第101話 佇む影


 いずれ海へ流れでる五瀬川の広大な河岸に、佇むひとつの影を見つけたとき、優は相手の狙いが自分と同じであることに気がついた。


 この距離なら、むこうもこちらに気づいているだろう。そして、敢えて攻撃を仕掛けてこない理由も予測した。


 そのまま立ち去ってもよかったが、進行方向にいる相手を無視することもできない。優は目視できるところまで近づくと、仕方なくといったていで声をかけた。


「探しものは、見つかったのか」



 先の豪雨で、川の流れは大分変化していた。

 まだ土砂の混じるところはあったが、当初に比べれば落ちつきを取り戻している。空に晴れ間がのぞくのも久し振りだった。


 相手は黒装束ではなく、茅色かやいろ直垂ひたたれをまとい、藍染めの括り袴に脚絆きゃはんをつけていた。そうしていると、里の住人と何ら変わらない。

 しかし、優に対する声音にはとげが含まれていた。


「お前がここにいるのは、首を差しだすためか。なぜ、まだこんなところにいる」


「それはこっちの台詞だ。お前こそ——薫を探しているんだろう」


 薫の遺体を、とはつけ加えなかった。

 和人は、胡乱うろんな目で優をにらみつけた。できれば関わりあいたくない、とはっきり表れている態度だった。


「あいつを抹殺するのが、俺の使命だった。『月読』のあるじが、それを望んだからだ。いつでも殺せると、高を括っていた」


 優は、それを聞き流すことにした。

 和人に薫を預けたのは、優だ。それは、薫がと踏んでいたからだ。


 里を出る間際、幼い薫を連れて『月読』に潜入することはできなかった。和人に身柄を預けても、すぐに殺されるような事態にならないことを、優は知っていた。——皮肉にも、と言うべきかもしれない。

 親心がなかったわけではない。あのときは、そうするしか他にすべがなかった。


 『月読』から薫の暗殺を命じられたとき、和人は相手は子供だと油断しただろう。たかが忍びの子供にすぎないと。それは半分嘘で、半分は当たっていた。



 和人は優と同様、すねまで川の水につかりながら、おもむろにふところの脇差しを引き抜くと、優へ半身になって斬りつけた。


 一瞬の動きだった。

 川の飛沫が鋭い音をたてる。

 手甲てこうをつけていたのが幸いした。それでも、刃は薄く皮膚をいだようだった。赤い血のしずくが端からしたたり落ちる。

 優はまったく表情を変えなかった。


 対する和人は、至近距離で切っ先をあてたまま、暗く沈んだ眼差しを優にむけた。

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