第40話 陰り( 1 )


 いつのまにか太陽に雲がかかり、空は淡く濁り始めている。もう少しで稽古場が見えてくる途中の道端で、桜子は立ちどまった。

 息を切らせてとまったわけではなかった。桜子の前に立ちはだかるように、ひとつの人影が見えたからだった。その輪郭を桜子がとらえると、相手は気やすい口調で話しかけた。



「その様子だと、どうやら首尾は上々みたいだね」


 ざわっと肌が粟立あわだつような気持ちにおそわれて、桜子は戸惑った。相手の視線のなかに怜悧れいりな光を見たせいかもしれない。


「どうして——和人さんがここにいるんですか」


 桜子は困惑をあらわにそう呟く。さっき浮かんだ言葉は和人が言ったものだと思い当たって、なぜかいやな胸騒ぎを覚えた。


「君が剣を手にする時を待っていた。守り手の力が正統に開かれる時を」


 じり、と桜子は半歩後じさった。


「どういうことですか」


「言葉通りの意味だよ。我々は長らくこの時を待っていた。縁談を阻止できるかが問題だったが、ぎりぎりのところで回避できたようだ」


 和人が口にした台詞に、桜子は背筋が寒くなるのを感じた。和人は可笑おかしげに首を傾けた。


「あの惣之助という人物は、なかなか見込みのある青年だね。私が話をもちかけたら、すぐに応じてくれた。愚直で、いかにも師範が好みそうだ。君に少し似ている」


「あなたは何者なの? おじいちゃんの内弟子ではないの」


 切り返したつもりが、思った以上に弱い口調になった。

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