第16話 トラブル発生

 文化祭一週間前。午後の授業時間全てを準備時間として使えるようになった初日に最大の問題が起きた。

 カフェで使うギャルソン服とメイド服の貸し出し不可という回答が委員長名で返って来た。理由は、借用書類未提出の為。

 そんな筈ない。


 このことを私と佐和は昼休み終了直後のまさに今、教室で副委員長から聞かされた。


「え、でも、提出書類は確認して全部……」


「とりあえず委員長のところに行こう、早河さん」


「う、うん」


 動揺する私を真剣な顔の佐和が促す。クラス委員もこなし昨年も実行委員だった経験の差なのか。私の先に立って歩く佐和の後を追うようにして、私も教室を出た。


「いや、見てないけど」


 中央広場で作業していた委員長をやっと見つけて確認した結果がこれ。


「でも……っ」


「確実に提出したって証拠でもあんの?」


 食い下がる私に委員長が尊大に対応する。いつも人を見下したような態度が最初から嫌だった。でも、このまま引き下がる訳にはいかない。証拠は無くても確実に提出した自信はある。


「そんなの無いですけど、そもそも優先的にって約束……」


「そんな約束した覚えないけどなー。それにもう他のクラスで使うこと決まってるから。どうしてもって言うならクラス教えるし委員同士で話でもしてみればー? まあ、言われた方も今更困るだろうけど」


 薄笑いを浮かべ平気で嘘をつく委員長に今までの不満も合わせてキレそうになった。

 この顔、見返り求めて「それよりさぁ」って壁ドンしてきた時と同じでホント腹立つ。私に壁ドンして許されるのは一人しかいないのに。……してくれたこと無いけど。


 ——あれ、見返り?


 制服を試着させて貰った代わりに出された要求。もしこれが、それを断ったからだったら?


 ——あ、私のせいだ。あの時、委員長とのデートを断ったから。


「……私が、断った嫌がらせですか?」


「は?」


 私の問いに短く感情を露わにする委員長の顔が、それが憶測でないことを物語る。その漂う空気に佐和が不安げに私の名前を呼んだけれど、私の怒りは止まらない。


「やることが子ども……」


「早河さん、待って!」


 そのまま委員長に感情をぶつけそうになった私の腕を引き、佐和が私と委員長の間に立った。


「あの、本当に僕たちが提出し忘れたんですよね?」


 私が声を出す前に佐和が委員長に純粋に問う。委員長の目が一瞬泳いだ。


「あ、ああ……そうだって何度も……」


「本当に僕たちのミスなんですよね?」


「ちょっと、佐和、そんな訳……っ」


 ——二人で確認したじゃんっ。


「しつこいなぁ! だからそうだって……っ」


「分かりました」


「え?」


 委員長と私が同時に佐和を見る。佐和は真っ直ぐ委員長に正対して、


「僕らで対処します。失礼しました。行こう、早河さん」


 静かにそう言うと、また先に立って歩き始めた。私は慌てて佐和の後を追う。


「待ってよ、佐和。あれは委員長の……っ」


 佐和が渡り廊下の手前でピタリと立ち止まった。


「何の話?」


「え?」


「早河さんが断ったって」


 振り返った佐和の顔は委員長に正対した時と同じ真剣そのものだった。


 ——そう言えばこの話、佐和にはしてなかったんだ。


「あ……、私が一人で委員会に出席した日に委員長に制服試着させた代わりにデートしろって言われて、断ったの。だから今回の件はその嫌がらせだと思う……」


 申し訳なくて俯く私に佐和が小さく「そっか。ごめんね」と呟いた。佐和が謝る理由が分からなくて顔を上げると、酷く傷付いたような顔で微笑む佐和と目が合ってズキリと胸が痛んだ。


 それから教室に戻ってクラスメイトたちに説明を始めるまで無言だった佐和の心情が読めなくて、私は何も声を掛けられなかった。



 制服のことを説明すると、言い易い佐和に非難が集中した。「どういうことだよ」って声に佐和は「本当にごめん」って真摯に対応する。


 ——佐和が悪いんじゃないのに。委員長の嫌がらせなのに。それに、元はと言えば。


 堪らなくなって、私は佐和の前に立った。


「それ、佐和じゃなくて私のせいだから。佐和のこと責めないで」


 私の言葉に先頭に立って騒いでいた男子が怯むと、教室中がしんと静まり返った。


「……でも、実際どうすんだよ。予算も時間も無いのに」


 その男子の言うとおり、問題は何も解決していない。

 浮くと思ってた制服分の予算は他に割り当てている。必要数は八着。借りるにしても作るにしても、今からその予算を捻出するには全体的な見直しが必要になる。

 それでも佐和が一方的に責められる姿を見ていると無性に腹が立って、


「明日までには結論出す。文句はそれから言って」


 当ても無いのに言い切った。教室に嫌な空気が流れる。それを破ったのは、


「早河さんの言うとおりできるだけ僕らで対応するから、今日は他の作業を進めよう」


 努めて明るい佐和の声だった。佐和が私の横に立ち、今度は真剣な表情を見せる。


「でも、もしも協力が必要になったら改めてお願いさせて貰えるかな。せっかくここまでみんなで頑張って来たんだから、最後までみんなと一緒に作り上げたいんだ」


 その顔に、あの日「僕じゃダメだよ」って言ってくれた時の、自分が嫌いだって言った私を励ましてくれた時の佐和の顔が重なる。

 今度は私が助けたい。


「お願いします」


「早河さ……」


 みんなの前で深く頭を下げた私に、佐和も無言で続く。


「よっし、じゃあみんなで作業の続きやろうよ。みのりん知ってる? メニューなんてインスタ映え狙ってすごいのできそうだよ。文化祭にトラブルなんてよくあることじゃん。むしろ今日まで大きな問題無かったの、すごくないっ? そもそもカフェの企画通ったのって二人のお陰だし。あたしクラス企画がこんな楽しいのって初めてだよ。だからみんなで盛り上げて、二人に恩返ししようよ! 大丈夫、いざとなったら服装なんて霞むくらい他でごまかそうよっ!」


 底抜けに明るい愛海の声に「ごまかすって、言い方!」誰かのツッコミが入り、雰囲気が一転した。みんなが爆笑しながら作業に取り掛かる。


「愛海、ありがとう」


 泣きそうになるのを堪えてお礼を言うと「これ位当然でしょっ」て笑う愛海に、佐和と二人、腕を組まれた。




 放課後、二人になった教室で、私と佐和は制服問題に向き合っていた。


「あー、ムカつく。あの委員長、陰険過ぎ。佐和もあんなにあっさり引き下がる必要無かったのに」


「うん、でも、今は誰が悪いかってことに時間取られるより、これからどうするか早く考えたかったから」


「そ、そうだけど……。ていうか、私のせいだよね。ごめん、佐和」


「僕も委員会のあった日、自分の都合優先させたから早河さんだけのせいじゃないよ」


 この話題になった途端、佐和からいつもの笑顔が消えた。話し方も淡々と事実だけ述べてる感じで意外な顔に戸惑ってしまう。


「早河さんが誰よりも頑張ってるの僕知ってるのに。それをないがしろにする委員長も、守れなかった自分も許せない。すごく悔しい……」


「え?」


「僕がもっとしっかりしてれば……」


「佐和?」


 机に肘を着き独りごちる佐和の様子に思わず声を掛けると、佐和がはっとして顔を上げた。いつもの佐和の顔だ。


「あ、ごめん……あの、その……」


「ありがと。元気出た」


「そ、そっか。良かった」


 私が微笑むと、佐和も安心したように微笑み返す。


「私も思わず啖呵切っちゃったし、急いで対策考えよ。特にあの委員長黙らせる名案思い付きたいっ」


「あっ、うん! ……実はちょっと、考えたんだけどね」



 ******



 その夜家に帰ると、私の両親と一緒に食卓を囲む壮空そらがいた。しかもメニューはすき焼き。思わず「何でっ?」って叫び声が出た。


「おかえり、美乃梨。遅かったなー」


 至って普通の壮空に「だから何でっ?」再度訊ねる。


「あー? すき焼き一緒にどうって誘われた」


 答える壮空に、お母さんが「今日、お肉が安くてね」って付け加える。

 そういう意味じゃない!


「俺、すき焼き、好きだし」


 ワザとか?

 更に加える壮空に目眩がしそうになって「着替えて来る」って慌てて自分の部屋へ向かった。

 あの告白から三日。壮空が初めて嫉妬らしき感情を見せてくれてから二日。

 冷静でなんていられる筈ない。

 乱れる鼓動にそっと両手を当てた。



「……てね。すごいよね、佐和」


 何とか落ち着きを取り戻し私も夕食を食べ終えた今、私は洗い物、壮空はテーブルの上を拭いてる。普通のパーカをかっこ良く着こなしてる壮空には、なんか似合わない姿だけど。私は気持ち可愛い部屋着。どうせ気にも止めてないだろうけど。


 話題は例の制服のこと。委員長の件は伏せて問題と結果だけを話した。

 佐和の出した案は、男女で学校の制服を交換すること。これなら予算も手間もかからない。うん、名案。


「で、美乃梨は誰の制服着んの? 俺の?」


「まさか。壮空のじゃ大き過ぎるよ。試しに今日、佐和と交換してみたら身長そんな変わんないし、少し大きい位で何とかなりそうだった」


 私の一言に壮空の動きが止まった。


「は? まさか美乃梨、佐和の目の前で脱いだんじゃ」


「そんな訳ないでしょっ、ちゃんと別々の教室で着替えたよ」


「おばさんっ、今から美乃梨の制服洗濯して明日までに乾く?」


 ——あれ?


 何でそんなこと言うんだろうって私の胸が小さく鳴った。もしかしてこれも……。


「ち、ちょっと何、洗濯って?」


 一拍置いて、壮空からの答えは。


「柊二に失礼だろ。汚れた制服じゃ」


 持ってたコップで水掛けてやろうかと思ったのを何とか耐えた。


「壮空のが失礼なんだけどっ。予備あるし、当日はそっち貸すからご心配無くっ」


「ならいいけど。……じゃあ、美乃梨、当日はネクタイ俺の使って」


 ガチャンと手が滑ってお茶碗一個割るとこだった。こ、今度こそっ?


「えっ……いいけど、何で?」


「何でって……」


 振り向くと、視線を落とす壮空。また照れて、る?


「柊二のは俺が使うから」


 茶碗投げてやろうかと思った。そう言えば佐和、壮空のめちゃくちゃ好みのタイプだったっけ。


「壮空、本気なの?」


「うるせーな。それ位いいだろ」


 ——良くねーよっ。


 なんか疲れが倍になった気がする。今日は早く寝よう。

 あれからこんな感じで、壮空はいつもどおり接して来る。複雑だけど、安心してもいる。嫉妬だと思ったのは勘違いだったのかな。


「壮空、片付け終わったら帰ってね」


「何で」


「私、今からお風呂入って早く寝たいから」


「……ふーん。一緒に入る? 子どもの頃みたいに」


 いや、これこそ完全にからかってるでしょ! お父さんお茶吹き出してるけど。今度は負けないんだからっ。


「は、入るわけないでしょ。バッカじゃない? 壮空は子どもの頃と全っ然変わってないかもしれないけど、私はいろいろ変わってるんだから」


「はあ? ちょっと待て。俺も成長してるわ。してねーのはそっちだろ? 何年経っても子ども体型のままだよなー」


「えっ、このスタイル、見て分かんない? 壮空なんて成長したの身長だけで、特に中身は子どものままじゃん」


「……分かった。そこまで言うなら確かめさせてやるよ。身長だけなのはどっちかってな」


「望むところよっ」



「それで、全然成長してませんでしたって」


「おじさんに」

「お父さんに」


「言ってやる!」


綺麗にハモる私たち。


「……壮空のせいでお父さん倒れたじゃん!」


「俺かよっ」


 私たちの関係が一番変わらない……。

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