水神の剣の守り手

第27話 和人( 2 )

　今までずっと尊敬していた祖父のことだけに、どうしても信じたくないという思いが胸の底で燻（くすぶ）り続けている。

「撫子さんが『水神の剣』の力を手にしたのと同時に、優は姿を消した。その力を解く方法を探るために」

　先の言葉に答えず和人は言った。桜子はハッとして、その面（おもて）を上げた。

「師範の制止も振りきって、優はこの里を出た。そんな息子を許せるはずがない。師範は、優が剣を奪いに来ると思い込んでいる」

　薫の父について、詳しい話を聞くのは初めてだった。今まで優という人物のことは、何も語られたことがなかったのだ。

「師範は桜子が守り手について自覚しなければ、安全だと信じているんだよ。剣の力を開いて、君を失うことを恐れている」

「優さんは隠密の『月読（つくよみ）』なんでしょう？ 薫に極秘で文を送ったって……」

「優は師範の説得を試みていたんだよ。結局それは叶わなかったけれど。それで薫に事を知らせたんだ」

「ずいぶん内情に詳しいんですね」

　桜子は上目遣いに和人を見た。

　その表情を読みとることはできない。

「薫と話しただけでは自覚してくれないかと思ってね」

　和人は静かに言った。

「君の行動が何よりの鍵になるんだ。守り手の血が自分にも流れていることを桜子が認めれば、力を開くのも自然と容易になる」

　和人はそう言って天狗の面をかぶる。立ち去ろうとしているのだと桜子にも分かった。桜子は最後に聞いた。

「優さんが属している『月読』は、一体どういう組織なんですか」

　和人は面をつけたまま振り向いた。

「皇（すめらぎ）の用いる隠密組織だよ。でも彼らが重用されるのは、皇に祟（たた）る神霊を鎮める術（すべ）をわきまえているからだ。

神霊を見分ける者は古来審神者（さにわ）と言って、優（すぐる）もその力を持っていた」

　——審神者。

　桜子は、耳慣れない言葉を聞きとめた。

　和人は続けて言った。

「東では将門（まさかど）を初めとする逆賊がはびこり、巷（ちまた）では物の怪が跋扈（ばっこ）する世の中だ。

『月読』が、神威あるものを欲するのも至極当然だろう。皇の守りは手薄になりつつある」

　そう言い残すやいなや、和人は辺りの暗がりにまぎれるように、あっという間に姿を消していた。