第64話 葦原( 1 )
気を失ったのは、ほんのわずかな時間のようだった。次に薄くまぶたを開けた時、しかし桜子は
遠くから吹く風に、前髪をさらわれる。表にいることが分かって濁りがちな意識を外にむけると、
「気分はどう、桜子」
さっきと同じ、優の声がする。
体のなかの重さは消えていた。それは確かに有り難いことだったが、意識が戻った桜子は不審に思わずにはいられなかった。
「私に何をしたの。あの椀には、何が入っていたの」
水のにおいを感じて身を起こすと小さな池があり、自生した
「滋養の薬を混ぜたのは認めるよ。強制的に眠りにおちた方がいい場合もある。前より体が軽くなっただろう」
桜子は不機嫌な調子をくずさなかった。
「ここはどこ。私を一体どこに連れてきたの」
昼間だというのに湿地は薄暗く、沢鷹のほかにも
桜子の問いに、優はゆっくりと応えた。
「この場所なら、力を解いても桜子に及ぶ危害は少なくてすむ。長い時間をかけてつくった結界があるから、『月読』のやつらも手出しすることはできない」
ひとつひとつの言葉に、優は力を込めた。
「『水神の剣』と桜子は繋がっていると、前に話しただろう。ここで剣を呼べば、それが力をはなつ鍵になる。
剣は桜子に呼ばれることで雷を起こし、その矛先は
「つまりあの剣は、お宮に封印されているのでしょう。今はたとえ私と繋がっていても、あの場所から動かしてはいけないのよ。
お宮は清浄な場だから、自然とそうすることができるんだわ」
剣を奪われたら駄目だと、祖母は言っていた。そんなことをすれば、水脈の大蛇の怒りを買うことになると。
撫子が生前、『水神の剣』を前に舞ったのも、あの境内のなかに限られていた。それは、そうしなければ暴走する力が秘められていたからだ。母は大蛇の神霊を鎮めることで、その力の根源を剣に収めたのだ。自分の身が削られると知っていても。
そうすることで、水脈の大蛇の怒りが極力里へ向かっていかないように。
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