第52話 優


「どうすればいいというの」


「あの剣は桜子と繋がっている。『水神の剣』の守り手であるからには、剣を壊せるのは桜子だけだ。

 それは撫子自身の意志でもあった。あの剣の力を、これ以上人に負わせてはいけないと。人として生きる分をこえている」


 そうだ、だから母も長く生きられなかった。

 人が負うには勝ちすぎる力なのだ。伊織は制御すればいいと言ったが、そうしてもなお身に降りかかるものが何もないわけではない。

 知らないうちに、気力を奪われている。それは剣の力に触れた桜子が、一番よく知っているはずだった。


「私……私が『水神の剣』を振ったのは、薫に言われた言葉があったからなの。薫と話がしたい。彼はどこにいるの」


 噛みしめるように、桜子は繰り返した。

 優はわずかに嘆息したようだった。


「俺に聞くよりも、桜子がみずから探しに行った方が早いだろう。水脈筋をたどれば会えるはずだ」


「水脈筋を……?」


 優は頷いた。


「薫の方が、深くこの場をくぐることができる。生まれつき力が備わっているからな」


「それは、優さんが審神者さにわだから……?」


 優は首肯した。


「おそらく、そうなのだろう。だがあまり無理しない方がいい。力を使いすぎると戻れなくなる。ずっとこの淵にいたくはないだろう?」


 少しずつ闇が侵食するように、優の体が薄くなっていく。引きとめようと手を伸ばしたが、指の先は何も触れなかった。


「そろそろ時間だ、桜子。俺もここに長く留まりすぎた」


 優につられるように、気づけば桜子も冥漠めいばくのなかに漂い始めていた。



 ——優さん。



 そう言ったつもりが、何も声にならない。

 最後の瞬間、闇が切り拓かれ、体が浮遊する不思議な感覚があった。



***



 次に目覚めた時、桜子はいつもと同じひさしの間の薄縁うすべりの上に横たわっていた。

 隅々がだるく熱を帯びていたが、起き上がれなくなる程ではない。前のように寝付いてしまうことにならないだけ、まだましだった。



 伊織は突然外で倒れた桜子を目撃しているため、絶対安静を言い渡したが、妙に目が冴えて眠ることができなかった。

 それは思いがけず薫の父に会った衝撃が、まだ心に残るからだった。まるで夢のなかにいるような時間だった。聞きたいことの半分も教えてもらえなかったような気がする。何よりこたえたのは、彼が撫子の影を追っていたと告げたことだった。


 あの場所におもむくということは、生きて帰れる保証があるわけではない。青白く光る川は、黄泉へと続く入り口でもあるのだ。引き込まれれば、もう二度と地上の光は見られなくなるのだろう。

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