プロローグ(9)―ホワイトアウト

 その無機質な電子警告音は、高齢者たちの持つ旧式のモバイル端末からも、次々に聞こえた。不安をあおる、音程が徐々に上がるだけの


 J……アラート?

 

 龍馬がそう思ったのと同時に、背後のサイネージに「国民保護に関する情報」の真っ赤な文字が大きく映し出された。続いて、「ミサイル発射 ミサイル発射」の文字が赤く明滅しスクロールする。演説トレーラーは、有事の際、Jアラートと連動する仕様になっていた。その改造の指示を出したのは龍馬自身だったが、実際に連動する様を見るのは初めてだった。


 会場はまたたく間にパニックとなり、聴衆は、われ先に出口へと殺到した。


「みなさん、落ち着いてください!」


 龍馬は、すぐに叫んだ。

「危険ですので、走ったり押したりせず、落ち着いて避難してください!」

 しかし、その程度ではとても混乱は収まりそうになかった。背後から、SPリーダーの桐生惟幾きりゅう これちかがすっと龍馬の横に進み出て耳打ちした。

「総理、一刻も早く避難を」

「危機の最中さなかにある国民を放っておけるか!」

「お気持ちはわかります。しかし、私には総理のお命を守る責任があります」

「ならば、私には国民の命を守る責任がある!」

 龍馬は、桐生の制止も聞かず再びマイクに叫んだ。

「みなさん、落ち着いてください! みなさん、落ち着いて……」

 叫んでいる最中、龍馬も桐生も上空から近づく微かな「ヒュー」という音に気づき、天を仰いだ。太陽が眩しくあまり直視できないが、近づくは最初、黒い点のように見えた。

 しかし、「ヒュー」という音が徐々に大きくなると、黒い点が1つでなく複数だとわかった。さらに、その複数の黒い点が大きくなると尾を引く煙のようなものも見え始めた。


 最終的に、各々の点がミサイルの弾頭部分だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。桐生は、迷わず龍馬に覆いかぶさった。

「総理、少しでも姿勢を低くしてください!」

「しかし、もうこれでは――」


「――この国はあなたを失ってはいけない! 今日の演説で確信した!!」


 龍馬が最期に見たのは、そう叫ぶ、桐生の鬼気迫ききせま双眸そうぼうだった。




――そして、すべてが、真っ白になった。

 



 まさか……核?

 それが、龍馬の最期の思考だった。

 次の瞬間、龍馬も、桐生も、聴衆も、渋谷も、6キロ圏内のありとあらゆるものが文字通りした。

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