第24話 ミリルの過去。そして、これから
「全部・・・・全部アンタが悪いんだから」
先程の言葉とは打って変わって、弱気に小声で呟いた。
何で俺が悪いんだよ! と怒ってみたかったが、次の瞬間、その怒りは驚愕へと変わる。
すん。
すん。
すん。
俺の胸の中で何か啜っている。
彼女は、頭を俺の胸の前に置く。
濡れている?
もしかして、ミリルは泣いているのか?
「おい」
そう言いかけたとき、みのりが俺達の傍に寄って来る。
みのりは、ミリルの頭をそっと撫でる。
ミリルは泣いていた。
啜り泣いていた。
彼女の流す涙は冷たかった。
触れた服を伝って、涙の冷たさが伝わって来る。
「私は――――」
彼女は、ぽつりぽつりと雨粒を垂らしながら、自身の胸の中にある言葉を綴り始めた。
「寂しかったんだから」
「うん」
俺はその言葉しか言うことが出来なかった。
「私、初めてこの世界に来て、気付いたら広場の真ん中にいて、周りの人は知らない人ばっかりで、自分だけ周りの人には見えない感じがしたんだよ」
「うん」
涙から伝わる彼女の孤独感、不安、戸惑い、それら全てが伝わってきて。
「私、どうすれば良いか分んなくて、取り敢えずお腹が空いていたから、何か食べないといけないなって思ったから取り敢えず武器を盗んでモンスターを探しに行ったの」
「うん」
「知ってると思うけど、私強いから、モンスターは直ぐに狩ることが出来たんだけど、私は料理が出来ないから、火だけ起こして狩ったモンスターの肉を焼いて食べたの」
「美味しかったのか?」
俺がそう尋ねると、ミリルは胸に顔を押しつけたまま首を横に振る。
彼女の顔を見たいけど、見たくなかった。
「美味しくなかった。今までで一番美味しくないお肉だった。一週間ぶりに一人で食べたお肉だから。違う。こんなに不味かったのは数年ぶり。私にはマスターがいたから。でも、今までの人生の中で、現実世界にいたときよりも、この世界にいたどの時よりも寂して、寂しくて、この世界に一人だけ取り残された気分だった」
「そっか」
胸の中が無性に騒いでて。
でも、このムシャクシャとした気持ちは何処にも吐き出すことは出来なくて。
「その時に葵くんの顔が浮かんだの」
「俺の?」
彼女は顔を胸に押しつけたまま首を縦に振る。
「葵君は私の人生の中で最も私と向き合ってくれた人だから」
「俺が?」
「うん。現実世界では私は、周りの人にとっては無関心の対象だった。嫌われることも、好かれる事も無く、唯々『存在しない人』として扱われたのよ。だから、その人達の記憶にも残らない。本当の意味での『孤独』を私は体験したのよ」
「ミリル。もう」
もう止めてくれ。
もう、それだけで十分だ。
心の中が剔られる。
削られる。
喰われていく。
蝕まれていく。
「嫌だ。葵君には知っていて欲しい」
彼女は顔を上げずに言う。
俺は、なにも言うことが出来なかった。
ミリルは、自分の物語の続きを再び語り始める。
「でも、この世界に来てからは違う。私の世界がモノクロからカラフルに変わったの。現実世界の反動で相変わらず人と話すことは苦手だった。少し話す事は出来たけど、そんなに深い関係にはならなかった。ある時、たまたま寄った喫茶店でこう言われたの」
「『君は優しいね。よく頑張ったね』って。そんなことを言われたの私現実世界でも子の世界に来てからも無かったから、嬉しくて嬉しくて。そこからなんだよ。私があのお店に通い始めたのは」
「そうなのか」
こいつはどういう思いで今まで生きてきたのだろうと想像してみた。
孤独。
ひたすら孤独で世界に自分が一人しかいなくて、一人しかこの世界にいない。
寂しくて、侘しくて、悲しくて。
恐らく、とても苦しかったのだろう。
痛かったのだろう。
叫びたかったのだろう。
『お前の気持ちが分かる』、だなんて気軽に言えない。
誰もが人に同情するときに言うこの言葉が、こんなにも軽い気持ちだっただなんて今の今まで考えてもみなかった。
言葉が出ない。
喉に言葉が引っかかって言うことが出来ない。
「でもね、そんな時に救世主が現われたの」
「救世主?」
「そう。救世主」
啜り泣く声は、いつの間にか消えていた。
心なしか声に弾みが出て来ているような気がする。
「その人は、私が不良に絡まれているところを助けてくれたの。私一人でも本当は倒せたんだけれど、女の子だからって助けてくれて。私にとってはその人は王子さまなの。希望の光なのよ。だから、私はその人の為に生きようって、この命を燃やそうってそう思ったの」
「それって・・・・・・」
闇に潜む三人の影を、優しい風が通り過ぎていく。
墨を塗ったくったような闇夜に、三人がいる所だけ色鮮やかな色に染め上げられる。
その時、初めてミリルは顔を見上げた。
サファイアのような目に、まだ雫を一つ浮かべている。
濡れているせいだろうか、ミリルの瞳がいつも以上に煌めいて見える。
彼女は、下唇を噛み締めている。
その瞳は、意志で固められた強い瞳だった。
何かを決心したかのようにその小さい唇を開く。
妙に小刻みに震えているのが気になる。
緊張をしているのだろうか。
「貴方よ。葵くん」
「え・・・・・・」
一瞬、時が止まったように思えた。
いや、大体は予想はしてはいたけど、実際にこうして言われてみると恥ずかしいものがある。
「だから、今回皆バラバラに飛ばされて、どうすれば良いのかなって思った時に、何か大きな事件を起こせば有名になるでしょ? だから、その噂を聞きつけて――」
「今回の事件を起こしたって訳か」
ミリルはこくりと頷いた。
本当、こいつはやることなすこと極端なんだよ。
色々とぶっ飛んでんだよ。
でも、だからこそ一番早く見つけることが出来た。もう、それだけで俺はとても嬉しい。
多少、呆れる所はあったけど・・・・・・
「本当に、お前は無茶苦茶だな」
「でも、葵くんは私の事を一番最初に見つけてくれた」
「そりゃ、こんな大それたことが出来るのはお前だけだからな。あくまで可能性の話だったけど」
「それでも、駆けつけてくれた。とても・・・とても嬉しかった」
ミリルの言葉が俺の心の中に落ちてくる。
その言葉は波紋を作り、俺の心全体に染み渡っていく。
「うん」
この時間がずっと続けば良いのにと思ったが、そういう訳にもいかなかった。
ミリルは今、指名手配犯だ。
それも、かなり重要な。
指名手配の紙は既に、国中に広まっていることだろう。
出るとしたらこの国から出ないと捕まってしまう。
「ミリル。俺達と一緒にこの国から逃げないか?」
「良いけど、何処に?」
「ルーシアっていう国だ。行き場所も知ってる。情報屋によれば、その国は全世界の『謎』や『都市伝説』が集まる場所なんだそうだ。それに、この世界で一番世界樹に近い場所なんだそうだ」
「世界の『謎』が集まる場所・・・・・・」
「そう。だから、そのルーシア自体も謎に包まれているんだけれど、行ってみる価値はあると俺は思う。もし、それが本当に存在するのなら必ず行かなくてはいけない道だと俺は考えてる。それに、そこに行けば他の人にも会える気がするんだ」
「確かにそうね。葵くんが行くなら仕方ないのだけれど、一つ良い?」
「え?」
彼女は一差し指を空に向け、そのまま真っ直ぐみのりの方へ向ける。
「この女とだけは私は絶対に行きたくないわ!」
「あ、あちしも同感なのよ!」
「ち、ちょっと、二人とも・・・・・・」
どうどうどう、と止めようとしたが、二人の勢いは収まらず。
収まるどころか悪化した。
火に油を注いでしまったようだ。
「ちょっと、そもそもアンタは葵くんとはどういう関係なわけ!?」
「あ、あなたこそあおいにいとはどういう関係なのよ!」
「てか、アンタぶりっ子なの!?」
「ぶ、ぶりっ子!?」
「ええ。 葵くんのことをお兄ちゃんって呼んだり、その『なのよ』って語尾はなに? 自分の事も『あちし』とか呼ぶし。自分が可愛いとでも思ってんの? はっ! しょうもないわね。アタシね、アンタみたいなビッチが一番嫌いなのよ!」
「び、びっちって・・・・・・。あ、あなたこそそんなきつい性格で良く嫌われませんね!」
「ふんっ、ツンデレは需要があんのよ。需要が。ビッチとは違ってね!」
「あ、またビッチって言った!」
あ~、やばい。
非情に不味いぞ。
この状況は。
犬猿の仲とはこういうことを言うのだろう。
水と油でも良いかもしれない。
又は、竜と虎。
このままではらちが明かない。
なんとかしないと。
あ、なんか胃がキリキリし始めた。
「あ、あの~。お二人さん?」
「「何っ!!」」
二人同時に俺の方を向きやがった。
こえ~。
女こえ~。
鬼婆とかよく言うが、この場合は鬼娘だな。鬼娘。
なんか、萌えキャラに出来そうだけれど。
てか、今はそんなことを考えている場合じゃ無いんだった!
俺はもう祈るしか無い。
言うべき事は全部やって。
後は野となれ山となれだ。
二人の逆鱗に触れませんように。二人の逆鱗に触れませんように。
「ケンカは、この後にしませんか?」
「「あん?」」
ひえ~、恐っ!
二人とも目が据わってる据わってる。
色々とちびっちまうよ。
勇気を持て自分!
「だから、今は戦闘中だってことを忘れていないか? ケンカはこの国を出てから後。次の国に着いてから。俺は、それが一番良いと思うんだ。あれだ。休戦協定ってやつだ」
「「休戦協定・・・・・・・」」
二人はお互いの目を合わせる。
うわぁ。
はらはらする。
どうなるんだ?
二人は見つめ合ったままだ。
まるで時が止まったかのような時間が流れる。
実際は数秒だったとは思うが、一時間見つめ合っていたように思う。
ミリルが口を開いて、
「それもそうね。今は戦闘中だし」
「暫くは・・・・・・ね。その後は正々堂々と戦うわよ」
二人は握手を交わし合う。
何処の友情モノだっつーの!
「それじゃ、早くここから出よう」
「「うん!」」
そうして三人は戦場の中を走り出した。
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