プロローグ(2)―総理への階段

「総理、まもなく到着です」


 龍馬の隣に座る秘書の小菅こすげは込み上げるものを押さえ、努めて冷静に告げた。

「先生にお会いして10年、この日を迎えられたこと、小菅は誇りに思います」

「しかし、時間がかかり過ぎた」

「恐れながら、先生はわが国の憲政史上最年少で総理への階段を登られました」


「いや、俺はただ空気に選ばれただけだよ。この国のマジョリティである、じいさんばあさんの空気にね。いつだって老人は、若者に期待を押しつける。自分だって若い頃は、大してなにも成してこなかったくせに。エラそうに語りたがる。若いんだから、思いきりやれ。失敗を恐れるな。変化を起こせ。だが一度ひとたび、自分の既得権きとくけんを侵す話や自分に理解できない先進的な話を若者がし始めると、途端に手のひらを返す。梯子はしごを外す。全力で足を引っ張る。けしからん。これだから最近の若者は。結局、自分に都合のいい若者しかジジババは認めない」


「ですが、先生はそんな都合のいい若者を見事に演じきりました」

「政治は勝たなければ意味がない。勝たなければ、なにも変えられない。俺は最短距離を進むため魂を売ったんだ……」

「しかし、勝負には勝たれました」

「あぁ、勝った。ようやくだ。長かった。本当に長かったよ。しかし、これでやっと……10年も封印してきた初志を果たすことができる」

 龍馬は少し遠い目をした。


 そして、表情を引き締めると続けた。

「思ってもないことを言い続けるのは想像以上にこたえた。だが、今日から反撃開始だ。飼い犬が牙をむく。浅ましいジジババも、党に合流した民自党の長老連中も腰抜かすかだろうな、今日の俺の演説聞いたら」

 小菅は返事をする代わり、意味深に笑った。


「ま、今日は盛大に吠えるさ……この国の若者や子供たちのために」


 龍馬は、今一度、変わり果てた渋谷の街を鋭い視線で一瞥いちべつした。

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