第8話 雨音と影( 1 )


「だから、厄介払いをするというの。私はお母さんみたいに、神を鎮める巫女にはなれないから」


 桜子は絞り出すようにそう言った。

 口にすると、その真実が余計に胸をいた。いくら桜子が武芸を磨いても、それは体力づくりの一環であり、どこか他につながるものではないのだ。


 清乃は諭すように、桜子に言った。


「稽古場に通うなとは言ってないわ。あなたが撫子さんの娘であるからこそ、秋津彦さんも縁談を急いでいるのよ」


「おばあちゃんも、私がどこへでもお嫁に行けばいいと思っているのね」


 悲痛に声を震わせて桜子は言った。

 感情をこれ以上高ぶらせたら涙があふれそうで、桜子は歯をくいしばりながらこらえる。桜子が激しても、清乃は落ち着いていた。


「それがあなたの身を守るのに必要なことだと、あなたのお父さんは考えているのよ。秋津彦さんだけではなく、瑞彦さんも」



 ——知っていたのだ。お父さんだけではなく、おじいちゃんも。そしておばあちゃんも。


 桜子は目の前が暗くかげっていくような錯覚に陥った。それ以上何も言うべきことはなかった。

 桜子は強く唇を噛みしめると、きびすを返して社務所を飛びだした。




 外に出ると、雨のしずくしたたかに頰を打った。

 いつのまにか黒く濁った雲が山頂を覆っている。これだけ見通しが悪いと、今すぐ山を降りるわけにもいかないだろう。だからといって、社務所には戻れなかった。


 桜子は雨の煙る境内のなかを横切り、ひさしのある場所を探して神社の裏手側に回るうち、奥の閉ざされた建物にたどりついた。


 ——ここは、宝物殿じゃなかったっけ。


 おぼろげな記憶をたどって桜子は思う。


 ザーッと絶えず激しい雨音が屋根の下にいても響いていたが、不思議とここは静謐せいひつに満たされていた。

 雨水を含み、まとった小袖も髪も重く湿っている。


 軒先でそれを絞れるだけ絞ってしまうと、桜子は雨とは違う空気の震えを感じて立ちすくんだ。


 ——水神の剣。


 それがこのなかにあることを、漠然と桜子は前から知っていた。いったんその存在を意識すると、正体の分からない恐れのようなものが、自分の内側に立ちのぼってくる。

 それがただの剣ではないことを、桜子は幼い頃から感じ取っていた。

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