第26話 和人( 1 )


なばり流の稽古場を継げないのが惜しまれる」


 歌うように口にした声の響きを聞いて、桜子は木刀を下ろした。


和人かずひとさん……?」


 桜子がつぶやくと同時に、目の前の人物は天狗の面をはずした。


「久しぶりだね、桜子」


 微笑むと、双眸そうぼうがついと細くなる。親類でもないのに、桜子が和人と薫を似てると思うのは一緒に暮らしていたせいだろうか。

 祖父の一番弟子で、里においては名主みょうしゅでもある和人だが、あまり顔を合わせたことはなかった。


「そのお面……」


 桜子が指差すと、和人は逆光のなか笑みを深くした。


「私のだよ。薫がつけていたのと同じものだ。驚かせてしまったかな」


 桜子がうなずくと、和人は面を手の内でもてあそんだ。


「こういう面は相手をひるませるからね。最初の隙をとらえるには便利だが、その代わりに視野は狭くなる。見知った場所で使うには有効だけどね」


 桜子は和人が言わんとすることを測りかねて言った。


「なぜここに来たの? 薫はどうしているの」


 和人は手をとめて、柔和そうな瞳を光らせた。


「薫はまだ私の家にいるよ。たとえ破門されたからと言って、簡単にほうり出すわけにはいかないからね」


 桜子は、その言葉が胸に刺さるのを感じた。


「どうして、いきなりそんなことになったの」


 口調に含まれた非難の響きに気づかないように、和人は言い返す。


「桜子はその事情を、もうすでに知っているだろう。薫が直接君に話したはずだ」


 桜子は被りを振った。


「破門については何も聞いてないわ。薫が護衛役だのどうのって話も知らなかったのに」


「それだけ君の存在は、外側から守られるものなんだよ。今回の薫の措置が適切かどうかは、私も分からない」


 桜子は、藍染の装束をまとう和人を見上げるようにした。


「和人さんはおじいちゃんの内弟子でしょう。それなのに薫の方に味方するの」


「桜子の縁談には私も反対だよ。いつかそうなるときが来るのだとしても、今まとめるのは危険すぎる」


 陽がかげると、辺りは途端に薄闇がたちこめた。桜子はつぶやくような声で言った。


「和人さんも、私にお母さんと同じ力があると思ってるのね」


 和人は微笑した。


「前からその力を還そうとする動きはあったんだよ。君の母、撫子さんが『水神の剣』の力を手中にした時に」


「おじいちゃんは、ずっとそれを見逃していたというの。そんな大事なことを隠してたの」



 桜子はうつむく。

 後半は声が震えそうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る