔、壮空っちにしか見せたことないのにね?」


「えっ?」


 私、どんな顔してたんだろうって両手で頰に触れてみる。今は愛海が言うから赤くなってる気はするけど。


「ほら、そういうの、可愛いー。うん、やっぱ伝えてきなよ、今すぐ。ほら早くー」


「えっ、い、今すぐって。よ、喜ぶかな、佐和。私が言って」


 急かす愛海に何故か一番にそんなことが気になった。


「えー、みのりんが言うから喜ぶんだよ。佐和ぽん、みのりんのこと好きになるんじゃない? なんて、もうなってたりしてー?」


 はしゃぐ愛海に今度は胸が騒ぎ出す。


 ——佐和が、私を……?


 文化祭前日、後夜祭の時、何か言いかけてた佐和。あれは何?


 いつも私に共感してくれて、いつも私を励ましてくれて、何より佐和といるといつも心が温かくなる。だからかな、もしそうだったとしても全然嫌じゃない。


 嫌じゃないんだ、私。


 そう思うと途端に頭の中が佐和でいっぱいになる。撫でられた頭と、ぐっと強く引かれた腕が熱くなって、いつもと違う佐和の顔を思い出す。


 けれど、この感情が何なのか、自覚するのは怖い気がする。だって私は、痛みと背中合わせの想いしか知らない。期待すればする程苦しくて、辛い思いしかしたことがない。


 でも、それを溶かしてくれてたのも佐和なんだ。


 その事実に心が違う音を奏で出す。はっきり自分の気持ちが分かった訳じゃない。ただ思うのは、


 もっと佐和と話したい。


 佐和となら、佐和とだったら、ゆっくり自分と向き合っていける気がする。

 私の一方的な望みじゃなければ。


「……でも、佐和と私じゃ全然釣り合わないよね?」


 声が、震えそう。愛海にこんなこと聞いて「うん」って言われたら、この望みにも蓋をするんだろうか。

 返って来た愛海の答えは。


「何で?」


「えっ。な、何でって……佐和にはもっと可愛くて、優しくて、真面目な感じの子の方が合ってると思うし……」


 自分とは正反対の子を挙げながら、ズキズキと胸が痛むのを感じる。笑えなくて下を向く私に愛海が「じゃなくてー」ってクスクス笑ってる。


「何でそんなこと聞くの? だってみのりん、今まで付き合った人やめなよって言ったって聞いたこと無かったのに」


「あ……っ」


 返す言葉が浮かばない。そんな私に満面の笑みで愛海が続ける。


「いいじゃんたまには当たって砕けろでもさ。佐和ぽんに今の素直な気持ち、伝えておいでよ。砕けたら慰めてあげるから、いや、佐和ぽんに仕返ししとくから!」


「違うのっ。私まだ自分でも自分の気持ちが分かってなくて、ただ話したいって思ってて……」


「大丈夫。今言ったとおり、そのまま伝えればいいんだよ。だってみのりんの気持ちは、みのりん以外伝えられる人はいないんだよ。その話したいって気持ち、もっと大事にしてあげなよ。まあ、みのりんがにこっと笑えば佐和ぽんなんてイチコロだけど」


 ——今の、そのまま? 話したいって気持ちを、佐和に?


 それなら……。


「う、うんっ。伝えてみる!」


 勢いよく席を立って佐和を探す。一通り周りを見渡すけど姿は見えない。


「あれっ、佐和は?」


「えー、さっきまでいたけど。ねぇ、誰か佐和知らない?」


 最後に佐和がいた席でクラスメイトに聞くと「何かさっきレジの方行ってたかも」という返事。私は逸る気持ちを隠しきれないまま急いでレジへ向かった。


「佐和っ」


「はっ、早河さんっ?」


 レジの横で店員さんから何かを受け取った佐和がビクリとして振り返った。何だか今見る佐和は、少し眩しく感じる気もしてまともに顔が見られない。緊張して俯いてしまう。


「し、支払い、してくれてたの?」


「あっ、じゃなくて……ちょっとお店の人に預かって貰ってたものがあって……」


「そ、そうなんだ。えっと、佐和、私ちょっと話したいことが……」


「あのっ、早河さん、これっ!」


 私を遮って大きな声を出す佐和に驚いて、思わず顔を上げた。店内がうるさくなかったら大注目を浴びてたかもしれない。


「え、何?」


 見ると佐和が両手を突き出して頭を下げ、私に少しマチの広い紙袋を差し出してる。


「こ、これはっ、そのっ、そう! お詫びですっ」


「え、お詫び? 何、お詫びって」


「あっ、えっと、あの」


 佐和の予想外の言動に、私は緊張を忘れて聞き返す。今は佐和の方が緊張してる。


「あのっ、ごめん、僕っ、文化祭の間、早河さんに余計な仕事までお願いしてたからっ。だから、ごめんなさいっ」


 再び佐和が先程と同じ体勢で深く頭を下げる。全然意味が分からない。


「どうして?」


「どう、してって、それは……」


「何?」


「……ぼ、僕が楽したくて」


 益々意味が分からない。だって佐和は常に私と一緒に仕事して、更にクラス委員の仕事までこなしてたんだから。


「どういうこと? ていうか、そういう理由なら何もいらないんだけど」


「……っ!」


 言い淀む佐和。彷徨わせる視線に嘘だってすぐ分かる。


「佐和、本当のこと言って。佐和だって私と一緒に仕事してたよね? 何か今日の佐和おかしいよ。本当は何?」


 純粋に訊ねる私に言葉を探してた様子の佐和が、やがて複雑な顔のままで口を開いた。


「……本当は、早河さんが文化祭準備頑張ったお礼、です。この前のあれじゃ、やっぱり全然足りないかなって思って……」


 小さく一つ、胸が鳴った。この前って、頭を撫でてくれたこと?


「でも、それなら今、打ち上げで……」


「いや、これはそのっ、僕が個人的にしたかったっていうか……」


 更に一つ胸が弾むと、温かいリズムを刻み出す。私はそっと佐和の手から紙袋を受け取った。


「見てもいい?」


「あっ、うん。勿論……」


 小さな、花束だ。


「は、早河さんの華やかなイメージに合うかなって思ったんだけど……」


 薔薇と、ダリア、かな?


「って、変だよね、僕なんかがっ。あの、やっぱりこれは……っ」


 真っ赤になった佐和が私の持っていた紙袋の端を掴む。と同時に、ポロポロっと二つの光る雫が続けて赤い薔薇を濡らした。


「あり、がと」


「え?」


「ありがとう。めちゃくちゃ嬉しい……」


 ほら、やっぱり佐和はいつでも私の心を温かく包む。


「ええっ、僕、泣かせるつもりじゃ……」


 ぎこちなく、佐和がそっと頭に手を置いてくれる。そこからまた優しい温もりが増えていって、伝えたくなる。

 私はぱっと顔を上げた。


「わぁっ、ご、ごめんなさい!」


「佐和、私と付き合って」


 自然と、そう言ってた。


「う、うん。えっと、どこに?」


「やめて。こんな時に天然発揮しないで」


「え、ええっ? つ、つつつ、付き合うって、つまり、その……」


「私、佐和が好き」


 高鳴る鼓動の中、今、初めて自覚した想いを素直に伝えた。


「えっ、すすす、好きっ? 好きってっ! と、突然過ぎて、僕っ……は、早河さんにそんなこと、言われるなんて」


「困らせた、かな?」


「あっ、うん。えっ、違……っ」


「……分かった」


「えっ?」


「それだけ伝えたかっただけだから。ごめん、変なこと言って。席、戻るね」


 戸惑う佐和に例え届かなかったとしても、言えて良かった。私の好きはいつも痛みを伴うけれど、今日のは全然嫌じゃない。溢れる涙はやっぱり温かい気がして紙袋ごと想いを抱き締めた。


「ま、待ってっ! 違うからっ」


 佐和が慌てて私の腕を掴む。その顔は火が出そうな位真っ赤で、「どこに」って言われた瞬間若干引いた私よりたぶん緊張してる。


 その佐和が、深呼吸して覚悟を決めたように真剣な表情をすると、途端に私は動けなくなって、佐和だけを想って鳴る鼓動に支配される。


「は、早河さん、綺麗だし。真中君も、付き合ってた人もかっこいい人ばかりだから、僕なんか相手にされないって思ってた」


 佐和に目だけで先を促す。


「き、昨日、家族ぐるみで仲良い二人を見た時には本物の恋人同士みたいに見えて、早河さんにはやっぱり真中君が合ってるなって、二人はこのまま本当に付き合うんだろうなって思ったら、嬉しい筈なのにそう思えない自分がいて。だから余計な仕事頼んで、その時間が少しでも延びたらなんて……。相談に乗るって、早河さんの気持ちが届けばいいって言ったのに、僕……」


「それ、って……?」


 佐和の目からポロポロと涙が溢れ出す。でも、真っ直ぐ視線だけは逸らさずに伝えてくれた。


「僕も、早河さんのことが好きになりました。だからもう、真中君との相談には答えられません……」


 紙袋を抱いたまま私は一歩踏み出した。


「わぁっ」


 佐和が驚いて固まる。佐和の目の前、すれすれの距離で花束だけを取り出して二人の間に置くと、薔薇の香りに包まれた。


「初めて言われた、好きな人に好きって。初めてだ、両想い……」


 温かい嬉し涙がとめどなく溢れてくる。こんな気持ち初めてで、愛おしくて、自分一人じゃ持て余しそうで。


「早河さ……」


「私と、付き合ってくれる?」


「……っ、はい」


「佐和、好き……」


 トンっと額で佐和の肩に触れた瞬間。


「もっ、もうこれ以上はキャパオーバーです!」


 佐和が壁際まで後ずさって行った。

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