第99話 刀身と葦原
雨がひときわ激しくなった頃、瑞彦は雷雲の光るはざまで黒い大蛇を目にした。
それは身をくねらせながら、はるか彼方へ昇り、その直後には白い稲妻に呑まれて見えなくなった。
その姿を目撃したのは、瑞彦だけではない。お宮につめかけていた里の人々は、黒い大蛇と見える影が雲間で
その大蛇を刺し貫いた光は、凄まじい轟音とともに、そのまま稽古場の桜の木に落ちた。樹齢百年を越える荘厳な木の幹は雷火で根元まで裂け、青白い炎をあげると、焼け焦げて無残なありさまに成り果てた。
そして桜の木のかたわらには、未だ稲光を走らせる黒い燃え
『水神の剣』は雨に打たれながら、打ち砕かれた刀身を静かにさらしていた。
***
それは、もともと備わっている
水脈筋にとらわれていた、撫子の魂が天に昇ったことも。袖をひるがえして舞う様子が、雲の合間に見えたような気がした。
——ようやく終わったのか。
優は、どす黒く渦巻く
——俺は、撫子を水脈筋から解放したかっただけなのかもしれない。
この葦原なら、護身は強力だった。
そのために、桜子をここに呼んだのだ。
薫が桜子を守りきれるかどうかは、大きな賭けだった。
それでも薫に桜子をゆだねたのは——きっと、最後には撫子が、手を貸してくれると思ったからだ。
誰も届かない、はるかな高みから。
際どい判断だったが、優はその予想が当たったことを感じとっていた。葦原に吹きすさぶ風を受けながら。
次に気がかりなのは、『
今頃、京に
『月読』のあるじの正体を、優は知っていた。
代替わりの際、清涼殿を焼き払った怨霊の祟りに加え、
そして二ノ宮の祟りは、撫子が水脈筋に隠れたことにより、『水神の剣』の効力が途絶えたことが一番の原因なのだ。
一時的ではあるが、大蛇の
水脈筋がふさがれたとあらば、ここにい続けるのは得策ではなかった。
——大蛇の分霊は、山の
いずれ
はるか昔、
道のりはこれからも続く。
時に、皇の統治が及ばないような場所で。
『月読』のあるじにとって、未だ審神者は目障りなものでしかない。その追跡を逃れられるかは、今動くかどうかにかかっていた。
そして、もうひとつ——薫の気配が絶えていることも、優は気になった。
——薫は、水脈筋に深く
すでに人ではないものになっているのかもしれず、薫の行方を『月読』が捜し当てたとしても、生きた状態で逃がすとは思えなかった。
その行く末を見守る役目が、自分にはあるのだろう。
ずっと優は、戻らないつもりだった。気が変わったのは、いつも薫を気にかけていた桜子の面影が、撫子のそれと重なるからかもしれない。 里に戻っても瑞彦に許されるとは思えないが、まだやれることがありそうだった。
灰色にうねる雲の割れ目から、いくつもの光が乱立し始める。葦原のただなかで、優はしばらくの間、その光の底に佇んでいた。
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