1日目(2)―不思議な邂逅

 ――30分後


 龍馬は制服に着替え、

 忘れかけていた通学路を急いでいた。


 叫びすぎたせいで喉が痛い。

 それでも、歩みをさらに加速させていく。


「とにかく、時間がなさすぎる!」


 誰に言うでもなく、抗議めいたつぶやきをもらした。

 あれから龍馬はまずシャワーを浴びた。

 とにかく、頭と体を完全に覚醒かくせいさせたかった。

 そして、熱めの湯を浴びながら高速で思考を巡らせた。


『20年後の未来を、6日で変えるにはどうすべきか?』

『今は高校生でしかない自分に、なにができるのか?』


 少しのぼせるまで考えに考えたが、答えなど出なかった。

 しかし、最初に頼るべき人間だけは思いついた。

 本音では、最も頼りたくない「彼女」ではあったが……。

 20年後の地獄をその身で体験した龍馬には、躊躇ちゅうちょする暇などなかった。


 校門をくぐっても、学びの懐かしさに足を止めることもなく、むしろさらにスピードを上げながら、龍馬はうろ覚えの第二化学準備室へと急いだ。

 それにしても、20年前の現役高校生の体は想像以上に軽快に反応してくれた。

『こんなに体、動いてたっけ? やっぱ10代の体力パネえな……』

 などと思考は30代後半のおっさんのまま進んでいると、お目当ての第二化学準備室の前にたどり着いていた。

 スマホを確認すると、ちょうど7時過ぎだった。


「多分……もういるな」


 ボソリとつぶやくと、龍馬は迷わず扉を開けた。

 中には、予想通り制服になぜか白衣を重ね着したひとりの少女が立っていた。


 如月きさらぎミランダあおい


 それが彼女の名だった。

 名前の通り、ひと目でハーフとわかる薄茶色のストレートの長い髪。

 対照的に、日本人らしい漆黒の黒目がとても印象的な大きな瞳。

 手足が細長く、まるでモデルのようなすらりとしたスタイル。

 男子高校生10人がその横を通れば、10人が振り返ったものだが、そのあまりに整ったハーフの容姿に腰が引け、軒並み男子高校生は声をかけるのをためらうのが常だった。未来では、この美しさにさらに磨きがかかり、内外問わず数々の男性を魅了することになる。その美の片鱗へんりんはすでにあった。


 しかし、その時の碧は完全に油断した表情で大あくびをしている最中だった。

さらに言えば、勝手に学校の備品であるビーカーで湯を沸かし、インスタントコーヒーの粉をそのビーカーに注ごうとしているまさにその瞬間だった。それでも、彼女はまったく悪びれる様子もなく、目を細め一言、


「えっと――誰?」


 と冷たく言い放った。

 一方、龍馬にとってそれは不思議な邂逅かいこうだった。

 出会う前の別れたに会うというのは……。

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