害虫駆除

nobuotto

第1話

「虫は駆除できましたか」

「綺麗に一掃できました」

 エージェント村松は道元社長に報告書を渡した。報告書に目を通した後、道元は村松に握手を求めた。

「いつも済まんなあ。前と違って今回は社内だったので、誰も傷つけたくなくてな」

「はい。ちょうどターゲットにお嬢様の親友が横恋慕していたのが幸いでした。ターゲットとその方の仲を取り持つことで、お嬢様も納得してお別れになりました」

「彼も優秀なんだが明子の夫としては不十分だからしょうがない」

「お嬢様には少々悲しい思いをさせてしまったかもしれません」

「いや、親友のために自分が身を引くということで明子も成長したに違いない。今回はまだしも、どうも明子は碌でもない男ばかりに引っかかって困る」

 いつもの愚痴が始まりそうなので部屋を出ようとしてた村松を道元が呼び止めた。

「村松君、実は下の娘がアメリカの高校に留学しているんだが、どうもそこで芸術家崩れの悪い虫がついたようなんだ。これも駆除してくれないか」

「済みません。今日は時間がありませんので、詳細は明日お聞かせ下さいますか」

 村松は玄関前に停めていたバイクに乗って次の依頼主へ向かった。

 次の依頼主は初顔だった。高級住宅街の洒落た家に住む、最近エステでテレビでも雑誌でも見ない日がないという滝川である。

 意味なく広い応接間で待っていると滝川がやってきた。成る程実年齢より十歳以上は若く見える。滝川のやっているエステはあながち嘘ではないようである。

 村松が名刺を渡す。

「害虫駆除会社ね。いい隠れ蓑ね」 

「はい、皆さんそうおっしゃいます」

 自分たちが困って呼んでおきながら上から目線で話す金持ちには慣れている。

「それで本当に娘の心も経歴も汚すこと無く別れさせていただけるでしょうね」

「はい。事前調査結果より、確実にご要望にお答えできると思っております」

「思うだけじゃ困るのよ」

「はい、お任せ下さい」

 それから三ヶ月後に滝川の家に行くと、人が代わったような笑顔で滝川は村松に話しかけてきた。

「どうもありがとう。先日エリナが泣きながらやってきてね。どうしたのって聞いたら、彼氏と別れたっていうの。私はほっとしたんだけど、あまりに悄気げていたから、あなたの会社はなんてひどいことしたのと思ったけど、話を聞くと彼が自分の夢を叶えるためにアメリカに行くことを決心して、それで自分を追い詰めるためにも別れてくれって。それであの子も、彼を本当に愛しているから別れたんだって。まるでテレビドラマみたいな素敵な別れ話しよね」

「ご満足いただけたでしょうか」

「とんでもないバンドマンに捕まったと思ったけど。まあ、これで娘もいい思い出になったわ。けど、どんなカラクリなんでしょ」

「これは企業秘密ですが、アメリカの芸能プロダクションに知り合いがいまして、そこを通してターゲットをその気にさせました」

「それじゃ、すごくお金かかったんじゃないの。大丈夫、充分な額をお支払いするわ」

「ありがとうございます。またというのも良くないかもしれませんが、お困りの事がありましたら」

「これからもお願いすると思うわ。うちの娘に寄ってくる害虫の駆除」

 村松が会社に戻る同期のエージェント加藤がばたばたと忙しそうにしていた。

「どうしたんだ加藤」

「駆除の仕方が甘くて顧客から文句が入ったんだ」

 他人事でない。金持ちの娘は基本的に我儘で、こちらでいくらハッピーエンドと思って害虫駆除をしても、被害妄想に陥り兼ねない。気を引き締めていかねばと思う村松だった。

 村松は担当の伊藤を呼び出した。半年の研修期間を終えて配属されてきた青年だ。

 村松は伊藤に今回の害虫駆除プロジェクトについて話す。

「新人のお前には荷が重いが、証券会社のエリートとしてアメリカに行ってきてくれ。もう害虫は充てがっている。そろそろ害虫が女を食べ尽くしているから、夢から冷めて将来ある青年との現実的な愛に目覚めるという物語で頼む」

「はい、任せて下さい」

「頼むよ。害虫駆除のため、お前たち害虫育成に莫大な金をつぎ込んでいるんだからな」

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