第63話 荒屋( 4 )


 そう分かると、今すぐにでも里に駆けつけたい気持ちにかられたが、あいにく体の調子がまだ完全とは言えなかった。守り手になると負荷がかかるということが、改めて身に沁みるようでもあった。

 神力に近いものを人が負うためには、それに見合う代償が必要なのだ。桜子の様子を見越して優は言った。


「少し横になれば動けるようになる。君の母も、疲れるとそうしていた」


 桜子は、遠のきそうになる意識をなんとか留めようと唇を噛みしめた。


「優さんは、どうして私を助けようとするの」


 ほかにも聞きたいことはたくさんあったが、口をついたのはその言葉だった。

 優は目を細めて薄く微笑んだ。


「守り手の力を解けば、剣に関する妄執もうしゅうも断ち切れる。そんなものに固執して生きられなくなるなど、あってはならないことだ。里にいかずちが貫き、焼け野原になれば、さぞかし清々と快いだろう」


 声に不穏なものを感じて、桜子は反論しようと口を開けた。

 ——が、視界が揺れて、何も言葉にならない。

 優はふたたび、恍惚とつぶやいた。


「桜子は、すべてを無にする力を今持っている。剣の力とは、本来そういうものだ。存分に心ゆくまで振るえばいい。撫子を犠牲にした里の者たちへ」



 ——ちがう。そんなことが、したいわけじゃない。


 桜子は、心のなかでそう叫んだ。

 一方で、優がずっと重く抱えていたものの正体を垣間見たような気がした。


 ——優さんがお母さんの影を追ったのは、あの里を出て行ったのは、それだけの理由があることだったんだ。


 それに気づかない自分も迂闊うかつだった。

 あえて見ないようにしていたのかもしれない。


 ——優さんがお母さんに惹かれていたとしたら。

 おじいちゃんが優さんを危険視したのは、そういう意味合いを込めてのことだったんだ。


 それ以上、意識を保つことはできなかった。

 桜子は暗闇に投げだされるように、気づくとその場に崩れ落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る