第107話 和御魂


 桜子が問い返す前に、優は言った。


「以前、京の皇女ひめみこに大蛇の荒御魂あらみたまが取り憑いたことは、話してなかったな。

 実はそのとき、もう半分の——大蛇の和御魂にきみたまは、薫に取り憑いたんだ」


 桜子が目を見張る。

 優は今まで明かさなかったことを、ようやく語れるという風情で言った。


「あいつが水脈筋を深くもぐれたのは、そのせいもあるんだよ。幼い頃から、特別な異能が薫には備わっていた。だからこそ、『月読』に目をつけられたわけだが」


「半分死んでいるって——魂が体を離れているということ?」


「桜子はそうだったな」


 優は、それを見てきたかのような自然さで言った。


「薫の場合、物心がつく前には、大蛇の神霊がその身に取り憑いていた。本人はそれを自覚していなかったが、あいつは半分だけ人間だったんだ。審神者さにわでも、すごく特殊な部類だよ。そうでなければ、暗殺を主とする『月読』が取り逃がすはずもない。

 人の姿を保っていられたのは、桜子を守る使命が課せられていたからだ」


「そんな——それじゃあ半分というのは、人としての薫が死んだという意味なの」


 優は被りを振った。


「川下まで行ったが、遺体は見つからなかった。あいつはどこかにいるよ。桂木が最後に、見たと言っている」


 桂木の名前を持ちだされ、桜子は胸が痛んだ。

 利き腕を失った桂木の痛手は、とても桜子があがなうことはできない。表情が途端にかげったのを見て、優はなだめるような声で言い聞かせた。


「自分をあまり責めない方がいい。しばらくは不自由だろうが、桂木なら義手を使いこなせるようになる。この身で桜子を守ることができて本望だと、そう言っていたぞ」


「桂木さんに会ったの」


 今まで音信不通で通していた優の行動とは思えなかった。優は、ばつが悪そうな顔をした。


「見舞いに痛みどめの薬草を送っただけだ。蒴藿そくどうと言ってな。せんじて飲めば、いい薬になる。

 本当は俺が、最後までついているべきだった。桂木の腕が良くなるまでの責任は、俺も負う」


 桜子は、今度こそ目を見開いた。


 (優さん——変わった。里を滅ぼせばいいと言っていたのに)


 撫子の神楽舞いが、優の怨恨を変えたのかもしれない。そう語る口調は、いつになく晴れやかだった。

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