最終話(第33話) 海の彼方へ
「良いかい? 三人とも。この先は僕も何があるかどうか全く分からない。覚悟は出来ているね」
俺達三人は首を縦に動かす。
「よし。それじゃ、行くよ」
俺達は三人で力を合わせて目の前の大きな扉を押す。
すると、ゆっくりと、ゆっくりと扉が両側に開き始める。
「おい。何だよここは」
まず、最初に視界に入って来たのは一つの大きな球だった。
青色をした球体がその空間の中心に位置していた。
「おい。これは」
振り向いたとき、ミリルとみのりの首にナイフが突きつけられていた。
「おい。あんた、何をやっているんだ」
彼女たちにナイフを突きつけているのは、ピエロだった。
「ふん。貴様らが悪いんだねぇ。この世界の秘密を知ろうとしたこと。この世界の禁忌に君たちは触れたのさ。だから、僕は君たちを消す。僕はこの世界の神様だからねぇ。当然のことさぁ。そうは思わないかい?」
「お、お前!」
「おっと。それ以上は近付くな。このお二人のお嬢ちゃんがどうなっても良いのか?」
「くっ・・・・お前、二人をどうするつもりなんだ!」
ピエロはニタニタと笑いながら、
「ふん。お前さんが何もしなければ僕もなにもしないねぇ。だから、しばらく大人しくしているんだねぇ。勇者くん」
ピエロはそう言うと、パチンと指を鳴らした。
すると、足下に何の前触れも無く魔方陣が描かれ、天まで伸びる結界が形成された。
くそっ、これじゃ近付く事も出来ない。
正に絶対絶命のピンチだ。
ピエロは、二人の頭を掴む。
すると、二人は目を瞑って頭を下に垂らした。
どうやら、眠らしたらしい。
「安心しろ。この娘達には手を出さん。しかし、ここまで来る奴がいようとは考えもしなかった。さて、どうしたものか」
ピエロは、ナイフを持ったまま二人を両肩に担ぐ。
口調も先ほどとは変わっている。
これがこいつの本性か。
彼は、青い球体の所まで2人を運ぶと、まるでゴミを扱うかのように2人の体を床に放り投げた。
「こらっ! 何をしてんだ! お前っ!」
結界を叩いて大声で叫ぶが、無視された。
クソっ。
なんで、こんなことになっちまった。
「葵くん。これが何か分かるかね?」
ピエロは、不気味な光を発しながら浮かぶ青い球体を擦りながら問い掛けてきた。
こんなやつの言うことを聞く必要なんてない。
「知るかっ!! そんな変な物。それより、ここから俺を出せよ!」
「これはな、世界一のスーパーコンピュータ『垓(がい』なんだ」
「な、なんだって!?」
なんで、スーパーコンピュータなんかがこんな所にあるんだ。
ピエロは、薄気味悪い笑いを浮かべて、
「何故こんな所に『垓』があるのかって? そんなの決まっているだろう。私が、スーパーコンピュータ『垓』の設計者兼最高責任者だからさ。まぁ、私一人しかいないのだが」
全身に電撃が走った。
スーパーコンピュータ『垓』の設計者??。
夏目 健。
俺の憧れのプログラマーでもある。
なぜ、そんな人がこんな仮想世界にいるのだろう。
彼は、言葉を続ける。
「いいかい。この『スピリッツ・パラレルワールド』は全てこの『垓』が制御している。ルイギアから得た君たちのデータを使ってね。その他にも今の国家情勢、世界中の各国の経済状況、国民の行動、交通状況に至るまでリアルタイムでデータを取っているんだ」
「その上で、この世界。『スピリッツ・パラレルワールド』の世界を創造するのに役に立っているんだよ」
彼の目は興奮しきり、血走っていた
「この『スピリッツ・パラレルワールド』は人類の救済なんだよ!」
「き、救済・・・・だと?」
「そうさ。救済さ。死ぬのはみんな怖い。何処に行くのか分からないからね。未知の道に行くのは誰しも怖いものさ。だから、誰かが光を照らさないといけない。先頭に立って人々を先導しないといけない。『スピリッツ・パラレルワールド』はね、人類の「死んだらどこへ行くのか」という永久のテーマに終止符を打ったのさ。お陰で、みんな万々歳。人類に『死』という概念は無くなった。つまり、『不死』だ!」
「不死?」
「そう! 不死さ。だってそうだろう? この世界の人々は死なない。魂はここにある。この体は偽物なんだから! 世界中の人々の行動や身体をデータ化してこの世界に送り込む。データ化された人は消えない。死なない。ずっと一緒に、永遠に大切な人と生活をすることが出来る! しかも、RPGのような世界でも、自分の好きな世界にも行くことが出来るし、更に新しい世界を自分の力で作ることも出来る! 最高じゃないか! ここは、『スピリッツ・パラレルワールド』は人類の楽園ハレルヤだ!」
ピエロは、流々と子供が大人に自慢する時かのようにキラキラとした目で俺に語った。
違う。
俺の心の中には蟠りがあった。
ドロドロとした、溶けない濁りが心の中に溜まっていた。
そんなもの、楽園なんかでは無い。
確かに、人の『幸せ』の1つの形なのかも知れないが、私からしてみれば、そんなものは只の妖にしか見えない。
「それは違う。物語って言うのはな、始まりと終わりがあるから物語なんだよ。始まりだけのお話なんてそんなものは物語じゃない。それがこの世の理だ。物語の輪廻こそこの世界の真実なんだ。終わりの見えないお話なんて、唯の幻想だ」
そこまで俺が言うと、腹を抱えて笑い始めた。
「な、何がおかしい」
彼は一通り笑うと、
「君のいう通りだ。でもね、そんな自然の常に唯一逆らう事が出来るのがこの『スピリッツ・パラレルワールド』何だよ! この世界の法則に逆らうのなら、全く別の世界を作ってその法則を作り変えれば良いだけの話だ。知っているか? この『spirit』という単語にはな、魂の他にも亡霊や霊とかの意味があるんだ。つまり、この世界そのものが幻なのだよ。それは僕も認めよう! でも、それの何が悪い? すべての人々が永遠に幸せにいられるのだぞ? それをお前は何故拒否をする?」
心の中に怒りがカチリと着火した。
「それだったら、俺達の存在も幻ということになるだろう! 」
腹の中から怒涛の叫びを吐き出した。
「俺も、お前も、ミリルもみのりもこのユグドラシルもみんな、全部存在しないということになるだろ! こんな夢物語を僕達は見たい訳じゃない! これは、確かに、素晴らしい事なのかもしれないけれど、こんなのはいけないんだよ」
ピエロは、深くため息を吐いて、結界を解く。
そして、魔力で作った糸で俺を縛る。
「何故だ? よく考えてみろ。葵少年。それをどう証明する?例え、現実世界で生きていたとして俺たちは『俺たち』が生きているという事をどう証明する? 出来ないんだよ。そんなことは。この『スピリッツ・パラレルワールド』でもそうだ。俺達が只の幻影だと、幻だということを証明する手段は何一つも無いんだよ)
ピエロは《垓》から手を離すと俺に近付いてきた。
彼は、俺の目の前まで来ると屈んで見下す目で俺を睨みつける。
「だから、『スピリッツ・パラレルワールド』に住んでいる人間はこの世界が本当は存在しないという事に気が付かないで永遠に生きていくことになる。それに、世界には監視者が必要だ。世界を見つめる監視者がね。つまり、神だよ!」
手を左右に大きく広げて見せる。
ニタニタと嗤う口の間から白く光る歯が覗いている。
「そして、その神こそこの僕だ! この世界の創造者は僕なのだから。裁きを下すのも、もちろんこの僕だ。これはね、人類の新たなステージに上がるのに必須なのだよ。新しい人類の文化に進化するためにね」
「そんなもの、なんの意味もねぇよ」
俺は、こんな危機的状況にいるというのに何故か冷静でいられた。
「お前はな、人間のため人類のためと口では言ってはいるが、何一つとして『人』という生き物を信じちゃいねぇんだ。信じようとも思っていねぇ」
一瞬、彼の眉が動く。
「そんなことは無い。僕は人類の安全、未来の為に言っているんだ」
「それなら! 何故、人類を、人を信じねぇ!信じているんならなんで監視なんか演じる必要がある? もし、お前が人類を信じているんなら監視なんかする必要はねぇだろうが! お前はな、心の底では人類の運命を、人々の人生をコントロールしたいからに過ぎねぇんだよ。お前のやっていることは、独裁者と同じだ! 人を見下してんだ! だから、暴れないように自分の支配下に置くんだよ!」
「ち、ちがっ・・・・」
グヂュリ
その時、鶏肉を切った時のような生々しい音が部屋の中に響いた。
「あんたの思う通りに行くとは思わないで」
「み・・・・ミリル・・お前・・・・」
彼のHP ゲージがみるみるうちに減っていく。
「私は絶対にあなたを許さないわ。許すことなんて、絶対に出来ない。人の命と魂を弄ぶなんて人のやる事じゃないわ」
「お、お前・・・・どうやって・・」
「簡単なことよ。覚醒剤を飲んでいたのよ。つまり、私たちは最初から眠ってなんていなかった」
「馬鹿な!?」
彼は、驚愕の表情を浮かべて、慌ててその場から逃げ出そうとする。
が、それをミリルが止める。
「やっぁ!」
回し蹴りを顔に食らわせる。
ガギッ
という鈍い音がしたかと思うと、ピエロの体が吹っ飛んだ。
彼は、床にへばりつく。
「今のうちなのよ。あおいにい」
「みのり。助けに来てくれたのか」
みのりは、ナイフで魔力糸を解いてくれた。
「き、貴様ら。こんなことをしてただで済むと思うなよ! 僕はこの世界の神様なんだからな! お前らなんて直ぐにこの世界から消す事が出来るんだブフッ!!」
「あんたねぇ、さっきから愚痴愚痴くうるさいっての。ちょっとは黙ることも出来ないの?」
ミリルは、そう言いながらピエロの顔を足で踏みつける。
「で、葵くんどうするの? これ」
「そうだな」
今まで、色んな出会いが会って、色んな人達がいた。
嫌なこともあったけど、良いこともあった。
確かに、ずっと好きな人といたい。
一緒に永遠に暮らしたい。
でも、それは、この世の真理じゃない。
この世界は物語なのだから。
始まりがあれば当然終わりがある。
出会いと別れの連続で人生というものは出来ている。
だから??
「元の世界に戻す。2共俺から離れていてくれ」
「分かったわ」「了解なのよ」
鞘から剣を抜き出して『垓』に近づいて行く。
「うりゃあ!!」
『垓』に向かって剣を振り下ろす。
が、効かない。
くそ。
どうすれば。
その時、突如と警報が鳴り響いた。
「監視員に生命反応を確認出来ません。ハッキングされる恐れがあるため、監視役を『垓』に移行すると共にデータを全て消去します」
「な、いきなりこれはなんなのよ!?」
みのりがオドオドして言う。
「俺達の役目は終わったって事さ。普通に死ねるんだよ」
「これが私の求めていたものなのね。私はずっと幻を追い求めていたのね」
「そうだな。この世界は始まりと終わりという輪廻によって出来ている。俺は、そう思う。だから、こんな世界は壊してしまえばいい。崩れてしまえばいい」
世界が崩れ落ちる。
周りのもの・・・・
床や『垓』本体、壁などなど。
様々なものがポリゴンとなって底の無い地下へと落ちて行く。
俺達の体も指や足が消えていく。
自分の体が、世界が霧散する。
「あおいにい」
みのりは俺の顔を見て、
「ありがとうなのよ。あおいにい。短い間だったけど、外の世界を見ることが出来て良かった。あおいにいのお陰で色んな世界や人を見て回ることが出来たのよ」
「いや、俺は・・・・」
みのりは、俺の腕を握って、
「ありがとう。また、『あの世』があったら会いたいのよ」
みのりはそう言って消えていった。
「蒼くん」
「ミリル・・・・」
「私のわがままに付き合わせちゃってごめんね。ありがとう」
彼女は苦笑いをする。
雪のように真っ白な歯が光る。
「いや、俺の方こそありがとう。最初に会ったのがミリルで良かった。色んなものを君は俺に教えてくれた」
俺とミリルは言葉を交わさずに抱き合ってお互いの温度を確かめ合った。
本当は、感じないはずの温もりや心臓の鼓動・・・・・・
偽物だけど本物なそんな人生。
この世界で生きていたこと。
生きることが出来て、存在できたという事は、俺にとってとても大切な事だった。
これから俺達がどうなるのか、それは誰にも分からない。
もし、『あの世』が存在したのなら教えてやるよ。
この『スピリッツ・パラレルワールド』もよくよく考えたら1つの『あの世』のあり方だったのかもしれない。
俺の、俺たちの物語はこれで終わる。
でも、それは始まりと同義だ。
物語というものは終わった瞬間に始まるのだ。
スピリッツ・パラレルワールド 阿賀沢 隼尾 @okhamu
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