第54話 月光( 2 )
「そんなに薫のことが気になるのか」
桜子の様子を見越して、優がささやいた。
「薫は、水脈筋のどこかにいる。あの日桜の木の下で和人とやりあった際、みずから落ちて姿が見えなくなった」
「どういうこと?」
不審げに問うと、優は言葉を続けた。
「あそこは、地中深くに水脈が流れている。そこで撫子の影に呼ばれたんだ。その木の元に扇が残されていた」
「じゃあ、この扇は」
「撫子のものだ、おそらく。まだ近くにいると思って追ってきたが、その気配はもう途絶えていた。
——薫を探しに行くと言うんだろう?」
桜子はうなずいた。
「だって、水脈筋は黄泉の淵なんでしょう? 戻ってこられなくなっているかもしれない」
「薫は大丈夫だ。言っただろう、あの場を深く潜ることができると」
「——誰かと思えば、その声は優だね」
いきなり会話に割り込む者がいた。
まったく気配を感じなかっただけに、桜子は驚いて身を
「噂をすれば影とはまことだな。貴様が桜子を閉じ込めたのだろう」
現れた者が誰なのか、桜子も知っていた。雲に遮られた月影の光が増して南庭を照らしだす。
和人は、隙のない身のこなしで松林の枝から降り立った。
「薫とやりあったって、本当なの」
怒りを
和人はわずかに肩をすくめてみせた。
「薫は私の正体に最後まで気づかなかった。もう少しで仕留められたのに、取り逃がしてしまった。黄泉の淵を渡るとは恐れ入る」
——この人は、薫を騙した上で油断させ、傷つけたんだ。ずっと一緒に暮らして、薫にとっては親代わりも同然だったのに。
どうしてこんなに心がかき乱されるのか、桜子も分からなかった。ただ、そう実感した途端、ふるえるような怒りがこみ上げた。
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