第23話 敵と再会

決戦の12時になったが、何も特に変わった様子はないように見える。


人や物が動く気配も、音も気になるような音は一切聞こえない。


本当に来ているのか?

動こうか。


でも、迂闊に動いたら相手の思うツボだ。

下手に動かない方が得策だろう。


動きたい。

戦いたい衝動を堪える。


みのりは今、どんな気分なのだろうか?

「あのさ、みの」

言い終わる前に、山の方から悲鳴に似た金切り声が森の中に響き渡る。


意識は、森の方へと向けられ、みのりにするはずだった質問は、永遠に闇の中へと葬られた。


「な、なんだ!?」

「分かんない。でも、森の獣か”人斬り美人”であるということは確かよ」

「そうだな。あそこら辺を警戒しないと駄目みたいだな。なんか、千里眼とか望遠鏡みたいな物は持っていないのか?」

「持って無いのよ。私がそんな物を持っているとあおいにいは思う?」

「いんや、思って無い」

「思って無いなら言わないでよね!」

そう言ってむくれるみのりがなんとも可愛い。


そう。

高い所にいるのに、望遠鏡などの道具を使わずにどうやって俺達が敵の存在を認知しているのか。

答えは、裸眼である。


俺はともかく、みのりは恐ろしく目が良いらしいので(本人曰く、野生児だったから)この距離からでも7000メートルまで見えるらしい。

マサイ族並の視力だ。


恐ろしすぎるわ。


「みのり、今悲鳴が聞こえてきたところから何か見えるか?」

「いや、木が邪魔をしていて中々見えないのよ。確かに、人の気配はしているんだけれど。一応、警戒しているのよ」

「ああ。頼む」


単に魔獣に襲われただけということもあるからな。

それはそれでそいつらの運命だ。


正直、見渡す限り木々が生えていて地面の方までは見えない。

木々の葉や枝の揺れの動きで判断をするしか無い。


ある時を境にして、人々が悲鳴を上げている割合が多くなった。

こちらに近付いて来ている。


これはまさか、

「”人斬り美人”だな」

「ええ」

空気が緊張感を帯びる。


「見えるか?」

みのりに尋ねる。


みのりは首を振って、

「いいえ。見えないのよ。草木の動きは見えるのよ。でも、人影が全く見えないのよ」

クソ、早く見つけないと誰かに先を越されてしまう。


胸がざわめく。


戦闘の本能が、戦いの本能が今、俺の中で目覚めようとしている。


腰に収めている剣を鞘から抜く。

この感覚。


ゾクリと体の中で何かが動く音がした。

自分の胸の中で何かが動き出す。


血生臭い自分が、かつての自分が俺の中を支配し始める。


さあ、やろう。

殺そう。

思うままに。

やりたいように殺してしまおう。


駄目だ。


もう一人の自分が叫ぶ。


そんな事をしてはみのりにまで迷惑を掛けてしまう。

もしかしたら、下手をしたら殺してしまうかもしれない。


それだけはなんとかして阻止しなければいけない。


二人の自分が葛藤し合う。

「王様からの命令を覚えていないのか! 貴様は!」

「殺されてもか? お前も分かってはいるとは思うが、今回の敵は相当手強いぞ。短期間で何十人もの人を消した指名手配犯だ。俺も本気を出さないと殺されてしまうんじゃないのか?」 

「でも・・・・・・」


「結局、”人斬り美人”を殺す。若しくは捕らえない限り奴はここにいる人を殺し続ける。最悪の場合、全滅するということだって有り得るんだぞ? どちらにしろ”人斬り美人”を殺さないと俺達が逆に殺される。そっちの方がいけないだろう」

「う・・・・・・」


「どうせ全員殺されるくらいなら、本気で挑んで、潔く死んだ方が良くないか。そちらの方が合理的かつ効率的だ。なぁ、そう思わないか?」


闇に染まった黒い影が俺の頬を撫でる。

「さぁ、その体を俺に委ねろ。直ぐにこの戦いを終わらしてやる」

「あ・・・・あう・・・・・」


体の中に「奴」が入って来る。

拒むことも許されず。

抵抗することも許されない。


「あおいにい?」


じっと、動かずに俺の顔を見ている。

何か探るような目で。

釣り職人が竿の一瞬も見逃さない目と同じだ。



彼女は俺から何か感じ取ったのか、手を伸ばして来た。


だが、それよりも先に、俺は体を動かしていた。


足を曲げる。

次の瞬間、その貯めた力を解放してバネのように跳ぶ。


『フライト』を使って空中を飛ぶ。

と、その時だった。


人影が俺に向かって襲って来た。

反射的に剣で防ぐ。

「クッ」

剣と剣が火花を散らし合う。


その人物は真っ赤なフードを被っていた。

宝石のような青い瞳と整った鼻がちらりと見える。


クソッ、強い。


衝撃で後方へ吹っ飛ぶ。

二、三メートル程飛ばされたが、『フライト』で体勢を整える。


赤いフードの人影は森の中に消えていった。


まさか、”人斬り美人”なのか?

確かに、ほんの少し見えただけだったが、かなりの美人のようだった。


「ちょっと、あおいにい大丈夫!? 何今の。一体何が起こったの?」

「”人斬り美人”だ」

「え!?」

その単語を出した途端、みのりの表情が豹変する。


「人斬り美人って、あの人斬り美人?」

「ああ。その人斬り美人だ。今、森の中に隠れた。いつ襲って来るか分らないぞ。下を警戒するんだ」

「わ、分ったのよ」


みのりはまだ「なにが起こっているのか分らない」といった表情でぽかんとしているが、一応俺の言うことは聞いてくれた。


下を見ると、木々の葉が時々揺れている。

どうやら、”人斬り美人”が動いているようだ。


だが、早すぎて奴の姿を直接目視する事は不可能だ。

木々の間からチラチラ覗くが、見えるのは残像だけ。


こちらから攻撃するのは愚かだろう。

向こうが攻撃してくるのを待つしかない。


どこからだ。

どこから奴は俺達を攻撃してくる。


心身が真っ赤に燃え上がる。


視界の隅で何かの動きを捉える。

奴だ。


またもや剣と剣が火花を散らす。

”人斬り美人”とか言ってるから女性なんだろうが、力が強い。


奴は一体何者なんだ?

また吹っ飛ばされそうになるが、なんとか堪える。


奴は、体を縦回転をさせながら華麗に緑の中に消えていく。

ただ、奴は目立つ赤いフードを被っているから目立つのだ。


彼女は、それを速さでカバーして避けているという感じだった。

確かに、彼女は目立つが早すぎて残像しか見えない。

その速さに動体視力と反射で追いつくのが一番だ。


この場合、RPGとかだと攻撃範囲の広い魔法を使えば良いのだが、武器のみの場合は異なる。

くそ。俺は一体どうすれば良いんだ。


剣を構え直し、握り締め直す。

感覚を研ぎ澄ませ。

五感に意識を集中させろ。


「どこだ?」

目を瞑る。


視覚で捉えることが出来ないのなら、感覚で捉えてみせる。


ガサ


僅かに枝葉と何かが擦れる音がした。


次の瞬間、奴が飛びかかって来た。

突いてきた剣を避ける。


「な!?」

彼女は剣を振り回して攻撃してくる。


「くそ」

なんて動体視力してんだこいつは。

化け物かよ。


けど、ここで仕留めないと他の奴らに捕られてしまう。

それだけは、それだけはなんとかして避けたい。

いや避けなければならない。


ここで俺が奴を仕留める

「うおおおおおお!!」


一旦彼女から離れる。

そうすれば彼女は落ちて行くしか無い。

そこを狙う!


予想通り彼女は落下していく。

これで身動きは取れないはずだ。

いわば、空気の牢獄。

自由落下運動という名の牢獄だ。


「さぁ、死ね」

『フライト』の飛行速度に加えて、重力も加わって速度が上昇する。


今なら!


「せいやぁ!」

剣を握っている手に力を込めて一閃を突く。


「チッ」

女は、剣で受け止める。

剣と剣が擦れ合い、火花が散る。


二人はそのまま地面へと落ちていく。

カッ、と金属と地面とがぶつかり合う。

俺の剣は地面に突き刺さっていた。


彼女の頭から赤いフードが外れる。


「え・・・・・・」

彼女は、長い銀色の髪を扇状に地面に垂らす。


小さく、細い陶器のような白い肌に、背中まである流れるような銀色の長い髪。

そして、青空のように澄み切った青い瞳は、彼女の出す妖精のようなオーラを一層引き立たせていた。


「お前は、ミリルなのか?」

「あ、葵くん?」


まさか、まさかまさかまさかまさか。

そんな、嘘だろ?


頭がぐるぐる回っていてもはや何が起こっているのか分からない。

な、ど、どういう事なんだ?


なんで、ミリルが”人斬り美人”の格好をしているんだ?


「あおいにい! 大丈夫!?」

そこへ、みのりが俺の事を心配して駆けつけてきてくれた。

みのりは、俺がミリルを押し倒しているところを見つけると、

「あ、あおいにいまさか!?」


あ、これ完全に引いている目だ。

若干、目が据わっている。


これは後でとんでもない事が起きるやつだ。

俺の危険察知能力が反応している。


ヤバい、ここでなんとかしないと。

危険フラグが立ってしまう。


「み、みのり。お前は何か勘違いをしている!」

「カンチガイ? あちしは何を勘違いしているというのよ? 見たままなのよ。あおいにいが女の子を。それも少女を押し倒してる。この状況ってどこからどう見ても、あおいにいがロリコン強姦魔って事なのよ。あおいにい、絶対に許さないのよ」


「ち、ちょっと待った! 勘違いだ!」

ゆらりゆらりと少しずつ近づいてくる。

手を彼女の方にかざして(犬にする待て! みたいな)説得を試みる。


「ま、待て待て待て待て! 良く見ろみのり。こいつは敵だ。”人斬り美人”だ」

「で?」

「いや、で?って言われても」


「彼女が”人斬り美人”だとかなんとかは今はどうでも良いのよ。問題なのは、あおいにいが少女を襲おうとしていたという事なのよ。この変態!」

えぇぇぇぇ!?


どうでもよくないだろ!

彼女は懸賞金を賭けられているんだぞ!


指名手配犯なんだぞ!


この様子じゃ、俺の話を聞きそうに無いな。

ナイフなんか取り出しているし。


見た目によらずヤベェ奴だな。

「違うから! お前が考えているような状況じゃねぇから! 俺とミリルはそんな関係じゃ無いから!」

「ミリル? それじゃあ、あおいにいはこの女の子の事を知っているの?」

「あ、ああ。知っている。大知り合いだ!今分かった! 今知り合いって分かったから!」

「知り・・・合い?」


「そうそう。知り合いだ! 知り合い!」

みのりは蔑んだ目で、俺とミリルを交互に見る。

普段は、純粋なのに。

澄んだ目をしているのに、なんだ? この豹変のしようは。


こちらに近づいてくるみのりの動きが止まった。

ミリルもハラハラしているのが分かる。


「それじゃ、これは事故?」

「そうだ。事故だ。よく見ろよみのり。この人の頭の横にお前の父親がくれた剣が突き刺さっているだろ? ここから推測できることは唯一つ」

人差し指を立てる。


「それは、今まで俺とミリルが戦っていたっていうことだ。でも、ひょんな事でこんな事になってしまったんだ。よくあることだろう?」

「別に、よくあることではないけど・・・・・・」

みのりは、ナイフの刃先を左手の人差し指でなぞりながら顔を赤くする。


いや、普通に怖いんだけど。

ナイフさえ持って無かったら萌えていたのに、そのナイフのせいで狂気を感じるんだけど。

「あおいにいがそう言うなら、信じるしか無いかな」

「あ、ありがとう」


そう言いながら、地面に突き刺した剣を引き抜く。

「ちょっと」

立ち上がろうとした所を、ミリルに引っ張られる。


「うわっ」

変な体勢で袖を引っ張られたものだから、ミリルとの顔の距離がとても近くなる。


「ちょ!? ミリル!?」

「しっ! 黙って!」

彼女は人差し指を唇に当てる。


熱い、甘い息が耳にかかる。


ああ、ダメだこれは。

顔が熱くなるのを感じる。


きっと、今の俺の顔はリンゴのように真っ赤になっている事だろう。

そんな俺の心情など微塵も察っさずに、彼女は擽ったい息を吐きかけてくる。

「ね、あの子は誰なの?」


「誰って、お前達と別れてから、この世界で出会った友達だよ」

「ふ~ん。友達ねぇ」

にんまりと顔をニヤつかせている。


こいつ、絶対に何か企んでやがるな。

そう思って止めようとしたが、彼女の勢いは止まらない。


俺の話を聞くと、すぐさまみのりのそばに駆け寄り、

「ねぇ、あなたと葵くんってどういう関係なの?」

「ど、どういうって・・・普通の旅人仲間ですけど」

ナイフをしまって、耳元の髪先を弄る。


「普通の旅人関係ねぇ。ちなみに、あなたはなんで葵くんと旅をしているの?」

「な、なんでって・・・成り行き上」

「待て待て待て待て。なんで、そんなイノシシみたいに突っかかったんだよ。みのりが迷惑してるだろ」


「何よっ!」

おお、怖っ!


なにその目は。

無茶苦茶怖いんだけど。


睨みつけられている睨みつけられている。

こんなに可愛い顔をしているのに睨みつけると怖いな。


そんな目で見ないでくれよ。

怖い怖い。


「何でそんなにイライラしてるんだよ」

「そんなの自分でも分らないわよ!」

何で逆ギレ。


しかも自分でも分らないって・・・・・・

そんなことを俺に言われても困るんだけどなぁ。


「だって、他の女の子と仲良くするなんて嫌じゃ無い」

ミリルは小言で何かを呟いた。


は?

「なんて? ミリル、今お前なんて言った?」

「な、何でも無いわよバカっ!」

地面を顔に向けたまま両手でグイグイ押してくる。


それでも俺は男だ。

剣の技術では彼女に負けても、力では決して負けないし、負けるつもりも無い。


「んんっ~~~!!」

一歩も動かない。

それでもミリルは胸を押してくる。


ある程度の力は感じるけど、それほど強い力は感じない。

ピンク色の唇を薄くして、顔を赤くしている。


遂には、押すのを諦め、小さい拳でポコポコと俺の胸を叩き始めた。

「なにやってんだよお前」

「あ、アンタが悪いんでしょ! 反省しなさいよ!」

「な、何で俺が反省しなくちゃならないんだよ。俺は一切悪くねぇだろ」

「悪い! 悪いわよ! なにもかもアンタが悪いわよ!」

彼女は、強気な声で叫ぶ。


俺の服を両手で掴み、引き寄せて顔を俺の胸の中に沈める。


「全部・・・・全部アンタが悪いんだから」

先程の言葉とは打って変わって、弱気に小声で呟いた。


何で俺が悪いんだよ! と怒ってみたかったが、次の瞬間、その怒りは驚愕へと変わる。


すん。

すん。

すん。


俺の胸の中で何か啜っている。

彼女は、頭を俺の胸の前に置く。


濡れている?

もしかして、ミリルは泣いているのか?


「おい」

そう言いかけたとき、みのりが俺達の傍に寄って来る。

みのりは、ミリルの頭をそっと撫でる。


ミリルは泣いていた。

啜り泣いていた。


彼女の流す涙は冷たかった。

触れた服を伝って、涙の冷たさが伝わって来る。


「私は――――」

彼女は、ぽつりぽつりと雨粒を垂らしながら、自身の胸の中にある言葉を綴り始めた。

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