第21話 情報屋のおっさん

市場はその場で売っているらしく、野菜や肉、魚などの食料の他に時計や本などの娯楽品や生活必需品などの様々な物がが売られていた。

ひとまず、一番近くにあった野菜を売っていた齢四十代のガタイの良いおっさんに聞いてみることにした。おっさんはハワイ風の服を着ており、短パンを履いている。

「あの~、この街にある情報屋ってどこにありますか?」

「あ? アンタよそ者か?」

「はい。そうですけど」

おじさんは面倒くさそうに無造作に生えた白と黒が入り交じった口髭を弄る。


「それじゃ、教える訳にはいかんな。教えて欲しいならウチの野菜を買っていけ」

「クソ、意外にケチだなおっさん」

「ケチで結構。こちとら一日生きていくのに必死なんだ。ささ、用事が無いならさっさとどっかに行ってくれ。商売の邪魔だ邪魔」

まるで庭に来た猫扱いだな。


クソ、ここは交渉に応じるしかないか。

適当なやつを選ぶか。

俺は自分の勘を信じて丁度目の前にある青色でラグビーボールの形をした果物を指して、目の前に書いてある文字を読む。

「分かった。それじゃ、このムルチョをくれ」

「はいよ。六百ミルノだよ」

俺はポケットから大小のコインを一つずつ取り出しておっさんに渡す。


「へい。確かに六百ミルノ受け取ったよ。情報屋はこの通りの奥にある紫色の家だ。細い禿げのおっさんがいる。そのおっさんに聞けば良い」

仏頂面だったさっきとは打って変わってにこやかな表情をしている。


「ありがとうおっさん」

「買ってくれたら俺はそれで良い」

俺とみのりは八百屋のおっさんにお礼を言って案内して貰った所に行く。



道を真っ直ぐ行くとおっさんの言うとおり紫色の家が建っていた。

それにしても、周りの家よりも小さいな。

なんとも言えない不気味な家だ。


「お邪魔します」

扉を開けて恐る恐る部屋の中に入る。


部屋には八百屋のおっさんが言っていた細身で天辺禿げのお爺さんが机越しに新聞を読んでいた。

「あの、この街から一番近い国とか町とかあったら教えて欲しいんですけど」

老人は新聞を机の上に置いて机の下から一枚の紙を取り出した。


お爺さんはその紙を机の上に広げる。

その紙には緑色の所だったり青色の所だったり、灰色の所が疎らに配置されている。

さらに、灰色の所には文字が書いてある。

地図だ。


老人は、傍にある眼鏡ケースから眼鏡を取り出して耳に掛ける。

「えーと、今儂らがいるのがここ」

老人はそう言ってマルチェロと書かれた所を指さす。

「ここから近い所だとドワンゴか若しくはルーシアだな。どちらも歩いて行くには遠すぎる。三日、四日はかかるぞ。もし、行くんだったら有料の馬車があるからそれに乗って行くしかないのぅ」

有効馬車は基本は国と国との間で使われるのだが、最近では国の人口を増やして経済を活性化させるために観光目的でも良く使われるようになってきている。お歳寄りや若いカップル、冒険者の間で人気らしい。


「因みに、ドワンゴは海が近くて海産物が有名での、魚人の人口の割合が世界一なんじゃ。確かーーーー」

老人は机の近くにある本棚の中にある二十センチはあるであろう分厚い辞書を取り出して机の上で広げた。


老人は言葉を続ける。

「近くにはワングローブによって支えられているミライカという島がある。立ち入りは禁止されているがな」

「なぜ禁止されているのですか?」

老人は目を細めて、

「恐ろしい怪物がいるからじゃよ。なんて言うのかのう、化け物と言った方が良いのかのう。坊や、お嬢ちゃん。あそこにだけは行かん方が良い。危険すぎる。おっと、ルーシアの説明もせんといかんな」


え、今なんか説明を省かれた気がする。

そんな事を言われたら余計に気になるじゃないか。

それでも、吐き出しそうな言葉を呑み込む。

「ルーシアはなんとも不思議な町じゃ。世界の謎が集まる場所と言われておる」


「世界の謎?」

みのりは目を輝かせて尋ねる。

もしかしたら、みのりはオカルトが好きなのかもしれない。


「そうじゃ。世界の謎が集まる場所であり、世界の中で最も謎が多い場所。それがそのルーシアと呼ばれる場所じゃ」

お爺さんは地図の真ん中より少し上の所を指す。

「例えば、どんな謎があるんですか」


お爺さんはずれてもいない眼鏡を掛け直す。

何だか少し嬉しそうだ。

「そうさのぅ。どんな謎と言われると困るがの、儂も詳しくは知らんが、ルーシア七不思議というものがあっての、地下に世界樹へと繋がる通路が存在するだとか、政府がゾンビ化するウイルスの研究をしているだとか、世界樹へと繋がる階段の扉がルーシアにはあってその先には神様が存在するだとか、儂が知っているのはそのくらいじゃ。まぁ、謎が多い分その闇も一番深いのじゃよ。謎の深さは闇の深さじゃ。どちらを選ぶのかはお前さん達次第じゃがの」

フハハハ、と高らかに笑った後、お爺さんは欠伸をする。


「ルーシアに行こう。みのり」

「ちょっと、何で一人で決めるのよ。ルーシアに行く根拠は?」

「そこに俺の仲間がいる」

「え!? それホントなの!?」

みのりは目玉が飛び出しそうなくらいびっくりしている。


「いや、単なる可能性の話なんだけど・・・・・・」

みのりは、つい先程までびっくりしていた顔をがっかりさせる。

なんとまぁ、表情豊かなことで。


「でも、可能性は高い」

「その根拠は?」

みのりは先程と同じ質問を俺にぶつけてくる。

「俺とその仲間の目的はこの『スピリッツ・パラレルワールド』の世界の謎を解くこと。この世界の真相を知ることだ。もし、バラバラの仲間が一カ所に集まる可能性のある場所があるとしたら――――』

俺の言葉をみのりが紡ぐ。


「謎が集まる場所であるルーシアの可能性が一番高いって事ね」

俺は静かに頷く。

みのりはふぅと一つ深い溜め息を吐いて、


「まぁ、それが良いかもしれないわね。他に行く当ても無いし、そっちの方が良いわね。私はあおいにいがそれで良いのなら、別に私もそれで良いのだけれど」

みのりは俯いて少し笑って見せる。


「それじゃ、決定だな。あとお爺さんもう一つ聞きたい事があるんだけど、”人斬り美人”っていう指名手配犯を知っていますか?」

俺が”人斬り美人”という単語を口にした瞬間、お爺さんの顔の中心に皺が集まり険しい表情になる。


「”人斬り美人”とな? 最近出没した指名手配犯じゃな。一週間で約五十人の人を殺害しておる。ちょっと待っておれ。今、資料を出すからのう」

お爺さんはそう言って机の隣にある棚から黒色の”極秘資料”と背に赤く彫られている分厚い本を取り出した。


「儂は、ちょっくら警察と関係があるんじゃよ。まぁ、本当は儂だけではなく情報屋の殆どは警察と繋がりを持っておってな、凶悪事件やテロ事件などの危険な情報や指名手配犯の情報をいち早く教えてくれるんじゃよ。その代わり、指名手配犯の情報を入手すると警察の方に知らせるように契約を情報屋連盟で結んでおるのじゃ。一種の協力関係じゃな」

話し好きなおっさんだな。


お爺さんはハハハと口を大きく開けて笑うと、

「すまんのう。普段話す相手がおらぬからついつい余計な事まで喋ってしまうわい」

さてと、お爺さんは分厚い資料を開いてパラパラと捲る。


「ええと、”人斬り美人”の事よのう」

「はい」

「あー、あったあった。”人斬り美人”、文時の月の十三日、午前二時マルチェロの暗殺集団スレイクの本拠地、郊外の蟻地獄山の頂上で事件は起こったそうじゃ。最初は、門番をしていた兵が司令部に無線で人影があるという報告があったが、そこから連絡が途絶えてしまった。更に、一回にいた一番隊、二番隊が次々とやられて二番隊が壊滅したと同時に”人斬り美人”は去って行ったのじゃ」


お爺さんはニヤリと子供を怖い話で脅かすような顔をして、

「分かった事は相手は踊り子の格好をしていて刀で人を切るということ。奴は居合い、剣術の達人で痛みを感じるまもなく斬られるということ。奴はその後もスレイクを襲撃しておってな、他暗殺機関の報復の為に雇われた暗殺者か殺し屋とされている。他にも、空のように澄み切った晴眼をしており、ストレートロングの銀色の髪をしているらしい」

それ、朝ご飯食べている時に聞いたし。


流石の情報屋でもにわかに出回っている情報しか手に入れていないということなのか。

それでも、情報の信憑性を持つ事が出来た。

この世界で最も情報の信頼性が高いのは情報屋での情報だ。


彼等は確実性のある情報しかこちらが要求しない限り教えてくれない。

彼等は警察や政府の諜報部などの繋がりが広い為に情報量が多い。その分、その情報の信頼性の判断能力が人より優れているのだ。


その情報屋が持っている情報が巷に出回っている情報と同じものしか持っていないということはそれだけ情報量が少ないということだ。最近の情報ということもあるかもしれない。


「でもな、こちとら情報屋だ。こんな情報は巷の奴らでも知ってるわい」

お爺さんはニタリと歯を見せて、

「政府の諜報部隊の情報によると、次”人斬り美人”が現われるのは暗殺教団スレイクの本拠地蟻地獄山の頂上だ。今、警察や諜報部隊が様々な手段を使って”人斬り美人”を捉えようと世界中から賞金稼ぎや殺し屋を雇ったり、裏工作をしたり、特殊部隊を編成したりと色々と準備をしているらしい」


ひとまず休憩とお爺さんは部屋から出て行って三人分のお茶を持って来た。

俺とみのりはお爺さんにお礼を言って一口飲む。

「お、美味しい!」

みのりが感嘆の声を上げる。

「うん。これは美味しいよ」

俺も彼女の意見に同意した。


いや、決してお世辞ではなく、茶葉の深い味が口の中に広がるようだった。

心と体が安らぐ。


お爺さんは言葉を続ける。

「今回の作戦で”人斬り美人”を討ち取った者には今懸けている賞金の額。つまり、千万ミルノが手に入るという事じゃ。集合時間は今宵の十二時丁度。場所は蟻地獄山の麓じゃ。行けば分かるわい。さあ、皆殺しにされるのか、誰かが”人斬り美人”を捕らえるのか殺すのか。お楽しみじゃのう。儂も後で賭けをしに行かねばならんの」


お爺さんはそう言ってガッハッハッハと口を大きく開けて笑う。

お爺さんの太く少し茶色になっている歯が剥き出しになる。


「でも、皆なんでそんなに”人斬り美人”を殺そうとしているんですか?」

俺は、素朴な疑問を投げかけてみた。


すると、お爺さんからこんな返答が返ってきた。

「そりゃ、お前さん。”人斬り美人”はこの国にとってみたら害だからだよ。死んでも構わない、寧ろ死んで欲しい人物だからだよ」


お爺さんは机の棚からマッチとタバコ、そして、灰皿を出す。

お爺さんの大きな手はゴツゴツとしていて職人の手みたいだった。


お爺さんはマッチ棒を箱の横に付いている赤線に沿って擦る。

シュッ、という音がし、マッチ棒の先が煌々と灯り輝く。


その光はぼんやりと酔っ払ったおっさんが千鳥足でフラフラ歩いているみたいにゆらりゆらりと揺れている。

ちょっと、フラダンスを踊っているようで可愛い。


お爺さんはタバコを口に咥えて火の付いたマッチ棒を近付ける。

マッチ棒の先が赤々とオレンジ色の光り始める。


そこから灰色の束が時間が経つ度に長くなっていく。

お爺さんは時々、灰色になったタバコの先を灰皿の中に落とす。

灰が雪のようにさらりと落ちる。


そして、タバコを再び咥える。

その行為を繰り返す。


お爺さんは一吹きしてから口を開く。

「良いか? 小僧とお嬢ちゃん。この国は、ピラミッドの構造としては暗殺教団スレイクがある。人の憎しみや悲しみ、憎悪感、嫌悪感を買う。そして、それを晴らすためにそういう人達の感情を買うんだ。そして、それを暗殺教団スレイクはその人の代わりに行動に移す。そうしてお金を稼いでいるんだ。特に、お金持ちが依頼することが多い。金持ちは人から恨みを買いやすいからな」

お爺さんはそこまで言うとタバコの灰を灰皿に落とす。


タバコを口に咥えて一息吐く。

彼は口や鼻の二つの穴から煙を吐き出す。

煙を吐き出してから言葉を紡ぐ。


「コマ二ティは暗殺教団スレイクの下に付いているんだ。何故付いているのか。それはな、逆らえないからだ。コマ二ティはスレイクに脅迫させられているんだ。一ヶ月に一定量のお金をスレイクに献上するようにさせられているんだ。だから、彼等はお金を稼がざるおえない。あいつらは人の物を奪うことでしかお金を稼ぐ方法を知らないからな。あんたらのようなよそ者からすれば、非人道的な行為とみられるんだろうが、これがこの国の在り方だ。これがこの国の決まりだ。これは仕方の無いことなんだよ」


お爺さんは目を細くして俺達にそう語った。

話をするお爺さんの目は何処か遠いものを見ているようであった。


「だから、スレイクの邪魔をする者は全員殺す。それが彼等の決まりの一つだからな。そうやって彼等はここ数十年間の間、自分達の権力を守ってきたんだ。だから、これは彼等の伝統なんだ。伝統は今まで変わらずにいた物のことだ。でも、変わらないだけじゃあない」


「変わらないのは芯の部分だ。その周りにある物は変わっていく。組織、人材、組織図などがそうだな。でも、掟などの予め決まっているものは変わらない。先人の魂が込められた物や事柄は時代という大きな河 に流される事は無い」お爺さんはタバコを右手の中指と一差し指に挟んで口から離し、ふぅ、と口という穴から煙を出す。

「何があってもだ。しかし、その周りにある物は流され、時によって変化する。それは仕方の無いことだ。時代という大きな川の流れは人一人の力では無力なのだから。動かすことは不可能なのだから。それでもだーー」


「変わることは悪いことじゃあ無い。時代という偉大な河を作っているのは私達人間やこの世界の森や動物たちなのだから。私達のような者一人一人の行動が時代という大きな河を作っているのだよ。一人一人の生命が、行動が、『時代』という海の一滴一滴を作っているのだよ」

お爺さんはそこで一旦話を終えて肩をグリグリと上下に回す。


そして、足を組んで姿勢を変え再び話始める。

「それは国でも同じだ。一人一人が時代という河の上で一つの国という船を動かしているんだ。この国も同じだ。時代という河に流されながらも船の構造は変わらない。船を作る『骨』は決して変えてはいけないんだよ。それが我々の国では暗殺教団スレイクの”掟”というわけだ」


お爺さんはそう言い終えると肩を回し始めた。

「ふう。ここまで話したのは久し振りだ。何年ぶりだがの。儂があんたらに話せるのはこれだけだ。賞金を稼ぎに行くのかどうかはあんたら次第だ。儂は知らん」


お爺さんはそう言ってシッシッと野良猫のような扱いで俺達を店から追い出した。


「みのり、これからどうしようか。懸賞金を稼ぎに行く?」

みのりは一差し指をサクランボのように艶のある赤い唇に当てて、

「行こう。あおいにい。私の勘だけどそこに何かあおいにいの仲間の手がかりがある気がする」

「手がかり?」


みのりがあまりに素っ頓狂な事を言うので思わず聞き返す。

「うん。私の勘って結構当たるのよ? あおいにい」

みのりは微笑を浮かべてそう言った。


「仕方が無いか。他に行く当ても無いし」

そうして、俺達は”人斬り美人”が現われるというスレイクのアジトを目指して歩き始めた。


空には暗雲が支配し、雨粒が今にも降りそうであった。

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