第100話 書簡——朱雀帝


 同じ頃、京の紫宸殿ししんでんにおいては、朱雀帝が同時にふたつの書簡を受けとっていた。

 ひとつは隠密『月読』からのもので、忍びの里での経緯いきさつが克明に書かれていた。


 黄泉の淵が開いたことにより、災いがもたらされていることは、陰陽寮の占でも判じられていた。そのため『月読』のあるじ——大后の桔梗は、元凶の審神者さにわあやめようとしたのだ。


 朱雀帝自身、ニノ宮の死があってから祟りを鎮めるすべを欲していた。そのさなかに申し出があったため、事の経過を気にかけてはいたのだ。

 古来、隼人はやひとと呼ばれた異能の者たちを、心の底で恐れる気持ちもあった。


 書簡には、『水神の剣』にいつく巫女によって、黄泉の穴がふさがれたことが第一に記されていた。

 一方で、審神者の姿は行方知れずとなり、探してはいるが見つけられないことも——水脈の大蛇と通じ、斬られたのではないか——との憶測も述べられていた。


 そしてもうひとつは、朝敵となり新皇と名乗りをあげた逆賊、平将門たいらのまさかどが討ち取られたことを記す書簡だった。京の獄門に、その首がさらされたことも。


 決起から二ヶ月あまりが経過しており、ようやく討ち取ったか——と、帝は心の内で胸をなでおろした。

 これも、災禍を招くという黄泉の入り口がふさがれたからではないか、とあわせて考えると、感慨深い気持ちが湧きあがる。



 地底にいる大蛇を巫女が鎮め、地上にいる蛮族の朽縄くちなわは、とうとう退治されたというわけだ——と。


 桔梗の方からの文には、扇が添えられていた。

 白竹の親橋おやぼね紫苑色しおんいろを張った面には、金箔がところどころに散っている。

 時季にふさわしく、菊や女郎花おみなえしすすきといった秋草が描かれていた。華美に過ぎないところが小粋に見えるものの、生地の光沢からひと目で上質なものと分かる品だった。


 そこには、桔梗の方の筆跡と見える流麗なくずし字で、和歌が書かれている。

 曰く、



 君が手に まかする秋の風なれば

  なびかぬ草もあらじと思ふ



 ——と。


 それは、


『この扇はわが君の御手にまかせ、思いのままに出していただく秋の風ですから、その徳のあまりなびかない草もあるまいと存じます』


 という意で、水神の剣の巫女を欲するかどうかが、暗に問われていた。




 朱雀帝は脇息にもたれながら、その扇を眺めた。

 本当にその巫女が大蛇を鎮めるほどの異能の持ち主ならば、呼び寄せるのも一興と思ったのだ。


 この目でそのさまを愛でたい気もしたが、一方で、無為に摘んではならないような気もする。


 食指が動くのは、彼女の母——撫子を、摘みそこねてしまったからかもしれない。あれはもう少しのところで、指の間をすり抜けていってしまった。



 朱雀帝はしばし沈思したのち、自ら墨をすり、桔梗の方へ褒賞の綾絹あやぎぬとともに、返事の文を送ることにした。


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