第25話 逃げた先には

3人は山の中を走り続けた。

ミリルは、”人斬り美人”とバレないように、フードを外して走った。


山の中間辺りを走っていると、目の前に人影が見えた。

恐らく、俺とみのりと同じように、”人斬り美人”を殺しに来た人の一人なのだろう。


このままでは鉢合わせをしてしまうのは明白だ。

「どうする? 強行突破するか?」

「もちろん!」

「よし」


バレても構わない。

走れ。

走れ。

走れ。


「おい、ちょっと待て」

呼び止められた。


まぁ、ある程度は予想していたけどさ。

「何でしょうか?」


「貴様ら、どこに行く。そっちに行ってしまったら都市に戻ってしまうぞ。お前らも”人斬り美人”を殺しに来たんじゃ無いのか? それに、なんなんだその格好は? 賞金稼ぎにしては装備が歪過ぎる気がするが。もしかして、メンバー全員の職業がアサシンなのか?」

なんか、この人、一人でブツブツ言ってる。

怖い。


おい、いいか。

強行突破だ。

走るぞ。


目で二人に合図をする。


二人は俺の言いたいことを察し、コクリと静かに頷いた。


次の瞬間、俺は走り出した。


「くっ、貴様ら何者だっ。うぎゃーーーーーー」

と後ろの方で悲鳴が聞こえてきた。


えっ?

左右を見渡して見るが、誰もいない。


嘘だろう。おい。


振り返ってみると、ミリルとみのりが先ほどの冒険者を叩きのめしていた。

おいおいおい。

お前ら何やってんだよ。

伝わっていなかったのかよ。


「バーロー! さっきのアイコンタクトは『逃げるぞ』って意味だったんだよ! お前ら何倒してんだよ。仲間が来たらどうするんだよこれ」

「その時は、皆殺しなのよ」「そうそう」


おまえら、仲が悪いって見せかけて本当は仲が良いだろ。


「と・に・か・く・だ! 今の悲鳴でもうすぐ援軍が来てしまう。その前に逃げるぞ」

「ちぇっ、あおいにいは恐がりなのよ」

「そうそう。この場にいる奴らなんて全員やっつけてしまえば良いんだから」

「そういうわけにはいかねぇだろ。顔がバレると色々と困るんだよ」

なんでお前らはそう血の気が多いんだ。

チンピラかよ。 


「お前ら、少しは落ち着け」

「落ち着いているのよ」

「そうだよ。あおいくん。私は落ち着いているよ」

だめだこいつら。


俺の言うことを一ミリも聞きゃしない。

両側から人の声と気配がする。


仕方があるまい。

「良いから、行くぞ」

俺は、二人の手を掴んで走った。


最初は、二人とも抵抗をしていたが、段々と力を緩めて俺について来てくれた。

走らないと誰かに追いつかれる。


追いつかれたら倒せば良いだけの話なんだけど、でも、それは時間を食ってしまう。

体力も使うし。

そんな無駄な事を俺はしたくない。


「後ろから誰か連いて来ているか?」

「いや、来てないのよ」

「よし。このまま突っ走るぞ」


闇夜の中を俺達三人は走った。

銀色の光に照らされながら走った。


ちょっと、体に当たる風が冷たくて、その冷たさは俺の心を温めてくれる。

癒やしていく。

和らいでくれる。

安らげてくれる。


それが何なのか俺にはまだ、まだ分からないけれど、もうすぐで分かる気がする。

もうすぐで光が見える気がする。

暗闇の中を抜け出せる気がした。


「ほら、もうすぐでマルチェロに着くよ」

大きな門が見えてきた。

「一気に突っ走るぞ」

ミリルとみのりは強く頷く。


大きな門を通り抜けて情報屋のおじさんの所に行く。

「すいません。誰かいませんか」

扉を叩いてみる。

返事が無い。


もう一度強く叩いてみる。

「なんじゃ、この夜中に。年寄りの体を考えてみよ」

中から眠そうに目を擦ってお爺さんが出て来た。


「すいません。一刻を争っているんです。ルーシアへの行き方を教えてくれませんか?」

「ほお、お前さんは昼の冒険者じゃないかの。なに? ルーシアヘの生き方じゃと?」

「はい。お願いします」

「そうじゃのう・・・・・・」

お爺さんは長く伸びた顎髭を撫でる。


「良いじゃろう。中へ」

お爺さんに手招きされて中に入る。


本日二回目だ。


「それで、ルーシアヘの行き方じゃったな」

「はい」


「そうじゃのう。ルーシアヘの行き方のう」

お爺さんは困り果てたように頭をボリボリと掻く。

「実はのう、ルーシアと言う街は存在自体が謎なんじゃよ」

「存在自体が?」

それは、どういうことなんだ?


ミリルもみのりも頭に?を浮かべている。

「ここは一つ話をしなければいけないらしいのう」

「いや、俺達急いでいるんですけど・・・・・・」

「まあまあ、老いぼれの独り言と思って聞いておくれ。それに、ここにいる限りは安全だから心配するな」

「は、はい」

また、この人の長いお話が始まるのかと思うと、少し気持ちが重くなる。


いい加減に寝たいんだけどな。

勧められた椅子に座ると、おじいさんは珈琲を出してくれた。

「「「ありがとう御座います」」」

二人の疲労もかなり溜まっているみたいだ。


でも、お話を聞くくらいなら良いかな。

そんなに体力いらないし。


おじいさんは自分の分の珈琲を一口飲んで口を開いた。

「あのな、ルーシアっていうのはさっきも言ったが存在するのかしないのかも分からない都市なんじゃ。確かに、情報は絶えずやって来てはいるが、それらは全部取り留めの無いものばかりじゃ。それでもお主らは行く気なのか?」

鋭い目付きで睨みつけてくる。


二人の顔を交互に目を合わす。

二人とも真剣なまなざしで強く頷く。


よし。

決まりだな。


「行きます」

おじいさんは口角を上げてニヤリと薄笑いを浮かべる。


「分かった。それでは、儂が持っている情報の全てを貴様らに教えよう」

「お金は――」

「ああ、金なら別にいらん」

おじいさんは手を左右に振る。


「儂はここに一人で暮らしておるからな。この老いぼれの話を聞いてくれるだけで嬉しいんじゃよ。話し相手がおるだけで、それだけで十分じゃよ」

そうか。

おじいさんは寂しいんだ。


ここでずっと一人で経営してて、誰かを待っているんだ。

おじいさんが話し好きなのも、一人でいるのが寂しいからなのかもしれない。


誰かと一緒にいて欲しいから、一人でいるのが嫌だからこうして話を長くして少しでも一人でいる時間を少なくしようとしているのかもしれない。


ランプの優しい淡い光が、俺達三人とおじいさんの顔を明るく照らす。


「いいか。お坊ちゃん、お嬢ちゃん達。ルーシアっていうのはな、さっきも言ったが存在しているのかも分からない都市じゃ。それに、ルーシアに行った者は二度と外には帰って来られないと言われておる。噂では、ルーシアは煙で街が覆われているらしいのじゃ。街の中には俺達の知らない、見たことの無い人種が街の中を闊歩しているらしいのじゃ。」

おじいさんは声を弾ませて俺達に語ってくれている。

それはまるで、怖い話を聞かせる大人のような悪戯っぽい顔をしている。


とても楽しそうだ。

この人は人が好きなんだなと俺は思う。

そうでなけりゃ、こんなに楽しそうな、活気に満ちた顔で話すはずが無い。

こんな風に俺も人を好きになれたらとても素敵なのだろうなと思う。


おじいさんは、喉を潤す為に珈琲を一杯飲んで一息吐く。

顎髭を撫でながら再び言葉を綴り始めた。


「場所は大体判明しておる。だが、なんせ伝説の都市だからのう。それが本当に合っているのかどうかも分からないのじゃ。それでも構わないのか?」

「はい。知りたいです。どうか、お願いします」

「そうか。それなら仕方があるまい。教えよう。ルーシアには〈ゲート〉というものがあるそうじゃ」

おじいさんは、目を爛々と輝かせて話す。


俺たちは思わず、おじいさんのお話に耳を傾けてしまう。

昔話を聞いているかのような、そんなワクワクした気持ちにおじいさんのお話はさせてくれる。

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