第19話 夜桜( 3 )


「婿がねの候補が大分絞られてきた。師範も桜子さんの父君も、相当嫁入りを急ぐみたいだね」


 桜子は息を呑んだ。やはり、あの嵐の前のような静けさは、そういう内示を含んでのことだったのだ。

 そう思う一方で、桜子はふと疑問を覚えて言った。


「どうしてそんなに急ぐ必要があるの」


 十五といえば嫁入りしていい年頃だが、他に何か理由がある気がしたのだ。


 ——そして薫は、なぜそんなことを呼びだしてまで私に言うんだろう。


 最後の質問は口にとどめたまま桜子が聞き返すと、薫はよく通る明瞭な声で告げた。


「それは桜子さんが『水神の剣』の守り手だからだよ」



 桜子は一瞬言われたことが分からず、瞬きを繰り返して絶句した。


 ——水神の剣の守り手?


「それは……お母さんのことでしょう」


 かろうじて桜子は薫にそう言った。口のなかが乾いて、うまく次の言葉が出てこない。薫はかまわず続けた。


「撫子さんが扇を手に舞ったことで、撫子さんは剣の守り手になった。そしてその血筋を娘の桜子さんもひいている。今はまだ閉ざされているけれど、そうであることだけは確かなんだ」


 薫はよどみない口吻こうふんでそう言ったが、桜子にとっては思いもよらない話だった。


「そんなわけないでしょう。だって私は巫女ですらないのだし」


「社の巫女かどうかは関係ないよ。ただ師範は、力が閉ざされていれば問題ないと思いこんでいる。

桜子さんの自覚がなければ、剣の力は働かないからね。師範達は、守り手の血を早く次に引き継ぎたいんだよ」


 桜子はその意味するところを知って、思わず頰に朱をのぼらせた。そしてつぶやくように薫に言った。


「それで……薫がそれを阻止しようとするのはどうしてなの」


「初めは僕も、師範の言うことが正しいんだろうと思ったよ」


 薫は言葉をついだ。


「でも守り手の血筋は、その力とひきかえに短命になる。桜子さんがそうであるのなら、そのままにしておくわけにはいかないんだ」


 桜子はそれを聞いて蒼白になった。


「そんなの嘘でしょう。だってお母さんは体が弱かったって……」


 桜子はそう言いかけて口をつぐんだ。

 自分で実際に見たことではないのだ。母のそうした話も、祖父と父の思惑の内かもしれない。


「もともと体が弱かったかは知らない。けれどもう、守り手の血を引き継がせてはいけない。その力はあるべき場所に還すべきなんだ」

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