第21話 夜陰
雲のなかに月が隠れると、急に辺りは闇の色を増した。吹きすさぶ風が気にならなくなるほど、手足が冷たく凍えていることに気づく。
それが寒さのせいなのか、今の話を聞いたからなのか、桜子は判断することができなかった。たぶんどちらもだ、とも思ったし、どちらでもない気もした。
薫が父親について他人のように話し、それを受けとめている事実に比べたら、自分の境遇はまだましなのかもしれない。
聞いた話が突拍子もなくて、どこに焦点を定めればいいのか分からなかった。
「それで薫は、私に何をしてほしいの」
「守り手の力を解き放つには、一度それを受け継がなくてはいけない」
薫は、確信に満ちた声音で告げた。
「水神の剣を前に舞うことで、撫子さんはその守り手になった。桜子さんにも同じことができるはずだ」
桜子は被りを振った。
「無理よ。舞いなんて、やったこともないし」
「舞いじゃなくてもいいんだ。無我の境地に陥るものなら何でも。
——まさか。
桜子は再び言い返そうとしたが、その型を体でたどっている間、無心になれるというのは本当だった。
余計なことは何も考えず、ただ動きに身をまかせればいい。桜子が口をつぐんだのを見て、薫は言った。
「宝物殿にあの剣は奉納されている。桜子さんなら、剣を取れるはずだ。それを手に隠の型を行えば、守り手の力は外に開かれる。
桜子さんが正式に剣の守り手になれば、師範も考えを改めるかもしれない」
桜子は息を呑んで薫の顔を見つめた。
この少年は、本気で言っているのだ。本気で桜子のなかに「剣の守り手」に値する力が眠っていると、そう信じている。
今までまったく自覚しなかったことだけに、そう言われてもぴんとこなかった。だが、薫が本当にその気であることが分かると、桜子も自分のこととして、この事態を考えなければいけなかった。
「それで薫は……薫はどうするの?」
「僕はお宮に行けない。師範に出入りを禁止されたから」
「禁じられたのは私も同じよ。お宮にはもう行くなって言われているし」
「師範に禁じられたのとはわけが違うよ。もう僕を信用していないということだ」
それを聞いた
「薫のことは、信じられるというの」
口をついた言葉は自然と小さくなった。
「無理に信じろとは言わないよ」
薫は思いのほか優しい声で言った。
「でも、桜子さんを守ると言った言葉は信じてほしい。僕の務めは、師範とも優とも違うやり方で、桜子さんのことを死守することだ。
それは、僕が生まれることを予言した、撫子さんの言葉でもあるんだよ」
「お母さんの……?」
桜子がつぶやくと、薫は頷いた。
「縁談がまとまるまで、最低でも五日間はかかる。その間に宝物殿に行って、剣を手にするんだ。この桜の木まで来られれば、その後は僕にまかせてくれていい」
「そんなに簡単に事が運ぶかしら」
無謀とも思える計画に思えたが、薫は請け合った。
「お宮の警備が手薄になるのを見計らって行けば、なんとかなる。そのきっかけは僕がつくるから、桜子さんは合図を見てお宮に行ってほしい。
剣を手にすれば、僕の言ったことがその身で分かるはずだ」
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