どっきりの先

nobuotto

第1話

 ディレクターの小泉が編集室に入ると、無精髭を生やしたアシスタントディレクターの酒井は椅子にぐたりともたれて半死状態になっていた。

 撮影終了後、小泉が徹夜でラフな編集を行い、そしてまた徹夜で酒井が最終編集を行った。いつものことではあるが徹夜連チャンで酒井は疲れ切っているようだったが、時間との戦いに情けは不要というのが小泉の信念である。

「よし、通しで見るぞ」

 酒井が秋の番宣用どっきり番組のビデオを少し早めで流し始めた。

 ターゲットは売出し中のお笑いコンビで、モニター室で新番組の主演女優朝比奈が実況している。共演の女優が幽霊に扮して脅かすのであるが、最後は同じ扮装をした幽霊が朝比奈を脅すという二段落ちのベタな演出である。番宣で主演女優を引き立てるにはこのくらい軽いのがよい。

「俺の編集になかった、この合間、合間に入ってる映像はなんだ。五国峠の紅葉のシーンや青池のシーンだよ」

「それが、篠原が自分で撮影した絵なんです。こうした景色を入れると、より非日常のシーンが盛り上がると言いまして」

「篠原がか。どうしたあいつ。現場は命でも編集には全く興味なかったのに」

「それが、どうもあの撮影から篠原の様子がおかしいというか」

 そこにホットコーヒーとスナックを持ってきた篠原がやってきた。

「小泉さんいらしたんですね」

「いらした…だと。酒井、篠原どうかしたのか」

「だから、あれから篠原の様子が…」

「今、小泉さんのコーヒーも持ってきますね」 

「いや、いや、いいから」

 こんな気の利いた篠原を見たことがない。

「それより、お前が撮ってきたんだってな」

「美しい景色とお思いになりませんか」

「お思いになりませんかって。どうした篠原」

「でしょう」と酒井が小泉に目配せする。

「篠原のいいたいこともわかるけど、これドッキリ番組で国営放送の地域探訪でないの。こんなシーンカットカット」

 いつものように食って掛かってくると思って身構えた小泉であったが、篠原は悲しそうに話すのだった。

「この紅葉が映る青池が大好きだった娘が昔いたそうです。その娘は可哀想に落石事故で亡くなり、ここの地縛霊になってしまいました。幽霊になった娘の唯一の楽しみは、ここに訪れた人に憑依して旅することでした。ところが、もうこのスポットを訪れる人もいなくなって憑依もできず、毎日が寂しくて、寂しくて。だから、たくさんの人が、ただ幽霊目当てだけでなく、この美しい景色を見に秋も冬も訪れてくれるようにしたかったのです」

「お前やけに詳しいなあ。調べたのか。まさかお前に幽霊が取り付いたとか」

 小泉の冗談に「勘弁してくださいよ」と酒井は愛想笑いで返すが、篠原は悲しそうな顔のままであった。その顔が妙に色っぽいので小泉は一瞬ドキッとしてしまった。

「取り付いても、別に悪さをするわけでないでし、三日しかその人の中にいることができないのです。たった三日でここに戻らなくてはいけないのです」

「可愛そうだね」

 酒井がつぶやく。それに引きづられるように小泉も思わずしんみりしていくるのだった。

「その娘の世界はずっとここだけか」

「お花って言います」

「お花さんねえ。確かに、お花さんも人が来てくれないと辛いねえ」

 小泉はそう言ってから我に帰った。

「おいおい、酒井、篠原、とにかくカットだ。今すぐやってくれ」

「小泉さん、もう三日過ぎてしまいました」

 そういうと篠原は倒れてしまった。酒井が慌てて抱き起こすと篠原の目がパチリと開いた。酒井に抱かれていることに気づいたとたん、酒井を払いのけて篠原は立ち上がった。

「酒井、何するんだよ。あっ小泉さん。二人で私をどうにかしようとしたんじゃないでしょうね」

 と篠原は目を吊り上げて怒るのだった。

「いつもの篠原に戻ったみたいだね」

「のようですね」

「篠原、お帰りと」と小泉に肩を叩かれた篠原は、小首をかしげて部屋から出ていった。

 ビデオに写っている青池に映る紅葉をみながら小泉が言った。

「俺、前の篠原好きかも」

「なんか僕も少しそんな気が」

 酒井も頷くのであった。

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