第22話 前戦祭

情報屋のおっさんの言っていたことを頼りに、俺とみのりは蟻地獄山に向かう。


蟻地獄山は国の中心から歩いて20分くらいの距離にある。

歩いていると、ポツリポツリと同じ方向へ歩いて行く奴が沢山いる。

「結構いるんだな。全員”人斬り美人”を殺しに行ってるっていうわけか。恐ろしいな、おい」


「だって、五百万ミルノだよ。一生食べていける金額だもん。そりゃ、誰だって参加したくなるよ」

「自分が死ぬかも知れないっていうのになんとまぁ、皆さん強欲なことで」

みのりは口を抑えて小さく笑って、

「私達もその強欲な人達の一部じゃない」

「違うよ」


一差し指を立ててみのりに説明する。

「俺達は賞金目的じゃ無い。俺の仲間がその賞金稼ぎの中にいるかもしれないってことで参加してるんだ。決してこいつらみたいな邪な気持ちがあるわけじゃ無い」

それを聞いたみのりはくすりと笑う。


少しむっとしてみのりにどうしたのかと尋ねる。

「いや、なんでもないよ」

みのりはそう言って、また笑いだした。


「もう。なんなんだよ」

変な奴だ。


終いには腹を抱えて笑い出すし、どうもこいつの笑いのツボは可笑しいんじゃないかと疑ってしまう。


彼女は一頻り笑うと、一つ深い深呼吸をした。

「あー、笑った。こんなに笑ったの久し振りだよ」

彼女は幸せそうな表情を浮かべる。


「ところでさ」

「ん? 何だ?」

「仲間ってどうやって見つけるの? “人斬り美人”が

あおいにいの仲間って確定しているわけじゃないんでしょ?」

みのりの言葉に俺は言葉を詰まらせる。


「うん。そうなんだけど、それでもいきなりこんな強い奴が出てくるなんてあまり考えられないし、丁度人斬り美人が目撃された時期って俺たちがこの世界に来た時期と重なるんだよな。だから、なんか気になっちゃって」


「可能性があるってだけね。確かに、やってみる価値はあるのかも」

唇に拳を当てて唸るみのり。


サファイアのような薄い青色の瞳をぱちくりと瞬かせる。


「お金目当てっていうのももちろんあるけどな。でも、それは二の次だ。俺の仲間だったら助かるし、そうじゃなかったら狩るだけだ」


「確かにそうね。どっちにしろ行ってみないと分からないという事なのよ」

「そうだな。お、見えてきたな。蟻地獄山」

山自体が巨大な一つの剣のように高々と聳え立っている。


蟻地獄山。

「良いか、蟻地獄山には毒や危険な性質を持つ動物や昆虫、植物が多数存在しておる。一度入れば二度と帰って来ることはできない。そう噂されるくらい危険なところなのじゃ。それでも、今回そんなリスクを冒して多くの賞金稼ぎが行くのは人斬り美人と戦ってみたいという彼らの戦闘本能なんじゃろうな」

情報屋のお爺さんはそう言っていた。


十分に気を付けて行かないといけない。

人斬り美人だけでも大変だというのに、その上毒を持っている生物達と戦わないといけないだなんて地獄以外のなにものでもない。


「でも、情報はアチラさんが用意してくれるんでしょ?」

「うん。そうだよ」

危険な場所やモンスターがいる所にはドレイクが情報を提供してくれる手筈になっている。


ドレイクの本拠地に集合するのは11時。

”人斬り美人”が現れる時間より一時間早い。

そこで対策やら情報共有やらしようという事だ。


情報屋のおじさんによると、10時に山の麓でまってくれているらしいからそれまでには着いてないといけない。


このペースだと30分前には着くから大丈夫だ。


街の中を通り過ぎて西門を潜る。


“人斬り美人”が何を考えているのかなんて俺にはさっぱり分からない。

でも、行く価値は絶対にある。

そんな不思議な何の根拠も無い自信が俺の中に確かにあった。


この世界の戦闘はHP方式だ。

元からその人のHPが決まっているらしい。

それは、敵を倒せば倒すほど。体を鍛えれば鍛えるほど上がっていくということが最近分かってきた。


己の技術、技、実力のみでのし上がっていかなくてはいけない。


俺よりも強い奴はいる。

上には上がいる。

それは承知している。


だから、俺は日々の鍛錬を欠かさないのだ。

欠かしてはいけないと思う。


ひたすら俺たちは歩き続けた。

時々、昔話をしながら。


予定通り、10時30分に蟻地獄山の麓に着くことが出来た。

もう既に何十人という人の群れがそこらあちらで群がっていた。


「やっぱり、結構人来てるな」

「そりゃあ、前代未聞の指名手配犯だもの。世界中から賞金稼ぎが来るわよ」

みのりはそわそわした様子で周囲を見渡す。


それはそうだなと思う。

彼女から聞いた話では、みのりはずっとあの街から出ていなかったそうな感じだった。


彼女のいた街も相当人がいたような気はするが、それでも、それは俺がみ限りでは商人やら職人やらが多かったような気がする。


対して、この街では冒険者やら賞金稼ぎやら暗殺者やらと色々と物騒で暑苦しい人達が有象無象としている。


その中でみのりのようなか弱い(かどうかは甚だ疑問だが)女の子が一人ポツンといるのは、野生のヤギが肉食動物のライオンや豹、狼の群れに一匹うるだけのようなものだ。


つまり、みのりは今怯えていた。

肩を僅かに震わせて、俺の肩にぴったりとくっ付いているのだ。


これは、これで良いのだと個人的には思うのだけれど、何せ、女の子らしい柔らかい肌と肉が俺の体に纏わり付いているわけで、学校に行く時か飯を買うときぐらいしか外を出ないニート野郎の俺にとってこれは刺激が強すぎた。


心臓の鼓動が速くなる。

身体中に熱を帯びる。

汗線から 塩辛い水滴が噴き出す。


顔が熱くなるのが分かる。

やかんを乗せたら沸騰するのではと思うくらいに。


自然と、みのりから視線を逸らしてしまう。

「ねぇ、凄いね。ここ」

小さな手を震わせながら小声で言う。


「うん。凄いよ」

本当に、凄い迫力だ。


こんな隆々とした筋肉のしたゴツい男どもに囲まれたら俺たちみたいなか細い人間は自然と存在が薄くなってしまう。


これは、得てして仕方のない事なのかもしれない。


自分にもっと自信を持たなくては。

彼女を守ると誓ったのだから。


中には細身の人もいる。

暗殺者だろうか?


他にも、少数ながらも女性の人もいる。

それでも、筋肉質な男性が圧倒的に多い。


「おい、あんたらも”人斬り美人”を討伐しに来たのか?」

後ろの方から野太い男性の声がした。


二人が振り向くと、そこには鎧を着ている黒い肌をした巨体の男が立っていた。


体は筋肉の鎧で覆われており、勇ましい。

細い目は蛇のような威圧感を人々に与える。

それは俺とみのりも例外では無かった。


「うわっ!」

「ひゃっ!」

情けない事だけれど、その見た目に反射的に悲鳴を上げてしまった。


「おお。すまないな、いきなり話しかけてしまって。男女二人ペアだなんて珍しいからつい話しかけちまった」

彼は、左手でスキンヘッドの頭をグリグリ掻き回しながら言った。


背中には300ポンドはあろうかという巨大なクロスボウを背負っていた。

あんなものを撃たれたら体を貫通してしまう。


威圧感を撒き散らしている。


それくらい彼の印象は強い。

一言で言えば熊だ。

ツキノワグマだ。


「俺の名前はザッグだ。力技と力仕事なら任してくれ」

そう言って彼は腕を曲げてみせた。


筋肉が山のように盛り上がり、血管も薄っすらと浮き出て彼の筋肉量の多さを物語っている。


こういう奴を筋肉バカと世間では言うのだろう。

俺の一番苦手かつ嫌いなタイプの人間だ。


そういう奴のお陰でどれだけパーティーメンバーが死んだことか。


沸々と過去の苦い思い出が蘇り、俺の感情を黒く染め上げていく。


ダメだ。

ここで我慢出来なかったら過去の繰り返しだ。

進歩していない自分を認めることになってしまう。

沸き上がってくる感情をなんとか心の中で押し留める。


「ザッグさんは何故”人斬り美人”を討伐と思ったんですか?」

俺がそう言うと、彼は口を大きく開けて笑った。

白い大きな歯が見える。


ザッグは眉を上げて見せて、

「そりゃ、人が困っているからだ。あいつがいると、この国のシステムが崩れちまうからな」


彼は言葉を続ける。

「国もとんでもねぇ額を出したもんだよなぁ。一生働かずに生きていけるぜ。ガハハ」

ザックはガハハと豪快に笑って見せる。


「やっぱりあんたらも金目当てなのか?」

「俺たちがそんな金欲に塗れた奴らに見えるのか? あんたには」

彼は、またもや口を大きく開けて高笑いをする。


「いんや。見えねぇな。オラには別のちゃんとした目的があるように思える」

「その通りだ。俺たちには目的がある。でも、それを教えるわけにはいかない。全然やましいことではないけれど、俺とこいつの約束だ。誰にも教えない」

「そうか。二人だけの約束か。それじゃ、しょうがねぇな」

スキンヘッドの頭をカリカリと掻く。


その時、カンカンカンと鈴を鳴らす音が聞こえてきた。

その場にいる全員がその音がする所へ視線を向ける。


ある一点に視線が集まり、一人の人間をその場にいる全員が認知する。

その人物は純白のフードを被っていた。


はらりとそのフードを頭から外す。

すると、長い、青色をした髪の女の子がそこに姿を現した。

その女の子は垂れ目をしていて、瞳はラピラズリのような鮮やかな色をしていた。


かなりの美人だ。

足も長くてスタイルが良い。

彼女は口を開け、

「私は、暗殺機関ドレイクに所属しているマイという者だ。この場にいるものは”人斬り美人”の討伐を願うもので良いな!」


その場にいる者は武器を取り出して右手で待つ。

さらに、片方の足を地面に打ち付ける。


これがこの世界の戦の準備にするものらしい。


俺とみのりもそれに倣う。


マイはその体に見合わないくらいの大きな声を出す。

「みんな、”人斬り美人”の噂についてはもう既に知っているはずだ。これほどの高額な懸賞金が掛けられているのは、うちの部隊の中でもかなり優秀な部隊が一夜にして殲滅させられたからだ。たった一人の人間によって」

彼女は、顔の中心に皺を寄せて唇を噛み締める。


恐らく、今の彼女の中には”人斬り美人”に対する憎しみで満ち溢れているのであろう。


彼女はその憎しみを振り払うかのように大きな声で、

「それだけ実力のある部隊を一夜にして一掃した彼女を我々は許すことができない! 彼女を憎む同胞たちよ。どうか我々に力を貸してくれ!」

彼女はそう言って頭を下げる。


彼女から放たれる凛々しく、気高いオーラは、普段は人に頭を下げる、人の下に付くような真似を決して許さないであろう。


だが、それ以上に暗殺機関ドレイクの人達との絆が、友情が、信頼が彼女の中で自身のプライドを大きく上回っている。


その場の空気が静まり返る。


それは、嵐の余興。

戦争の前触れ。

災害の前兆。


張り詰めた空気がその場を支配する。

次の瞬間、大歓声が沸き起こる。


俺とみのりは一瞬驚く。


みんな、唯お金目当てで来ているわけではないのだなと感じた。


みんな許せないのだ。

ギルドの仲間を無闇矢鱈と殺す殺人鬼を。

人を人と思わない快楽殺人犯を。


みんな分かっている。

知っているんだ。


人が傷つくことへの恐怖を。

失うことへの絶望を。


どれだけ自分の近くにいる人が自分の力になるのか。

勇気をくれるのか知っているのだ。


彼女は目を数秒目を閉じる。

そして、ゆっくりと開ける。


すぅ、と口を大きく開けて、

「今から、みんなにこの蟻地獄山の地形図を配る。危険地帯の説明もするから耳をかっぽじって良く聞いておけよ!」


そう言って、彼女は説明を始める。

彼女が主に話したのは3点。


一つ目は、危険区域と危険生物の事だ。

本拠地を囲んでいる門の前には通称『番犬』と言われるドレイクが飼っている生物が存在しているのだそうだ。


かなり強力な毒を持っているそうで、ドレイクの人々も無闇に近づけないらしい。


山には湖もあるそうだが、そこに近づくと『湖の主』が湖に引きずり込むのだそうだ。



二つ目は、城の内部構造と門の出入りについて。

城の内部は基本罠などは無いらしく、単純な構造で作られているらしい。

門の出入りは、『フライト』という道具を使って、ある地点から空を飛んで飛び越えるらしい。


三つ目は、人数の配置について。

これに関しては、それぞれ地図を見たり、周囲を見渡したりしながら各自で判断した。


「私たちはどうしようか?」

俺とみのりは一緒に歩きながら相談する。


「そうだな。俺たちは、安全なところにいた方がいいと思う。それでいて、”人斬り美人”と遭遇し易い所」

自分で言いながらどんな所がその条件に当てはまるだろうかと考えてみる。


地図を広げて睨めっこする。

ここの門には『番犬」と呼ばれる魔獣が東西南北に八体いるらしい。


それも、かなり強力な魔獣だ。

そんな奴らと戦うなんて無謀な真似は恐らくしない。

したとしても入り口は一つしかない。


門と言っても実質は城壁のようなものだ。

ドレイクの本拠地の所に、ぐるっと360°ビル三回建ての高さはあるであろう大きな壁が設置されている。


そこを飛び越すには、何らかの方法を用いて飛び越えるしかないのだ。


無論、”人斬り美人”も例外では無い。

彼女も飛び越える必要がある。


「さて、ここから『フライト』を使うわよ」

マイのバッグから無数の羽が出て来た。


見た目は、水色でトンボの羽に何処かしら似ているような気がする。

でも、先っぽは細い。

羽根ペンみたいだ。


手動でそれを広げる。


ああ、ほんと、トンボみたいでやだなこれ。


背中に付けるらしい。

片方の手で羽の先を持って背中に回す。

次に、反対の手で羽の先端を持って背中に着ける。

あとは、他の人にバランスを整えてもらえれば完璧だ。


「ねぇねぇ、あおいにい。どうどう?」

みのりは夜空に瞬く星のような目で、自分の背中についた羽を見つめる。


両手を広げてくるくる回ってみたり、その場でぴょんぴょん飛んでみたりとまるで子供のようなはしゃぎようだ。


最初は、気持ち悪くなるものだとばかり思っていたが、みのりを見ている限り、それほどでは無さそうだ。


いや、寧ろ、かわいい。

妖精だ。

天使だ。


ああ、この姿をずっと見ていたいな。


突然の出来事だった。

急に『フライト』が起動し始めたのだ。

ぴょんぴょん飛んでいたみのの体が宙に浮いた。

「う、うわ。何よこれ」


驚きと歓喜が混ざり合った声を出す。

「楽しー!」

まるで子供のようなはしゃぎようだ。

空中をくるくる回っている。


ふわりと足の力を感じなくなる。

下を見ると、なんと、宙に浮いていた。


みのりのところに行こう。

と思うと、体が(羽というべきなのか)勝手にみのりのところに連れて言ってくれる。


どうやら、この機械は念じただけで飛ぶことができるらしい。


これは凄いな。

『フライト』の機能に感心していると、

「さあ、みんなアジトに行くよ」

マイの掛け声が前方から聞こえてきた。


飛んでいる感じはなんだか、本当に妖精のような気分だ。

ふわふわしていて新鮮な気分だ。


ライト兄弟も、初めて空を飛んだ時はもしかしたらこんな気持ちだったのかもしれない。


冒険心

好奇心

自由

新鮮さ


大空へ飛ぶという事は自由への挑戦なんだ。

だから、人々は空に憧れ、鳥に憧れた。


これは人の持つ運命なのかもしれない。

自由への欲望。


地域から国へ

国から国外へ

国外から海へ

海から空へ

空から宇宙へ

宇宙から銀河へ


外にあるものは、僕らのような閉鎖された世界にいる人間にとっては未知の世界だ。


人の知的好奇心は常に口渇している。

欲望に満ち溢れている。


『自由』という名の欲望。

それが、人を外の未知なる世界へ旅立たせ、冒険心をくすぐるのだ。


この『フライト』もその一環だ。

『自由』という名の欲望への一つに過ぎない。

科学技術の発展とは得てしてそういうものである。


周りの人はどうなのだろうと見渡してみる。

「げ・・・・・・」

予想外だった。


予想外に可愛くない。

萎える。


周りがむさ苦しくて、暑苦しい、筋肉質の男共だから当たり前といえば当たり前だ。


にしても、この絵は地獄絵図だぞ。

妖精とか天使というよりは、ゴリラが天使の羽を付けて空を飛んでいるみたいだ。


目が萎えるわ。


みのりだけ見ている事にしよう。

流石にこれは耐えられん。


「見えてきましたよ! あれが私たちのアジトです!」

マイはそう言って前方に聳え立つ建物を指差す。


なんというか、見た目は城というより塔に近い感じだ。

ゴシック様式に近い感じだろうか。


素材は何でできているかよく分からないが、灰色と白色、黒色が混ざり合っていて、建てられたからかなり時間が経っているように見える。


門からはさほど離れてはいない。

歩いて10分程度で着くだろう。


城の入り口近くは拓けていて、広場のようだった。

マイはそこに降り立つ。


続いて、戦闘員達も広場の中に次々と降り立つ。


マイは全員無事に地面に降りたのを確認すると、

「よし、配置は貴様らに任せる! こちらはこちらで対策練るから自由に行動して良し! 解散!」

そう言って城の中へと入っていった。


それを皮切りにして、他の戦闘員達も 自分たちの持ち場へと移動する。


「俺たちも行くか」

「うん」


俺たちの目的は、”人斬り美人”の正体を掴むこと。

この目で見る事。


そのために一番最適な場所は、

「門の上!」


そう。

この山は基本一本道だ。


イレギュラーな事態にならない限り、彼女はこの道を進むはず。

例え、イレギュラーな道(山の中)を進んだとしても、ここはアジトの次に高いところ。


だから、上から見れば一発で分かるはず!


戦闘場所としては狭いが、二人は、いち早く”人斬り美人”を見つけるため、ここが最適と判断したのである。


二人は、『フライト』を使って目的の場所に向かう。


「ここだよね」

「ああ、ここだ」


風が二人の髪を仰ぐ。

誰もいない。


筋肉バカのような奴らが多いせいだからだろうか。

「取り敢えずはここで待っているしかないな」

「うん」


俺とみのりは横に並んで座る。

側から見れば恋人同士みたいに見えるのかな。


そんな乙女チックな事を想像してみる。


(以下妄想)


「ね、ねぇ。あおいにい」

みのりのサラサラとした金髪の髪が風に撫でられている。


彼女は小さな手を耳にかけて邪魔な髪を退ける。


心臓に、チクリと針を刺されたかのような痛みを感じる。


彼女は頰を赤く染めながら左手で俺の右手を差し出して来る。


みのりは恥ずかしそうに顔を背けながら、

「べ、別に握りたくなかったらそれで良いんだけれど、どうしてもってあおいにいが言うなら、握ってあげないことも無いのだけれど」

彼女の顔が真っ赤に染まっていく。


心臓が今にも破裂しそうだ。


高速に動く心臓。

身体中が高熱を帯び出す。


勇気を持て!

えい!


彼女の小さな、お人形のような手を握る。

柔らかい。


女の子の手だ。


心臓は相変わらず暴れまわっている。

けれど、心は幸福に満たされていく。

光で満ち溢れていく。


「ねぇ、あおいにい」

「あ、え、何?」

「わたしね」


その時、頭に強い衝撃が走った。

妄想から目が醒める。


「いたっ!」

「ちょっと、あおいにい、あちしの話聞いてるの?」


え、今の夢だったの?

かなりショックなんですけど。


みのりの顔を見る。

少し、眉を中心に寄せている。

どうやらお姫様はご立腹のご様子らしい。


「来たわよ」

「え? 何が?」

「何寝ぼけているのよ。”人斬り美人”に決まっているでしょう」

いつもは穏やかな声に力が入っているのが分かる。


下を見下ろす。

すると、人の叫びが、悲鳴が山全体に響いて来ているのが分かる。


俺は、心臓の確かな鼓動を感じた。

これは、先程の気持ちとは違う。


あれは、痛いけど気持ち良かったですが、今感じているこの鼓動は躍動だ。


俺の欲動だ。

RPGゲーマーとしての躍動だ。


「ゲームの始まりだ」

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