第50話 水脈筋( 1 )
凄い勢いで体は分離した。
気づくと桜子は、何もない暗がりにひとりで立っていた。足元近くを川が流れている。淡い光を宿す川の淵には、蛍のように舞う光の
——ここは。
昼間だったはずなのに、陽の光はどこにも見えなかった。すぐそばにいた伊織の姿もない。
妙に現実感が希薄だった。何もない暗闇に、光る川だけが青い。
——ここはもしかして、自噴井につながる水脈では。
水かさが増したことは覚えていた。まるで桜子の動きに呼応するように、水の流れは速さを増したのだから。
『そこにいるのは、もしや桜子か』
不意に誰かが、そう問いかけた。
桜子は自分ひとりだけと思っていたところに、見知らぬ声を聞いて驚いた。その人が自分を名指ししたことにも。
「あなたは誰」
桜子は
自分で覚悟した結果がこれなのだ。これ以上何かに
相手は桜子の問いに答えなかった。
『本当に桜子か。いつの間に、こんな場所まで来られるようになった』
「こんな場所って、ここは……?」
桜子は言って辺りを見回した。足元では変わらず、音もなく光る川が流れている。
『水脈筋のなかだ。
——水脈筋のなか?
桜子が困惑すると、声は再び言った。
『
その言葉が、桜子の心を強く揺さぶった。
桜子のなかの何かが、声の主の正体を告げたのだ。
——まさか。
そう思いつつ、桜子は率直に尋ねた。
「あなたは、
沈黙があったのは、ほんの一瞬だった。
声の主は桜子にむかい言った。
『どうしてそう思う』
「そんな気がしたからよ。ねえ、そうなんでしょう」
詰め寄るように迫ると、相手は嘆息した様子だった。
『まいったな。正体を明かすつもりはなかったのに』
——この人、優だ。薫のお父さんだ。
桜子は、その一言で確信した。
その言い方が、何より薫を近く思わせたのだ。
「どうしてこんな場所にひそんでいるの。いるなら姿を見せてよ」
桜子がそう言い放った
ほのかな明かりで
彼は桜子を見下ろすと、苦笑しながら首を傾けた。
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