第102話 競合い


 和人は、刃のり合う隙間でつぶやいた。


「聞いてもいいか——あいつは、何者だ」.


 あいつと言った声に、かすかなおびえが混ざるのを優は聞きとった。


 最初、桜の木の下で薫と闘った際、和人は薫を仕留めたと思っただろう。

 優が桜子を追ってふたりを見つけたときには、すでに傷はふさぎかけていた。が、心臓を狙った傷だということはひと目見れば分かった。

 打撲もしていたがそちらは程度が軽く、急所を狙った箇所は、徐々に快復した跡さえあったのだ。


 優は刃が食い込む前に手のひらを返すと、刃先を握って腕をひねりあげた。

 和人が柄をはなす。脇差しはポチャンと音をたて、水面みなもにまぎれて消えた。


 優は手甲をはずす。

 血に染まっていたが、手加減された浅い傷だった。

反撃しようと思えばいくらでもできるが、なぜかもう闘志がわかなかった。

 優は面倒くさそうに舌打ちした。



「薫が何者か、それをお前に教える義理もないな」


「俺に預けたのにか」


「いずれ殺すつもりだったのだろう。笑わせるな」


 そう言って背を向ける優に、和人は言った。


「剣の守り手——桜子は、不問に処された。お前とここでりあってもいいが、あいにくその理由も今はなくなった。主上の恩情に感謝するがいい」



 優は最後まで振り返らなかった。

 次に行く場所は、もう決めていた。川上へと続く道を歩きながら、谷あいの里を目指す。



 ——薫を見殺しにした点では、俺も同じでようなものなのかもしれない。


 苦虫を噛みつぶしたような顔で、優はそう思った。

そして、和人の最後の問いの答えは、桜子に聞かせるべきだ——と考えていた。

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