第51話 水脈筋( 2 )


「やはり、剣の守り手の血筋は争えない」


 ささやくような声音は、予想以上に桜子のそばにあった。いきなり現れた人影に声を失うと、その人は感慨深くつぶやいた。


「まさかここで遭遇するとは、俺も思わなかった」


「あなた本当に、薫のお父さん……?」


 声が近づくと、思ったより年齢は若やいで見えた。

 目尻や口元に刻まれているはずのしわが見えないからだろうか。父の秋津彦と何才離れているかもよく知らない。


「血を分けただけで父と呼べるのなら、そうなのだろう」



 飾らない口ぶりで、優はそう言った。

 改めて眺めると、薫と容姿は似ていないのかもしれなかった。


 ——水脈筋のなか。そんな不思議な場所で出会うなんて。



 夢かもしれない。

 そう思ったが夢で終わらせるには、この状況はあまりにも生々しかった。現にこうして薫の父と言葉を交わしている。


「薫と連絡できなくて困ってるの。薫はどこにいるの」


 まくしたてるように言った桜子に対し、優はやんわりと笑んだだけだった。


「薫のことなど気にとめなくていい。剣の力を開かせるためにやむなくふみを出したが、それ以上のことができるとも思えない」


「どういうこと……?」


 桜子が尋ねると、優は言葉を重ねた。


「ここは、言い方を変えれば黄泉へ渡る淵だ。ここでなら死者ともまみえることができる。

 俺はここで、撫子の影を追っている途中だった。だが、すんでのところで気配は絶えてしまった。剣の力は桜子のもとに集まりつつある」


「あなたはこの力を解き放つすべを知っているんでしょう」


 桜子は、優の言ったことには触れなかった。


 ——母の撫子の、影を追っていた?


 そんなことができるはずないという気持ちと、できるかもしれないという迷いが拮抗きっこうする。



「伊織に聞いたのか。確かにその方法は分かっている」


 対する優は、落ち着いた口調で言った。


依代よりしろを壊さなければ、その力を解き放つことはできない。『水神の剣』を打ち砕くことができれば、力はあるべき場所に還るだろう」


「剣を……打ち砕く?」


 桜子がそっとつぶやくと、優は目を細めた。


「それしか解放する術はない。剣を壊すか、その身を差し出して次の守り手を生むか、ふたつにひとつ。それとも桜子はその力を負ったまま、これからも生き続けていくつもりか」


 桜子は唇を噛んだ。

 そうしないことは、一番最初に分かっていたはずだ。薫に『水神の剣』の守り手についての話を聞いた時に。桜子は、その力を解き放つために剣を取ったのだから。

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