1日目(10)―侵入

 ――1時間後


 龍馬は、とある都内の私立高校の前に来ていた。

 そこは、東京でも有数のお金持ちの子女が通う名門校だった。

 さかのぼること1時間前、碧が言い放った常軌じょうきいっした作戦。

 それは、危険性はもちろん犯罪性すらはらむ本当に突拍子のないものだった……。

 が、龍馬自身もそれくらいのを起こさない限り、未来は変えられないだろうとも思った。だから、龍馬は即座に碧の計画で走ることを決めた。


 決断したら、迷うな。


 これは10年に渡る政界での日々で学んだ教訓のひとつだ。

 特にリーダーは、決して迷ってはいけない。

 それに、そもそも龍馬には迷っている贅沢な暇などなかった。


 とにかく、できることからすぐやる。

 今は、その一事いちじだ。


 眼前の高校に通う「彼」を仲間に加えること、それが最初の仕事だった。

 この「彼」の人選も、碧の判断によるものだった。彼女いわく、

「――作戦に必要な人間としては、そうね……情報拡散に長けた仲間は、計画の詳細がどうあれ間違いなく必須になるわ。動画制作や生配信のスキルなんかもあると、なおいいわね。作戦の性格上、年齢も私たちに近い方が望ましいわ。あっ、あなた未来から来たんでしょ? だったら、誰か知らないの? そうね、たとえば……未来のカリスマ・ユーチューバー、とか?」

 龍馬には、すぐひとりの顔が思い浮かんだ。

 自分と同い年で意気投合した未来の親友であり、龍馬の熱烈な支持者でもあったカリスマ動画配信者の「彼」だ。


 未来において、動画配信者の地位はさらに向上しており、いわゆる文化人の一ジャンルとしてすでに定着している。当然、その収入も2010年代とは比べ物にならないほど巨額で、未来において彼はとんでもない大金持ちでもあった。


 そんな未来を手にするはずの20年前の「彼」に会うことは、単純に龍馬の興味をそそるものでもあった。龍馬と彼が初めて会ったのは、2030年頃。それ以前の彼を、龍馬はあまり知らない。幸い、彼の出身高校は聞いたことがあったので、龍馬はまっすぐその高校を目指したわけだが、勢いでここまで来たものの、まもなく手詰まりとなった。お金持ちの子女が通う名門校だけあって、とにかくセキュリティが強固で、校内に入ることもままならなかったのだ。

 このまま放課後まで彼が出てくるのを待つか? あるいは――


 ――龍馬の決断は、早かった。


 迷ってる暇があったら、行動あるのみ。

 できるかできないかは、そもそも試してみないとわからないじゃないか。

 それが龍馬のやり方だった。こうしてトライ&エラーを繰り返して、政界でものし上がってきた。それに今は、動き続けていないとむしろ不安だった。


 龍馬は、学校の外周を徒歩でじっくり一周し、忍び込む余地がないか慎重に観察した。だが、セキュリティの穴は見つからなかった。外周のフェンスは高く、すべての門に守衛しゅえいが貼りついていた。ただ唯一、裏門については、業者などのであれば、ほぼノーチェックで校内に入れそうなことが見て取れた。


 龍馬は、再びその裏門に戻った。

 ちょうど守衛と植木屋と思われる男が談笑していた。

 道路脇には「片桐植木」と書かれた軽トラがハザードをつけたまま停止していた。


 これだ!


 龍馬は瞬時に判断し、静かにダッシュすると軽トラの荷台に飛び乗った。


 ガタン!!

 

 乗り込む際、想像以上に大きな音がし、龍馬の血の気が引く。

 その音に一瞬、守衛も植木屋も軽トラの方を振り返ったが、龍馬が間一髪で姿勢を低くし、なんとかふたりの死角に入った。まもなく、ふたりは再び談笑を始めた。そこからは、祈るしかなかった。


 息を殺し、空を見上げ、ただただ静かに待った。


 待つこと体感で約5分、軽トラがゆっくり動き始めた。

 そして、停車する直前を見計らって龍馬は荷台から思い切って飛び降りた。

 動く車から飛び降りたため、バランスを崩し龍馬は盛大に尻もちをついた。


 が、植木屋に気づかれることなく、なんとか校内に入ることに成功した。 

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